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パーパスは企業経営にどのようなメリットをもたらすのか

2023.02.09

昨今、注目度が集まる「パーパス」。ここ数年で、パーパスを新たに策定、もしくは従来のものを再定義する企業も増えています。しかし組織内部の実態を見ていくと、ホームページ上で変更された文言とは裏腹に、せっかく策定・再定義したパーパスがうまく機能していない企業も少なくないように感じます。

本コラムでは、私がお客様とパーパス策定や浸透に取り組んできた経験を踏まえ、パーパスが企業経営にもたらすメリットについて見ていきます。

パーパス経営とは何か

企業経営における「パーパス」とは、「自社は、なぜ社会に存在するのか?」という根源的な存在意義のことです。多くの日本企業では、すでにミッション、ビジョンあるいはバリューといった呼称で、何かしらの経営指針を設定されていることでしょう。
参考までに図1は、これまでのミッション・ビジョン・バリューとの関係性を整理したものです。

図1パーパス、ビジョン、ミッション、バリューの位置づけと定義
出所:Enacting Purpose Initiative (2020)を基に加筆修正

企業によっては、経営理念という呼称でパーパスを取り入れていたり、ビジョンやミッションにパーパスの要素を含んでいたりすることもあります。自社の経営指針の中で、パーパスに該当する「Why=我々は、なぜ社会に存在するのか?」という存在意義が明確になっているかを考えるとよいでしょう。

このパーパスを軸に置いて企業経営を行うことを「パーパス経営」と呼びます。「パーパス経営」が注目されるようになったきっかけは、世界最大の資産運用会社ブラックロックのラリー・フィンクCEOが2018年に発表した「A Sense of Purpose(※1)」であったと言われています。この中で、フィンク氏は『企業が、長期にわたって事業運営するためには、すべての企業は財務実績を達成するだけでなく、社会にどのように貢献しているかを示す必要がある。(中略)株式公開企業、非公開企業のいずれも、パーパスへの意識を持たなければ、その潜在能力を最大限発揮することはできず、最終的には、主要なステークホルダーから事業継続のライセンスを失うでしょう』と述べました。その後、2022年に至るまで毎年「パーパス」の重要性を幾度も強調しています。世界の投資先企業に多大な影響を与えるブラック・ロックのトップが、なぜこれほどまでに「パーパス」の重要性を訴えるようになったのか。昨今の企業環境や、ステークホルダーから高まる期待について整理しながら考えます。

企業が置かれている環境とステークホルダーの変化とは

企業を取り巻く環境は、これまでにないほど不確実性が増しています。テクノロジーの進展や産業内の競合状況の把握のみでは本質を捉えることは難しく、地球環境への影響、法規制や地政学的リスク、サプライチェーン上の人権や労働問題、従業員の働く意義の変化、周辺地域や消費者の厳しく企業を選別する心理に至るまで、広範囲のステークホルダーの変化を常に感度高く、同時に捉えていく必要性が高まっています。これらを踏まえ、随時、戦略や組織をトランスフォームし続けなければ、たとえ現時点で高い収益を得ていても、持続的な事業運営自体が厳しくなります。結果、機関投資家も企業の戦略や事業が持続可能かどうかについて、注目するようになってきています。

<企業が置かれている環境とステークホルダーの変化>
(グロービス作成)

これだけ広範囲のステークホルダーが変化し続けると、経営陣だけでなくミドル層も、取るべき戦略や施策の是非を判断する「軸」を見失いやすく、意思決定が迷走する可能性があります。また、度重なる戦略や組織の変革に対して、タスクやスケジュールが明確になっても、そこに関わる従業員や社内外コミュニティが変革の意味を感じられていない場合には、コミットメントは下がります。
このように資本市場、消費者市場、労働市場などの各種ステークホルダーの要請に対応するための長期的な軸である「北極星」として、企業はパーパスを明確化する必要性が高まっています。

