DXは経営改革――。 DXの課題と解決の方向性、求められる組織開発とは?
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KADOKAWAは、出版業界に先駆けてDXに取り組んでいることをご存知でしょうか?そしてKADOKAWAのグループ会社ドワンゴでは、年間50億円を費やしていたインフラコストを約20億円下げて、かつ、ニコニコ動画など映像サービスの高画質化を実現するというインフラ改革が行われました。この改革を率いたのが各務茂雄氏です。
現在、各務氏はKADOKAWA執行役員、ドワンゴ本部長も兼務しながら、ICTツールの提供や働き方改革の支援を行う戦略的グループ会社「KADOKAWA Connected」の代表取締役として、KADOKAWAグループのDX推進を先導されています。昨年、各務氏が『世界一わかりやすいDX入門 GAFAな働き方を普通の日本の会社でやってみた。』を上梓されたことを受け、グロービス ・コーポレート・エデュケーション部門マネジング・ディレクター西恵一郎、マネージャー望月洋平と、デジタル技術とマネジメントの在り方、DXの課題と求められる組織開発について語りました。(※肩書きは2021年1月インタビュー当時のもの)
1.DXには「攻め」と「守り」の両面が欠かせない
望月:
初めに、各務さんの考えるDXとは何かを教えていただけますか?
各務:
最近は「DX」という言葉がバズワードとなっていますが、ベースの考えは「デジタル技術(ICT)を使って、世の中を良くすること」です。これ自体は新しいことではないのに、今になって大きく騒がれています。
DXには、「守りのDX」と「攻めのDX」の2つの側面があります。守りのDXとは、既存の業務プロセスを改善、効率化するもの。一方、攻めのDXは、ビジネスモデルや顧客接点を改革し、付加価値の高い製品やサービスを提供して、売上のトップラインを高めること。DXで最大の成果を得るためには、守りのDXを固めつつ、攻めのDXとしての挑戦を行うことが必要になってきます。
いずれにしても、「DXは何のためにやるのか?」という趣旨が大事です。私は、いろいろ考えた結果、企業が保有する「価値あるアナログの有形無形資産をどう活かすか」を原点にすべきだと思っています。それぞれの企業が持つアナログ資産を活かすために、デジタルを使って爆速経営を行うことがDXの重要なポイントです。
西:
なるほど。いま、世間で声高に言われている「デジタルトランスフォーメーション」は、各務さんのいう「攻めのDX」であるトップラインを高めるフロントエンドの改革が注目を浴びていますが、各務さんは、「守りのDX」であるバックエンド改革を伴ってこそ、フロントエンドの改革がなされる、というお考えなのですね。
各務:
はい、バックエンド改革が企業のOSを刷新する経営改革であるのに対し、フロントエンド改革がCRMやAIというデジタル技術をビジネスに活用して行うもので、DXには両側面が必要だと考えています。
また少しデジタルの本質に踏み込んでいうと、デジタル技術を使うDXとは、定性・定量ともにすべてを白黒はっきりさせることが根底にあります。デジタルを使った爆速経営のためには、「組織」「人材」「コミュニケーション」「成果」などすべての面において、白黒はっきりさせ、アナログを軸とした有形無形の固定資産を活かして、経営をリボーンさせることが重要です。
株式会社 KADOKAWA Connected 代表取締役社長 各務 茂雄氏
2.DXの一丁目一番地は「コミュニケーション改革」
望月:
白黒の話は、例えば会話や雰囲気などの定性的なものが、数字や文字で可視化されることで測定評価がしやすくなり、PDCAが回しやすくなるというイメージでしょうか?
各務:
数字で定量情報として可視化できるのも一つの先行指標となりますが、それ以上に重要なのは、「コミュニケーション改革」です。業務にデジタルツールを導入することで、すべてのコミュニケーションが可視化されます。情報を透明化することで、組織はフラット化します。
例えば、あるプロジェクトに複数のチームから、複数の人が関わって進めることを想像すると、情報を可視化しないと回らなくなりますよね。編集された議事録だけでなく、すべてが文字化されることで、誰が何をどのようなクオリティで進めているかのエビデンスが残る。これからは、可視化された仕事の進め方ができる組織体や個人じゃないと、生き残れないというメカニズムになってくると思います。
望月:
透明化すると隠し事ができず、ポジションパワーも利かなくなり、ヒエラルキー組織が崩れて、必然的にフラットなる、と。
西:
そのレベルで仕事を行い、その世界観で勝負している日本企業はまだ少ないのではないでしょうか?
各務:
日本企業だと少ないでしょう。GAFAやマイクロソフトは、すでにそのやり方です。だから、彼らは強いのでしょう。私はKADOKAWAでDX・コミュニケーション改革に取り組んでいて、ハレーションはありますが、会社は劇的に変わりました。
西:
どのような業務内容に対してハレーションが生じ、ネガティブな変化を強いているのでしょうか?一方で、変化によって活躍しやすくなった層はどのあたりでしょうか?
