- パーパス経営
パーパス・ビジョン浸透で社員一人ひとりの行動変容を促す、フジッコの挑戦
近年、多くの企業でパーパスの策定や浸透に取り組む動きが見られています。その一方、パーパスを全社へ浸透させて社員の行動を変えていくことに悩むケースも少なくありません。
フジッコ株式会社様では、2022年に策定したパーパス・ビジョンの理解・浸透を目的とした「パーパス・ビジョン実現プロジェクト」(以下、本プロジェクト)をグロービスと共同で実施しました。本プロジェクトの背景にある課題意識やプロジェクト内容、その後の組織の変化などについて、同社の取締役上席執行役員 人財コーポレート本部長 寺嶋 浩美様、取締役上席執行役員 生産本部長 荒田 和幸様にお話を伺いました。(役職はインタビュー当時)
はじめに:本プロジェクトの概要
フジッコ株式会社様は、塩こんぶ「ふじっ子」シリーズ、昆布佃煮「ふじっ子煮」シリーズ、煮豆「おまめさん」シリーズなどの家庭用食品や、業務用食品などの製造・販売を手がける企業です。
同社では、2022年に新たにパーパスとビジョンを策定したものの、社内への浸透がなかなか進まないという課題を抱えていました。そこで、まず現場をリードする部長・課長層がパーパス・ビジョンの意味合いを理解し、行動できることをゴールとする本プロジェクトがスタート。部長層向けプログラムと課長層向けプログラムの2階層を実施し、経営陣との対話や自分の価値観を見つめるワークなどを通してパーパス・ビジョンの理解を深めます。プログラムの最後に、部長層はパーパス・ビジョンに基づいた部門目標を定め、課長層はメンバーへの落とし込み方について考える時間を設けました。
インタビュー:プロジェクト実施の経緯
目標数字の達成だけでなく、「健康」のあり方を発信する企業への転換
寺嶋さん:当社は2019年頃から大規模な経営改革「ニュー・フジッコ」を実施し、商品数の削減や社内制度の見直しを進めてきました。
それまでの当社は、売上と利益という目標数字を追い求める傾向が強くありました。原材料からこだわって作った健康に良い商品をリーズナブルな価格で提供する企業であるため、「商品が多く売れる=食の観点で社会に貢献している」というシンプルな価値観が、長年にわたって社内に根付いていたのです。
しかしながら世は移り、地球環境への配慮が求められたり、食卓の崩壊が社会課題になる時代となりました。今、我々には食品メーカーとして「健康」とは何かを発信する社会的責任が生じています。もはや売上と利益を追求しているだけでは企業の使命を果たせない時代になっていることから、経営改革を進めてきました。
そんな最中にコロナ禍となり、業績の低迷や、社員が顔を合わせる機会が減ったのです。当社は商品群別の組織で縦割りのため、お互いの様子がわからない。加えて、製造現場でのクラスター発生を起こさないために、工場への人の出入りを制限するという状況も長く続きました。このような状況から、一体感の薄れという課題も増していったのです。
そこで、創業以来掲げてきた企業理念を軸に組織を立て直していこうという考えのもと、2022年に役員合宿で「パーパス」および「『フジッコ2030』ビジョン」を定め、2023年3月に全社発表しました。新たに策定したパーパスは、既存の企業理念の一節にある「健康創造企業」を具体的にし、「5つの健康 Health & Wellness」という形で示しました。
パーパス・ビジョンを示すだけでは、社員の行動の変化は促せない
寺嶋さん:新たに策定したパーパス・ビジョンは、経営方針発表会で時間をかけて説明したり、社内報で役員からのメッセージを発信する等、社員への浸透を促すべくあらゆる方法を試しました。しかし、なかなか社員の行動に繋がらない。このままでは、パーパス・ビジョンがお飾りになってしまうと危機感を感じていました。
この状況を打破し、パーパスに基づいて各事業の意思決定がなされ、社員一人ひとりが行動を変えていく組織を目指したい。そこで、外部の力を借りてプロジェクトを立ち上げる話があがったのです。
外部パートナーを選定するにあたっては、グロービスを含めた3社にお声がけしました。当社からは同じことをお伝えしたのですが、いただいた提案は三者三様。パーパス・ビジョンを浸透させると言っても、本当にさまざまな方法があるのだと感じました。その中でも最終的にグロービスを選んだのは、組織をリードする管理職層へのアプローチから始めるべきという考えや、パーパスやビジョンを腹落ちするには内発的動機を見つめることが欠かせないという提案に共感したからです。グロービスの皆さんとは、お互いの考えをすり合わせながらプロジェクトを進められそうだという期待感もありました。
