- 新規事業創造
イノベーションを産み出す人と組織は、人事とつくる。
前回イノベーションを産み出す風土づくりの重要性を述べましたが、組織風土は一朝一夕につくられるものではありません。風土とは、組織内に根付いている「仕事のやり方」そのものだからです。歴史ある企業であればあるほど、あるいは既存事業が強力であればあるほど風土も定着しており、風土を変えるには相応の時間がかかるでしょう。
今回は、新規事業を産み出す風土をつくるためにどのようなことから着手すればよいのか、失敗しがちなポイントもおさえた現実解を考えていきます。新規事業創出に悩む皆さんの参考になれば幸いです。
新規事業の担い手だけでなく、評価者も足りない
まず、イノベーションを生み出せずに悩む企業が抱える「人」にまつわる問題を考えます。企業は人の集合体です。新規事業部門だけを作っても、人や組織の問題を解決しない限り、結局は人の問題に直面し、新規事業は産まれません。
多くの日本企業が直面する「人」の問題は、大きく2つあると考えています。
1. 新規事業の担当者が足りない
新規事業部門(以下、新規部門)を立ち上げる時点で人も予算も潤沢な企業は珍しく、数名〜十数名の少人数で細々と始めることが大半です。担当者が足りないのは当たり前と考えてよいでしょう。
ところがその後も、新規部門は経営陣から「早く事業をつくってほしい」と期待されながらも、既存事業部門(以下、既存部門)から人を出してもらえない、出してもらえても数年後には元の組織に返さなければいけないというジレンマに陥りがちです。
即戦力となる外部人材を採用したくとも、既存事業に最適化された評価・報酬制度がマッチしないために採用に至らず、採用できたとしても既存部署とコミュニケーションの軋轢が生じてしまうことも珍しくありません。
新規部門が孤軍奮闘する状態から抜け出せず、部門内に新規事業創出のノウハウも蓄積されない悪循環に陥るケースをよく耳にします。大企業の強みである既存事業の資産や組織能力を活かせないのも、もったいないことです。
2.新規事業を適切に評価できる意思決定者が少ない
事業を評価する経営陣も、実は悩みを抱えているものです。新規部門から事業プランを提案しても「いくら儲かるのか?」「技術的に可能なのか?」「既存事業にシナジーはあるのか?」といった既存事業の視点で評価してしまいがちなのです。既存事業が強い企業ほど、この傾向は強くなります。
また、提案される事業プランが、自身に馴染みがないため、理解できず、「もっと調べてほしい」と、曖昧な指示でお茶を濁し、意思決定を保留してしまうこともあります。
結果、新規事業に重要な市場への参入タイミングを逃し、新規事業チームのモチベーションが低下する事象も少なくありません。
新規事業を適切に評価することは、経験や知見がないと難しいものです。日本企業の経営陣の多くは新規事業の経験に乏しく、既存事業で成果を出して昇進・昇格してきた方々です。経営者であっても、多産多死と言われる新規事業を評価して意思決定するのが難しいのは当然です。
このような人の問題を乗り越え、企業がイノベーションを産み出す組織へと飛躍するにはどうすればよいのでしょうか。
新規事業部門は、人事部門と協働して人材育成を
イノベーションにまつわる人や組織の問題は、新規事業部門だけでは解決されません。そこでぜひ、新規事業部門から人事部門へイノベーションを起こせる人づくりについて相談を持ちかけてほしいのです。
本来は、人事部門が新規事業の創出を人・組織の側面から支援するマインドをもち、先回りして施策を打っていけると理想です。しかしながら経営では短期的な成果も求められ、利益を出している既存事業へコーポレート部門の意識が偏りがちなことも否めません。だからこそ、新規事業部門から人事部門への働きかけが必要です。
人事制度を新規事業に適したものに変更する必要もありますが、制度変更には多くの労力と時間がかかります。制度の見直しと並行して、新たな事業を産み出せる人材の育成と、新規事業を立ち上げるプロセスである「型」の浸透を進めるのが最適解だと考えます。
新規事業の担い手には、どのような人を選抜し育成すべきでしょうか。例えば、書籍『シリアル・イノベーター「非シリコンバレー型」イノベーションの流儀』では、企業内で複数のイノベーションを連続的に産み出す人(シリアル・イノベーター)の要件として、以下の6つを挙げています。
- (1) パーソナリティ:要素間の関連性に着目して全体像を捉えるシステム思考
- (2) パースペクティブ(世界観):人々の課題を解決し、世界をよりよくするために技術を使い、所属する企業にも利益をもたらしたいと考えること
