「人的資本経営」における、これからの人材育成のあり方とは
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生産年齢人口の減少やAIの活用など、働く環境が変化する日本市場において、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出して持続的な企業価値向上を目指す「人的資本経営」 への関心が高まっています。大手企業では、2023年度より人的資本の一部情報開示が金融庁より求められており、必須で向き合わなければならない経営テーマとなりました。
一方、「人的資本経営」に関心はあるものの、従来の人材マネジメントとの違いが分からず疑問に思う方も多いのではないでしょうか。また、「人的資本経営」の実践にあたり、人材育成はどのように変えるべきなのでしょうか。本コラムでは、人的資本経営の背景・動向をおさえたうえで、これからの人材育成のあり方を考えます。
第1章
ビジネスパーソンとして求められる能力の変化
経済産業省が2022年に発表した「未来人材ビジョン」において、2050年の日本市場は、生産年齢人口が現在の3分の2に減少するというデータが掲載されています。
生産年齢人口減少を補うために、今、AIの活用に注目が集まっています。AIを用いることで、日本の労働人口の49%が将来自動化されるという見通しが立っているのです。
「未来人材ビジョン」ではさらに、AIによって業務が自動化されると、これからのビジネスパーソンに求められる能力は以下のように変化すると考察されています。
・現状:「注意深さ・ミスがないこと」、「責任感・まじめさ」を重視。
・将来:「問題発見力」、「的確な予測」、「革新性」を重視。
次世代を担うビジネスパーソンは、基礎能力や高度な専門知識だけではなく、常識や前提に捉われず、「ゼロからイチを生み出す能力」、「問題発見力」や「的確な予測」等が必要です。
こうした能力が必然的に求められるエンジニアやマーケターのような職種の需要が増える一方、事務や販売従事者といったAIやロボットで代替しやすい職種に対する需要は減少すると考察されています。
職種による需要の変化に対応するためには、あらゆる人が時代の変化を察知し、 能力やスキルを絶えず更新し続け、 今後加速する産業構造の転換に適応することが求められます。一人ひとりが新たな能力・スキルを身に付け、 中長期的に活躍するための一歩を踏み出す契機とするにはどうすればいいのでしょうか。
第2章
「人的資本経営」への変革の必要性
変わらなければならないのは、個人だけではなく企業も同じです。ここからは、外部環境の変化に対する日本の現状を見ていきたいと思います。
「未来人材ビジョン」では、4割以上の日本企業が「技術革新により必要となるスキル」と「現在の従業員のスキル」との間のギャップを認識しているものの、人に投資せず、個人も学ばない傾向が強いというデータが示されています。
また、持続的な企業成長に必要となるイノベーションを創出するためには、多様性が不可欠であるといわれる一方、日本企業の経営者は新卒からずっとその会社に勤務している「生え抜き」が多く、多様な経験をしているとは言い切れないのが現状です。さらには社員も「生え抜き」が多く同質性が高いため、組織全体の多様性も乏しいのです。イノベーションが求められる今の時代において、日本企業の国際競争力は下がってきていると考察されています。
企業は今まさに、この現状を直視し、変革の舵取りが求められているのです。生産年齢人口減少といった外部環境の変化に対応しながら企業価値を高めるには、人材を「投資対象の資本」として捉え、人材の価値を引き出す経営スタイル、すなわち「人的資本経営」が不可欠となります。
人的資本とは、個人が保有している知識や技能・価値観等を指し、これらが強化されることで企業の生産性向上といった成果の創出に繋がります。人材にまつわる金銭的拠出に対する考え方も、コストと捉える「人的資源」ではなく、その価値を増大させるために投資をする「人的資本」の観点に変える必要があります。これが従来の「人的資源管理」でも「人材マネジメント」ではない、「人的資本経営」の本質です。
第3章
「人的資本経営」をどう実現すべきか
では、「人的資本経営」を実現するために、各企業はどのような検討をすべきでしょうか。経済産業省が発表した人的資本に関する研究会の報告書「人材版伊藤レポート2.0」では、以下の表の通り、人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素をあげています。