もし、当社のようにパーパス・ビジョンの浸透をやりたいと思う会社があったとしても、グロービスに出会っていなければ異なるアプローチとなっていたと思います。我々も以前の社風であれば、違う選択をしていたでしょう。それほどに、どのような対象者にどのような働きかけを行うのか、アプローチの仕方は異なっていました。そのような中でも私がグロービスの提案に共感できたのは、グロービス自身が理念に基づいた経営を実践していることにあったと思います。だからこそ提案にも大きな信頼感が持てました。
プロジェクトの主な内容
現場をリードする管理職層が、パーパス・ビジョンに腹落ちすることを目指した
寺嶋さん:本プロジェクトのゴールは、管理職以上の社員を中心にパーパスやビジョンの意味合いを理解すること。そして、パーパス・ビジョンを実現することが自身の役割だと認識し、それらに基づいた行動を取るとともに、部下の目標設定などもパーパスに沿って実施できるようにすることでした。
パーパスには「5つの健康」を掲げていますが、「健康」は以前から大切にしていたことなので、深く噛みしめずに流してしまうところがありました。そのため、改めて、「健康経営とは何か」「健康提供とは何か」など、ひとつひとつをかみ砕いて理解していただけるよう、参加者には共感できる部分と違和感を覚える部分をあげて議論してもらいました。また、プロジェクト内で大事にしたのは、質問でも違和感でも、何でも良いので本音を話していただける場づくりです。どうしたら社員の皆さんに、モヤモヤしていることや理解できていないことを場に出してもらえるか、徹底的にこだわりました。
トップダウンの文化からの脱却
荒田さん:私は、経営陣との対話パートに登壇しました。その中で印象に残っているのは、目標数字を追いかける習慣が社内に染み付いていたことです。たとえば、自分のありたい姿を問うと、営業は迷わず「売上達成」だと言いますし、生産部門の社員は、創意工夫よりも与えられた「業務をミスなくこなすことが最重要」だと答えます。
また、当社はこれまで売上と利益目標の達成を重視してきたがゆえに、トップダウンで物事を進める組織文化がありました。そのため、経営陣が参加するセッションでは本音を聞けた部分がありながらも、言葉を選びながら慎重に発言する様子も見られました。
寺嶋さん:トップダウンの組織文化から脱却して、思いや考えを発言することに対しての心理的安全性を確保することは、数年前から取り組んでいるテーマです。しかしながら、社員は頭では理解しているものの、実際には自由に発言することへの恐怖心が拭いきれていないのだと思います。
荒田さん:同感です。また、答えを求める傾向もあり、セッションではパーパスである「5つの健康」に書かれている5項目の優先順位を知りたい、という意見が出ました。ところがその際、トップの福井は「優劣をつけるものではなく、状況に応じて自分たちで優先度の意思決定ができる力を身につけてほしい」と伝えたのです。福井のこの発言に、社員は驚いたかもしれません。
寺嶋さん:我々経営陣もすべての答えをもっていませんし、経営陣全員の意見が完全に一致しているわけでもありません。セッションでは、全社員が皆で一緒に考えていこうというスタンスを一貫して示すことを意識していましたね。
(右)取締役上席執行役員 人財コーポレート本部長 寺嶋 浩美様
管理職層の本音を聞き、経営陣と社員の心理的な距離を痛感
寺嶋さん:セッションでは、新たに策定したパーパスやビジョンと、既存の企業理念「フジッコの心」との関係性がわからず混乱していたという意見も出ました。
「フジッコの心」は冊子として配布しており、社員にとって身近な存在です。特に管理職層の多くは、企業理念の最上位にある「創造一路」という言葉に共感しています。だからこそ、パーパスとビジョンが発表された際、「これまで信じてきた『フジッコの心』は無くなってしまったのか」という疑問が生まれていたのだとわかりました。
こうした正直な意見を目の当たりにし、パーパス・ビジョンの経緯をまとめたものを説明して、提示するだけでは伝わらない。それでも、管理職層はなんとか飲み込んでやっていこうとしてくれていたのだなと、経営陣として反省しました。経営陣と管理職を含めた社員の間に心理的な距離があったことを痛感するとともに、この機会に本音が聞けたことは貴重だったと思っています。