- (3) モチベーション:課題を抱えた顧客や企業という外的要因と、創造への欲求や課題解決での達成感といった内的要因から高まる動機付け
- (4) 構え:生涯を通じて「学習者」であろうとする姿勢
- (5) プロセス:顧客の真の課題を見つけるために、社内外を行き来し、重複や反復を繰り返しながら考えること
- (6) 社内政治:社内の上層部や関係者、社外の顧客や専門知識を持つ人へのポジティブな影響力
社員の選抜や公募では、このようなものを参考にしながら自社で重視する要件を設定し、その要件に当てはまり、かつモチベーションが高い社員を選ぶとよいでしょう。そして選んだ社員に対し、新規事業を学び・創る場を設けるのです。事業創出の「型」を習得した上で、実際に新規事業を提案してもらうと実践力が磨かれると思います。
「型」を社内で浸透させることは重要です。その背景には、3〜5年ごとに異動を繰り返す日本企業の人事ローテーションがあります。新規部門も人材が入れ替わるため、新たなメンバーが早期に即戦力となるためには「型」が必要です。「型」がないと、メンバー間の調整コストばかりが増えがちだからです。
大手製造業A社では、新規事業を産み出せる人材のプールを作るべく、新規事業の開発手法を学び、実アイデアを提案する「イノベーション人材養成講座」を行っています。
A社では人事ローテーションによって、新規部門に異動しても3年ほどで他部門へ移ってしまい、次に異動してきたメンバーも即戦力になるまでに時間がかかるという課題がありました。そこで新規事業部門に新たに配属される社員に加え、新規事業に興味がある社員を公募で集め、新規事業のノウハウを学んだのです。この講座を何回も開催し、人材プールと、優れた事業アイデアを作ることを目指しています。
この取り組みは、新規部門のマネジャーが人事部門と共催したものでした。人事部が企画に入ったことで、既存部門から参加を募りやすくなるメリットがありました。
人事部門が新規事業ユニットの課題をくみ取り、分厚い「事業創造人財プール」と「新規事業創造の型」をつくることを目的とした、ワークショップを実施
※大企業では、事業部門間のローテーションが発生するため、即戦力化がありがたい
- 部長層(既存+新規ユニット)
新規事業の評価の視点を学ぶ
- 課長層以下メンバー
既存ユニットメンバー(公募)と、新たに配属された新規事業ユニットメンバーがともに、デザイン思考・リーンスタートアップを基にした、新規事業開発手法を学び、実アイデアを提案
意思決定者が学ぶ場も必要
事業を評価する意思決定者の方々も、担当者と同様に新規事業への理解を深めなければ、新規事業を産み出せる組織にはなりません。複数の意思決定者が新規事業を見極める判断軸を揃える意味でも、役員向けの勉強会のような場があるとよいでしょう。
このような場もまた、人事部門がリードして設定するのが望ましいと考えます。新規部門から経営陣へ「新規事業の立ち上げ方や評価の仕方を学んでください」と率直に言ってしまうと、ハレーションが起きかねないからです。新規・既存事業の両方を人や組織の面から支える人事部門が主催するのが成功のポイントです。
役員勉強会を開催している企業の事例をご紹介します。不動産会社B社では、経営企画部が新規事業の推進を担い、社内ベンチャー制度で社員から事業提案を募っていました。ところが、事業の評価軸が定まっていないため、有望な提案を落としてしまっているのでは、通過した提案を正しくブラッシュアップできていないのでは、といった課題を抱えていました。
そこで経営企画部と人事部の共催で、執行役員、常務、専務が参加する新規事業ワークショップを実施しました。役員陣が自ら新規事業を立ち上げるステップを学び、事業提案をし、互いに評価し合ったのです。このワークショップを通して役員陣の事業創造力が上がったことで、社内ベンチャー制度の課題点が浮かび上がり、制度の見直しに繋がりました。
経営企画部と人事部共催で、経営チームの事業評価指標、ベンチャー制度の仕組みを変える。同時に、既存事業ユニット幹部の、事業創造力を高める。
- 新規事業の立ち上げステップと、各ステップでの評価視点の習得
- 同時に、社内ベンチャー制度の仕組みも変更
- デザイン思考・リーンスタートアップを基にした、新規事業立ち上げステップを学び、社内ベンチャー制度に臨む
今回のコラムでは、新規事業の創出に悩む皆さんに向けて、現実的に取り組める最適解をお伝えしました。このような取り組みと並行して人事制度や意思決定構造の見直しも進め、新規事業が産み出しやすい組織に変えていく必要もあります。制度などのハード面と、育成などのソフト面の両方を中長期的な視点で取り組むことが、新たな組織風土に繋がると考えます。