パーパス経営の実践で創出できるメリットとは何か

では、「パーパス経営」を実践することで、どのような具体的メリットがあるのでしょうか。代表的な12のメリットをご紹介したいと思います。

<「パーパス経営」を実践できた場合の12のメリット>
注:❶~⓬の番号は便宜上であり、順に発生する効用ではない。また、複数の効用の結果として創出されるものも存在する。
  • (1) 53カ国に展開するPR会社ポーターノベリ社の調査で、消費者の79%がパーパスを実践している企業にロイヤリティを抱く割合が高く、78%が他者に薦め、73%がそのブランドに関するコンテンツをシェアしていた。また、自分たちの地域社会で、パーパス主導の企業に対しては積極的にサポートすると述べた方々が85%存在。(※2)
  • (2) パーパスを軸にステークホルダー中心主義を追求してきた18社の株価パフォーマンスが、S&P 500種指数の10.5倍と推計された(測定期間15年:1996~ 2011年)(※3)
  • (3) 世界各国で働く社員に対する労働調査で、仕事においてパーパスを見出すことができた従業員は、組織に留まる可能性が3倍以上あった(n=12,115) (※4)

上記❶~⓬はいずれも、パーパス経営を実践・実装することで生まれるメリットです。例えば、従業員視点で、パーパス経営の実践は、❽求職行動の喚起や従業員エンゲージメント向上に繋がりうるだけでなく、パンデミックなどの不測事態や厳しい経営時に、⓬組織のレジリエンス(再起力)を高めます(※5)。また、❷顧客ロイヤリティの向上と消費行動についても、大きなインパクトが生まれています。消費者は、溢れるモノから何かを選択する際に、その企業が語る「Why」に感情的な繋がりを抱きやすくなります。

パーパス経営とは、マネジメント変革である

パーパスを掲げる必要性やメリットが大きくなっている潮流を踏まえ、パーパスを新たに策定、もしくは従来のものを再定義する企業も多く見られるようになりました。しかし、パーパス経営とは、美辞麗句の文言を作り込む作業でも、できあがった文言を社内外に発信して終わるものでもありません。ステークホルダー全体から「共感・共鳴」が生み出され、彼らの行動変容や、パーパスに向けた一致団結を引き起こすための企業活動の再定義と実行です。その過程では、経営トップから現場までの各所における様々な意思決定や行動変革を伴います。つまり、パーパスの文言は、経営陣含むマネジメント層からステークホルダーへのその真摯な決意メッセージとも言えます。その宣言に沿った言行一致の企業運営が、多くのステークホルダーの協賛を得る強い力となっていきます。

今回は、企業がパーパス経営を実行する必要性やメリットをご紹介しました。次回以降は、パーパスを策定し、浸透させる具体的なステップと、そこでの陥りがちな罠と対応策について考えていきます。

<参考文献>

  • (※1) Fink L. Larry Fink’s 2018 letter to CEOs: a sense of purpose. 2018.
  • (※2) 2018 Cone/Porter Novelli Purpose Study: How to Build Deeper Bonds, Amplify Your Message and Expand Your Consumer Base.
  • (※3) Mackey, J., & Sisodia, R. (2013). Conscious capitalism. Liberating the heroic spirit of business. Cambridge: Harvard Business Review Press.
  • (※4) Porath, C. (2014). Why you hate work. The New York Times Sunday Review, 1.
  • (※5) Sinek, S. (2009). Start with why: How great leaders inspire everyone to take action. Penguin.
グロービス・コーポレート・エデュケーションマネージャー 井上 佳

グロービス・コーポレート・エデュケーション
マネージャー

井上 佳 / Kei INOUE

国内コンサルティングファームにて、上場企業から中小企業、官公庁の組織開発、人事制度設計、営業拠点再生プロジェクトに従事。中四国支社責任者、東京本社所長、新支社の立ち上げを経験後、グロービスに参画。現在は、通信、メーカー、商社、食品、素材、航空など様々なクライアント企業の新規事業支援、経営体制支援、人材・組織開発の企画・実行に携わっている。
英イーストロンドン大学応用ポジティブ心理学修士(MAPPCP)、英ケンブリッジ大学Sustainability Leadership Program修了、国際ポジティブ心理学会(IPPA)会員。

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