これからの時代において企業価値を向上させるには、経営戦略を実現するための人材戦略を策定・実行する「経営戦略と人材戦略の連動」に取り組むことが重要です。
人材への向き合い方としては、目指す姿と現状とのギャップを定量的に把握したうえで、目指す姿を具現化するために必要な経験、価値観、専門性といった多様性を組織へ取り込み、リスキルを促すことなどが求められます。
第4章
「人的資本経営」における、
これからの人材教育のあり方とは
「人材版伊藤レポート2.0」の「5つの共通要素」で示されているように、組織の多様性を実現し、リスキルを促進するためには、人材育成も一律教育からの脱却が必要です。「自社が目指す姿に向けて、何を実現すべきか」という到達地点をもう一度考えなければならない時代が訪れています。
企業側には、社員を”資源”ではなく人的”資本”として捉え、中長期的に人”財”を成長させる視点が求められます。
そのために重要なのは、前述した「経営戦略と人事戦略の連動」です。企業によって取るべき施策は異なりますが、人材資本経営に取り組む上で共通して重視すべきポイントを3つ提示したいと思います。
ポイント① 従業員のスキル把握 ~スキルマップ等の作成~
人的資本経営における人材育成は、施策を検討する前に、従業員のスキル把握から始める必要があります。経営戦略の実現に必要な人財ポートフォリオを定め、従業員がもつスキルを適性テストや経験、専門資格の有無等で可視化し、スキルマップ等を作るのです。弊社が提供するアセスメント・テスト『GMAP』も、従業員の能力を可視化する一助としてご利用いただいている企業が多く存在します。
この可視化により、人材面における現状とあるべき姿のGAPを埋めるための育成方針の検討や、採用すべき人財の質・量を洗い出すことが可能となるのです。
取り組み事例として某製造業では、取締役会に必要な経験・専門性を明確に定め、誰が何のプロフェッショナルなのか、なぜ取締役会に参画しているのか明示し、企業価値向上を目指した経営とそれに伴う幹部候補者の育成施策を推進しています。
ポイント② リスキル の機会の提供 ~「知識」と「探求力」~
次に行うのは、ポイント①によって策定した育成方針に沿って、「知識」の習得 と「探究力」の鍛錬 という2つのステップでリスキルの機会を提供することです。
まず、「知識」を習得するために、 デジタル基盤を活かして幅広い教育プログラムを整備することで、 誰もが場所を問わずにアクセスでき、 個別最適な学びを実現させられます。
次の「探究力」を鍛錬する段階では、 得られた知識を使って実践力を磨きます。自社が抱える課題の構造を捉え、自分に足りない知恵を集め、他者との対話を通じて協力しながら学び、アウトプットする機会を設けるのです。
なお、こうしたリスキリングは、企業側が働き手に押し付けて実現できるものではありません。個人も必要なスキルを自ら考え、多様なスキルを磨いて「自ら育つ」視点が求められます。企業は、従業員が興味関心のある分野を学んで豊かな発想や専門性を身に付け、 社会課題に「新しい解」を生み出すサポートをすることも、価値の創造に繋がるのです。
ポイント③ 組織風土の改革 ~挑戦の奨励~
企業が持続的に企業価値を向上させるためには、従業員がリスキリングをしながら、繰り返し挑戦したくなる環境をどう作るかという視点も重要です。
すなわち、上司から失敗を否定されない心理的安全性があり、挑戦を奨励する組織風土を構築する地道な意識改革が必要となります。風土を築くことは一朝一夕にできるものではないので、中長期的に腰を据えて取り組むことが欠かせません。
取り組み事例として某商社では、人材戦略を支える3つの柱「多様性を活かす」「挑戦を促す」「成長を実感できる」を掲げ、それぞれの柱に対して定量的な目標を明確化しています。施策の一つである新規事業コンテストの実践にも、経営トップがコミットして組織風土を率先して改革しています。
真の人的資本経営における人材育成のあり方とは、企業は従業員に対して自律学習できる環境を提供し、挑戦を後押しする風土を育むことだと考えます。
第5章
まとめ
本コラムでは、将来の不確実性が高い中で、持続可能な企業成長を目指す「人的資本経営」への向き合い方や、「自ら育つ」人材育成のあり方について紹介しました。「人材版伊藤レポート2.0part2」では、「経営戦略と人材戦略の連動」を実現するための取り組み事例も複数掲載されています。今後検討を進める方は、参考にしてはいかがでしょうか。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。