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20万人企業の変革をリードする経営者とは──パナソニックの次世代リーダー育成

今、多くの企業においてサクセッションプラン(後継者育成計画)が重要な経営課題となっています。後継者を選抜・育成・配置する仕組みの構築とともに、未来予測が難しい時代における経営人材要件の定義も、各企業が頭を悩ませているテーマです。
パナソニックグループ様では、グループ全体の「タレントマネジメントコミッティ」を核として、長年にわたり次世代経営者育成に取り組んでいます。そこでは自社の組織課題だけでなく時代の潮流もふまえ、各事業の持続的成長を実現する経営人材の要件を定義し、育成施策に落とし込んでいます。
その一環として実施している幹部開発プロジェクトの一つが、課長・部長層の選抜リーダーを対象とした「CELプロジェクト」です。その背景にある課題意識や実施内容、そして参加者や組織にもたらされた変化などについて、パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社 人事部門 組織・人材開発センター 濱野 幸達様、森川 久光子様、桒野 勇太様、工藤 典子様にお話を伺いました。(ご所属はインタビュー当時)
はじめに:本プロジェクトの概要
パナソニックグループ様は、グループ会社約500社、従業員数約20万人を擁する日本最大級の企業グループです。「物と心が共に豊かな理想の社会」の実現を掲げ、幅広い事業を展開しています。
同グループでは、次世代経営人材の育成を目的として、各事業会社の課長・部長層から選抜されたリーダーを対象とする「CELプロジェクト(以下、本プロジェクト)」をグロービスと共同で実施しています。
本プロジェクトは、同社の経営人材要件に基づいて企画されました。最大の特徴は、先を見通せない時代において変革を推進し、「チーム経営」を実践できる幹部開発をしている点です。過去の経験に依存せず、変わり続ける必要性を参加者一人ひとりが理解できるよう、経営知識に加えてリベラルアーツもプログラムに取り入れ、多角的な視点と学びを得られる設計となっています。
インタビュー:プロジェクト実施の経緯
「機能軸単独では経営は成り立たない」──専門性で勝ち上がってきたリーダーが越えるべき壁
濱野さん:パナソニックグループには、将来のグループCEOや各事業会社のトップとなる経営幹部を輩出するための「グループタレントマネジメントコミッティ」があります。このコミッティが候補者の選出・育成・配置・モニタリングを担っており、育成施策は複数の階層で実施しています。その中で、選抜された課長層・若手部長層を対象とするのが「CEL(Creating Executive Leaders)」です。
参加者のほとんどは、それぞれの専門領域(機能軸)でキャリアを積んできた人材です。だからこそ彼らには、「経営というフェーズに上がるには、機能軸単独では成り立たない」という事実に早い段階で気づいてもらうことが極めて重要です。将来の経営をリードする後継者には、各職掌の専門性に加え、経営に求められる高い視座と広い視野を獲得することが求められます。本プロジェクトはこのような幹部開発の一環として、選抜されたミドルマネジメント層が経営リテラシーの必要性を自覚し、現状の能力や経験だけに頼らず、学び続ける姿勢を養うことを目的としています。
年間約100名の大規模プロジェクトでありながら、学びの質の高さを担保
濱野さん:本プロジェクトは、毎年グロービスと共同で実施しています。当社は大規模な組織であるため後継者候補数も多く、毎年約100名が複数のライン(クラス)に分かれた形で行うのですが、グロービスにはそれを着実に実行できるキャパシティがあると感じています。複数のクラスを並行して進める上でも、クラス間の質にばらつきが出ないよう、板倉さんを中心にアンカー講師の方々が密に連携し、全体の品質をホールドしてくれています。特に、プロジェクトの冒頭では参加者に対し「受け身ではなく参加してもらう」ことを強く意識して関わってくださっていました。こうした初動の巻き込みの工夫によって、参加者には主体的にプログラムに臨むというマインドセットが醸成されました。加えて、グロービスは時代に先駆けてLMS(学習管理システム)を導入しており、大きなプロジェクトながらも効率的な運営を実現できています。
桒野さん:特にプロジェクト全体を統括するコンサルタントの棚瀬さんの存在も大きく、グロービスをパートナーに選ぶ大きな理由のひとつになっています。棚瀬さんは各ラインの様子を把握し、細かいサポートまでしてくださいます。まるで当社の一員かのように我々の事情を深く理解しており、曖昧な相談のレベルから壁打ち相手になっていただけるのも、本当にありがたいです。常にスピード感ある対応も含め、人材育成・組織開発のプロフェッショナルとして絶大な信頼を寄せています。
濱野さん:棚瀬さんのような方が現場をしっかりと進めてくれるからこそ、我々事務局が安心して任せられる理由となっています。これまでの関係性の中で、自然と役割分担ができているのだと思います。
プロジェクトの主な内容
幅広い視野や視座をもった、多様な経営チームを育むプログラム設計