プロジェクトの成果
社内の議論でパーパス・ビジョンを起点に考えることが増えた
寺嶋さん:この数年をかけて心理的安全性の高い職場づくりを掲げていたのですが、社員は頭ではわかっていても本当にそうなの?という気持ちがあったと思います。ただ、今回はコロナ禍以降、久しぶりに役職者が一堂に会して他部署のメンバーと対話できました。これにより、参加者からは「自分の仕事周りの人以外と話す機会が無かったので、非常に心地よかった」「有意義だった」というポジティブな意見が多く集まりました。改めて他部署の業務や人となりがわかったことで、短期的な売上や利益創出には直結しない役割を担う部署や活動への理解も進んだと感じています。
荒田さん:社内で議論をする場面では、パーパスやビジョンの話題が盛り込まれるようになっています。たとえば、先日開催した生産部門の研修では、「パーパス・ビジョンに基づいて現場の施策を進めるべきだ」という意見が自然と出ていましたね。また、管理職が部下と行う目標面談においては、目指したい工場の姿を掲げ、その実現のために管理職自身がやりたいことを伝えたうえで、部下自身が何をやりたいか目標に落とし込んでほしいと話す風景も見られています。
寺嶋さん:さまざまな施策や仕組み作りも進行中です。その一例として、パーパス・ビジョンに基づいて成果を挙げた社員を表彰する「フジッコウェルネスアワード」を昨年から実施しています。全従業者の任意参加ですが、課長職以上および昇格対象者はこのアワードに応募必須として、パーパス・ビジョンに基づいた自らの行動を振り返る機会にしています。
荒田さん:本部長以上が集まる会議では、議題がパーパス・ビジョンとどう紐づいているのかを必ず示すことをルールにしました。また、人事評価においても、本部長以上はパーパス・ビジョンに基づいた行動を評価される内容に変更しています。こうした施策を運用する中で課題も出てくると思いますが、少しずつブラッシュアップしながらパーパス・ビジョンの浸透を進めたいと思います。
第三者が介在することで、経営陣と社員が同じ方向を見て対話できた
寺嶋さん:外部パートナーとしてグロービスに入ってもらったことは、成功だったと考えています。まず感じたのは、経験や直感だけに頼らず、客観的な視点で分析し、問題を解決する“クリティカル・シンキング”が徹底しているという点です。我々の考えが曖昧だったとしても、それを論理的に整理して示していただけたので、いただいた内容をもとにプロジェクトの議論を前に進めることができました。
また、社内だけでプロジェクトを進めていたら、セッションでは経営陣と社員が対峙するという構図に陥っていたかもしれません。第三者の立場であるグロービスの皆さんにファシリテーションをしていただいたことで、経営陣と社員が同じ方向を見て、建設的な対話ができたと思います。
社外の視点が入り、我々の文化にはないキーワードが出てくることによって、自社を客観視できる点も貴重でした。「フジッコは、社外からこう見られているんだ」という気づきがもたらされましたね。管理職層が自社の立ち位置や目指すべきこと、自分自身が今後やりたいことを考える機会を得られたと思っています。
荒田さん:セッションでは、豊富な他社事例にも触れていただきました。パーパスやビジョンを全社へ浸透させている会社は世の中に多くある一方、当社はこれから始まる段階であることも感じてくれたのではないかと思います。社外を意識する良いきっかけになりました。
今後の展望
パーパス・ビジョン浸透を通して、組織文化を変えていきたい
寺嶋さん:本プロジェクトを通じて、内発的な気づきを元にパーパス・ビジョンに腹落ちし、行動を起こすというスタートラインに立てたと思います。
しかしながら、これで終わってしまっては、パーパス・ビジョン浸透は実現しません。引き続き、さまざまな施策を実施する必要があると考えています。11月の創立記念日には、執行役員が各事業所へ行ってタウンホールミーティングをする予定ですし、「フジッコの心」改訂版の制作も進んでいます。
荒田さん:これは、組織文化を変える大きなチャレンジです。管理職は、自分たちが長年身を置いてきた組織文化とは違うスタイルでマネジメントをすることに真剣に向き合っています。今が転換期なので、パーパス・ビジョンに基づいて組織をリードする管理職を増やしていけるよう、施策を丁寧に積み重ねていくことが大事ですね。