濱野さん:本プロジェクトのゴールは、パナソニックの経営者としての志やマインドセットを確立することです。実は、プログラムの構成はここ数年で大きく進化しています。選抜課長や若手部長を対象としたこの階層ではMBA的な経営フレームワークのインプットよりも、より本質的な「経営者としての志やマインドセット」を醸成する場へと、その役割を特化させることができています。参加者一人ひとりが、まず経営に必要なリテラシーを理解して自らの強みと課題を認識します。その上で、各参加者が現在担当しているビジネスを経営視点から捉え直し、将来における事業のあるべき姿と乗り越えるべき課題を考えることにチャレンジします。
これからの経営者に求められるのは、幅広い視野と高い視座です。加えて、現在のパナソニックグループの幹部開発要領においては「経営チームの多様性」をテーマにしており、多様性をより良い経営に繋げることを目指しています。
そこで、本プロジェクトでは経営スキルの獲得に留まらず、参加者が多面的な学びを得られるよう、数年前からリベラルアーツを取り入れています。具体的には、現代アートや合氣道といったセッションのほか、松下電器産業3代目社長の山下俊彦による全社改革ストーリーが記された書籍『神さまとぼく』を題材に、パナソニックの経営者のあり方を見つめる場も設けています。
こうした「答えのない問いに向き合う」「自己理解を深める」「多様性を実感する」といった要素は、将来のパナソニックをリードする経営者に不可欠な要件です。それらを経験できるようなプログラム設計にこだわっています。
プロジェクトの成果
対話を通して学びを深め、経営と真摯に向き合う意志を醸成
濱野さん:本プロジェクトで印象に残っているのは、アートを通して自己理解を深めるセッションです。普段は控えめな参加者が活発に意見を出すなど、一人ひとりの新たな一面が顕在化した場になりました。同じアート作品を鑑賞しても心に響くポイントは人それぞれであり、参加者同士の多様性が感じられるセッションでした。
参加者自身も、自らの内面の変化に驚きがあったようです。「自分がここまでアートに対して感度を高く持てるとは思わなかった」といった声も寄せられました。視野を広げ視座を高める意図で導入したリベラルアーツでしたが、期待以上の効果を実感できています。
工藤さん:社内のコミュニケーションツールを活用した、セッションごとの振り返りレポートも非常に有意義な取り組みです。グロービスからの提案で、レポート提出の際、自分より前に提出されている他の参加者のレポートへコメントを送り合うという運用を採り入れています。
当グループは事業内容が多肢にわたることもあり、参加者のほとんどが初対面同士です。ですから、この取り組みは他事業を知るなど相互理解を促し、交流を深めるという重要な役割も果たしています。
セッションや振り返りなど、対話を通して学びを深める工夫が豊富にあることで、参加者からは「今までに参加した研修の中で、最も学びが多かった」という声も寄せられており、企画・運営を担当する立場として嬉しく思っています。
桒野さん:本プロジェクトには各事業会社から選抜された人材が集いますが、序盤はまだ経営者としてのマインドセットが十分でない参加者も見られます。しかし、一人ひとりの参加者の様子をふまえて積極的に意見を引き出すファシリテーターの進行と、自己理解を深めていく経験によって、参加者が自らのキャリアを見つめ直し、経営と真摯に向き合う意志を育んでいく様子が強く感じられました。
研修後も続く、自発的な学びのコミュニティ
濱野さん:驚いたことに、プロジェクト終了後も今なお自発的にグループ活動を続けている参加者も見られます。これは、プロジェクトの最後に「孤独になりやすい皆さんだからこそ、互いの火を灯し続け合うコミュニティを大切にしてほしい」という、棚瀬さんからのメッセージが大きな影響を与えてくれたと感じています。さらに、ただ呼びかけるだけでなく、「最終日に次の勉強会の幹事を決めてしまう」という提案もしてくださいました。その結果、参加者が自律的に集まり、学び続けるという好循環が生まれています。細かなことではありますが、コンテンツの一つひとつだけでなく、「学びの場そのもの」をデザインしてくれる提案が非常にありがたいですね。
桒野さん:本プロジェクトは、グロービスがもつ幅広いコンテンツと人材育成の知見をもとに実施できているのがありがたいです。特に、リベラルアーツは当社だけでは企画できない内容であり、専門性の高さも頼りにしています。
グロービスとはプロジェクトが終わるたびに丹念な振り返りを行い、翌年のプログラム構成をブラッシュアップし続けています。トレンドや他社の動向など、我々だけではキャッチアップしきれない視点も提供してもらいながら、時代に適合したリーダー育成ができていることに、本プロジェクトの大きな価値を感じます。
今後の展望
「学び」を「具体的な行動の第一歩」へと繋げるべく、プロジェクトを進化させたい
森川さん:本プロジェクトにおける今後の課題は、より多くの参加者が、プロジェクト期間中の「学び」で終わらせず、その後の「行動」につなげて経営を自分事化していくことだと認識しています。
プログラムで多くの気づきや学びを得ても、現場に戻ると日々の仕事に追われ、行動に移せなくなりがちです。プロジェクトで提言した「経営視点で考えた事業のあるべき姿」の実現に向けては、経営に向き合う強い意思を持ち、どういうアクションが必要なのかを考え、自分の言葉で周囲に伝えて巻き込んでいく実行力が必要です。