今、現場で活躍している社員は5年後には管理職になるでしょう。彼ら・彼女らの世代が管理職になる頃には、心理的安全性があり、自由闊達にチャレンジができることが当たり前の文化になっているようにしたいと考えています。
寺嶋さん:若い世代のほうが変化への柔軟性がありますし、パーパスやビジョンへの理解も早いかもしれませんね。実際に、同様の意見が何人かの管理職から聞かれています。若手への浸透よりも、管理職層が自らを変えることが、むしろ大きなチャレンジになりそうです。
今後のリーダーは、幅広いスキル習得も必要
寺嶋さん:これからはパーパス・ビジョンを全社で実現していくにあたり、これまで積極的には実施していなかった人事ローテーションも進め、複数部門を理解しているリーダーを育成しなければならないとも考えています。自部署以外の仕事を一定割合担える仕組みなども、検討の余地があると思います。
当社は機能別・商品群別組織であるがゆえに、社員は自分たちが担当するミッション以外の業務がどうしても見えにくくなってしまう傾向があります。だからこそ、社員が視野を広げ、物事をより多角的に捉えられるような施策が必要だと感じています。食品メーカーの社員として求められるスキルを身に付けたうえで、パーパス・ビジョンの実現に向けて行動することによって、社員一人ひとりがさらに自信を深めつつ、組織全体としての成長を目指したいと考えています。
グロービスからも今後に向けた課題を提示いただいていますし、やるべきことはまだ多くありますね。グロービス自身が今後どのような会社であり続けるのかにも注目したいと思いますし、そのリアルな実体験に基づいたサポートをいただけるとありがたいです。
フジッコ様とグロービスは長年お付き合いがありますが、私個人としては同社とのプロジェクトに関わらせていただくのは今回が初めてでした。社長・役員の皆様から、パーパス・ビジョンが策定された背景や、そこに込められた想い、「この項目は○○さんの意見が反映されたものだ」といった裏話をお聞かせいただくことで、パーパス・ビジョンがぐっと身近なものになる感覚がありました。同時に、様々な意見交換の中で、同社の「厳選した材料へのこだわり」「日本食文化継承への矜持」「自然の恵みへの感謝」「健康と美味しさの両立への挑戦」等を知るにつれ、大ファンになりました。
私が体験したように、パーパス・ビジョンの浸透には、その背景にあるストーリーを社員が知り、「その実現に積極的に参加したい」という意欲を醸成することが大切なのだと思います。そのカギは「対話」であり、組織内のあちらこちらでパーパス・ビジョンに関する対話がされている、そんな組織になれるよう、引き続きご支援していきます。
私は主にプロジェクトの実行部分を担当しました。小林と同様、私もフジッコ様のプロジェクトを担当するのは初めてで、今から思うと、最初は参加者の皆さまのプロファイルを正確には把握できていなかったという反省があります。幸運にも、寺嶋様から事前準備の設問などに様々なご要望やご意見を頂けたおかげで、我々の方でも参加者像に対する理解が少しずつ深まっていきました。それでも、想定外な事象が次から次へと起こる中で、その都度、寺嶋様を始めとした事務局の皆様やファシリテーターと細かなすり合わせを行い、企画をチューニングしていきました。
プロジェクトを成功に導くため、事務局の皆様には多大なるサポートをしていただいたこと、御礼申し上げます。
フジッコ様での取り組みが皆さまにとって少しでもお役に立てれば幸いです。
事業戦略から業務プロセス、個々人の仕事のやり方に至るまでパーパス・ビジョンを意識して行動し続けていく、その重要なきっかけが本取り組みにはありました。「いかに自分事にするか」、そのためには参加者の皆様に自社のパーパス・ビジョンとご自身との繋がりを考えていただくことが重要です。パーパスやビジョンは、会社がつくったものという認識が先行していたり、言葉の意味を具体的に理解できていなかったりすると、無意識のうちに遠い存在としてとらえてしまうことがあります。このため、いかに当たり前だと考えていることに問いを立てられるかがチャレンジでした。
プロジェクトの最中には、私からも感じたことや感想を率直にお伝えし、参加者の皆様と様々な対話をいたしました。経営陣の皆様も参加者に真摯に向き合い、自分事で考えるという場を作ってくださったと思います。
今後も、フジッコ様のパーパス・ビジョンの実現に向けて貢献できるよう、邁進いたします。
弊社の担当者がいつでもお待ちしております。