特に、気づきをもとに具体的な行動を考える点に課題があると考えています。プロジェクト期間の早い段階でアクションプランを描き、具体的な行動を起こし、自らを変化させる参加者が増えるよう、今後のプログラムをさらにブラッシュアップしたいと考えています。
研修の最終発表で、「やらなあかんことは分かりましたけど、どうやっていいかがまだ分からないんで、現場戻ってなんとか頑張ります」という声が聞かれることがあります。この「気づいたけれど、どう行動していいか分からない」という状態から、いかにして具体的な一歩を踏み出させるか。そのための仕掛けを、プログラムのより早い段階で組み込んでいく必要があると感じています。
そのために、我々事務局側は、現場の状況を的確にグロービスにお伝えできるよう、情報収集に努めていかなければと感じています。事務局が内部のリアルな状況を把握・共有し、プログラムをリアルタイムでチューニングしていくことで、参加者の行動変容を促したいと考えています。
森川さん:歴史が長く、強い既存事業をもつ当社において、社員はどうしても既存のリソースに頼り、顕在化した課題の解決に意識が向きがちです。しかし、正解のないこれからの時代では、自ら課題を発見あるいは創造し、「0から1」を生み出す苦しみを乗り越えられるリーダーを増やしていかなければなりません。本プロジェクトをはじめとする幹部開発施策が、その役割を担っていきたいと考えています。
桒野さん:本プロジェクトの参加者には、将来の経営人材として、スキルだけでなく人間的な魅力も兼ね備え、多くの人を惹きつけ、尊敬される存在へと成長してほしいと願っています。そして、パナソニックグループが困難に直面しても、組織が一丸となって乗り越えていくための「扇の要」のような存在になっていくことを期待しています。
時代に即した経営者を育成し続ける
桒野さん:社外からの客観的な視点は、我々自身が社会における自社の立ち位置を認識するために不可欠です。私自身は、「パナソニックグループの企業価値向上は、日本経済を上向かせるインパクトがある」と信じています。その実現に向けて、グロービスには今後も我々と一緒に考え、走り続けてくれるパートナーであってほしいです。
また、我々事務局がどういう関わり方をすると人材育成の効果を最大化できるのかという点についても、さらに追求していきたいと思っています。意見交換させていただきながら、各施策を企画していきたいですね。
森川さん:一連の幹部開発の目的は、時代に即した経営者を育成し続けることです。その経営者像は、パナソニックグループがあらゆる経営改革を進めるにつれて変わっていくでしょう。本プロジェクトを含む幹部開発で育成する経営者像がその時のパナソニックにとって正しいのか、常に検証し続ける必要があると考えています。
濱野さん:グロービスから外部の知見を共有いただくことで、我々は内側に閉じこもることなく、目指すべき姿自体が時代に即しているかを検証することができるのです。
森川さん:インストラクショナルデザイン(学習効果を最大化するための教育設計)のプロであるグロービスと共に、当社の経営から現場までの幅広い状況を共有しながら、後継者育成のあり方を二人三脚で探っていきたいと考えています。
本プロジェクトでは、将来の経営をリードすることを期待されているリーダーの皆さんが、自分のこと、事業のこと、組織のことを徹底的に考え抜ける状況を作ることをファシリテーターとして意識しています。そのポイントは次の3点です。
まずは「内発的動機の削りだし」。参加者自身が大事にしていることを起点に、同社において、自分らしさを出しながら「自らがやりたいこと」を考え抜いていただきます。次に「合理と情理」。自事業について徹底的に考えながら、同時に哲学、アート、合気道といった合理性だけでは説明できない領域にも触れていただき、思考や感情を揺さぶっていきます。最後に「徹底的な対話」。セッション中のみならずインターバル中にも、お互いに胸襟を開き、仲間と語り合う場を多く持っていただきます。
事業、製品、地域が多岐に広がる同社においては、創業者である松下幸之助氏が論じた「自主責任経営」を実現できるリーダーをどれだけ多く輩出できるかが経営における重要論点と認識し、身の引き締まる思いで尽力しています。今後もグロービスの組織力を尽くして、さらなるご支援をさせていただければと思います。
本プロジェクトにご参加の皆さまは、同社で重要なポジションを担い、日々の業務だけでも多忙を極めていらっしゃいます。だからこそ、ここでしか得られない刺激と学びを届けたい——その思いで、企画から伴走まで関わっています。
慣れていない頭や体の使い方に半ば強制的に挑んでいただく負荷の高いプログラムですが、最終日には古い常識を手放し、認識を一段引き上げ、自らの価値観に根ざした“やりたいこと”を力強く語っていらっしゃいます。その姿に、心を動かされます。
本プログラムは、学びを“終わらせる”場ではなく、“始める”場です。ただの研修で終わらず、対話から生まれた気づきが現場の行動に変わり、成功も失敗も仲間と分かち合うことで火を灯し合い、組織の変革へとつながっていく。そのような場を創るべく、毎年工夫を重ねています。
これからもパナソニックグループの人・組織能力の可能性を拓くパートナーとして、最新の知見や生の情報も活かし、尽力して参ります。
弊社の担当者がいつでもお待ちしております。