各務:
ハレーションはあるものの、ネガティブな意見はそこまでなく、ほぼ全員が活躍しやすくなっています。コロナ禍によって、KADOKAWAではリモートワークが9割となり、そこで全員がDXに開眼しました。「デジタルも使える。でもアナログも大事だ。」という両方の世界があることに目覚め、今となっては全社一丸となってDXに向かっています。
西:
なるほど。コロナ禍によってDXという変革に全員が向き合えたということですね。ちょっと話は戻るかもしれませんが、「デジタルによって企業を変えていく」ことについて、これまでと、今の違いについてお話しさせてください。DXがバズワードになる前までは、「現場をデジタルによって変える」ということは、業務の仕組みを変えていくことがメインテーマで、IT部門やSIerの人などバックエンドの一部が頑張ることでよかったのかもしれません。それに対して最近は、フロントエンドにおいても、デジタルでビジネスモデルを変えないといけなくなっている。しかし、デジタルがわかっていても、ビジネスの現場をわかっていないと、デジタルを使ってどうビジネスを変えるべきかがわからないし、その反対も然りです。
加えて、上位層の理解度も問われます。現場をわかっていない、またはデジタルによってビジネスが加速することがイメージできない上位層が戦略を語っても正しく現場に落ちない。デジタルをキーワードで語るだけでは、戦略は実行されず、現場も機能しないということですよね。つまり、今では「権限が現場に落ちた」という状態になっていると思います。
各務:
おっしゃる通りです。ただ「現場をわかっていない人」と一言でいっても、いろんな場合があるかと思います。例えば、KADOKAWAでいうと、まずコンテンツを生み出すという領域でいうと出版の現場を支える編集という仕事があります。その仕事に直接関わっていないことや、階層が上位すぎることによって、「同じ企業にいても、お互いの現場について知らないことがある」ということがDXの阻害要因の一つとなり、DXすることで、「従来なら現場から近くない人でも、現場のことがわかる」状態になるように、「ブリッジする仕組み」が大事だと思います。
西:
ブリッジする仕組み、本当に大切ですね。最近のDXは、従来のバックエンド改革に加えて、フロントエンドの改革が伴っている。だからこそ、攻めと守りの両方を、やれる/やれない企業に差がでますよね。
各務:
あと、フロントエンドでDXを実行する場合は、現場でデジタル技術をうまく使える人がいないことが多いですよね。そうなると、「現場に、どうやってデジタル技術をインストールしたらいいのか?」が課題となる。そして「エンジニアをフロントエンドの現場に送り込むのか」「ビジネスの現場にいる人を開発に持ってくるのか」みたいな話になります。どの企業もそこの塩梅が難しくて、デジタル技術を使ったビジネスの創出ができない、取り廻せないとういうことが起きるのではないでしょうか。
西:
わかります。当社も100名ほどエンジニアがいます。例えば、エンジニアがイメージする教育サービスと、私たちが思っている教育サービスにはギャップがある。モックをみて、「え?そこそうしちゃったの?」など起きます。そこはお互いの目線で「こうしたほうがいいと思う」という意見交換を通じて、ブラッシュアップされるので、良い悪いや、どうすれば確実に機能するかという問題ではなく、お互いがコミュニケーションを真摯にやらないと、デジタルサービスは作り上げられないと感じますね。
各務:
ですよね、私は、「コミュニケーションGAPをどう埋めるか」をずっと研究しています。私が社長を務めるKADOKAWA Connectedでは、社内のカスタマーサクセスを行う特別チームをつくって、外資系IT企業などで活躍していたコンサルタントを採用しています。なぜなら、そういう方は、発散と収束という2つの思考のバランスで、そのGAPをブリッジさせることができるからです。既存の事業にいるビジネスの人材、ITの人材だけでも難しくて、結局そういう人じゃないとコミュニケーションGAPを埋めることはできないのではないかと。
3.戦略とDXの実現には「現場の実行力」が鍵になる
望月:
少し論点を変えて、西さんがここ数年取り組んでいる「日本企業の課題:経営戦略が実現されない理由」がDX時代になったことで変化があったのかについて、議論したいと思います。
西:
DXが叫ばれる前から、「多くの企業は戦略をいっぱい作っているけれど、どのくらい実現されているのだろうか?」と思っています。少々厳しい表現になりますが、実現されない戦略の代表例が「中期経営計画」だと思います。企業によっては、計画通りに実現されずデジャブのように似たような戦略が繰り返されることがある。そうなると、戦略に意味がなかったのか、それとも結果として機能しなかったのか?そこを考えてしまいます。
各務:
私は、雑な中計って意味がないと思っています(笑)
望月:
言い切りましたね(笑)まずは、各務さんなりの「意味がない」理由をお話しください。
各務:
私はKADOKAWAの執行役員でもあり、全社で戦略を描く重要性は理解しています。ただ、ふわっとした言葉で書かれた長期スパンの中計は、「絵に描いた餅」になってしまうから意味がない、というのが一番の理由です。
望月:
長期スパンではなく短期スパンでも有益度は変わりませんか?
各務:
短期スパンにするなら、中計ではなく単年度計画にすればいいと思います。そもそも、「3年先ってわかるのかな?」が根底にあります。
望月:
一方で、「ある程度マイルストーンを示してもらわないと、私たちはどっちの方向に向かったらいいのかわからない」という方もいるのではないでしょうか?
各務:
そういう人が多数を占めるなら、「ちゃんと作ったほうがいいです」(笑)
望月:
望月:なるほど(爆笑)
各務:
私が言いたいことは、「作るなら、ちゃんと作りましょう」です。数字を細かく積み上げるのではなく、マーケットから考えたとききに、自社がどういうスタンスをとるのかという経営の軸をきめることが重要です。にもかかわらず中計作成の際、細部に気をとられてしまうことが多く、細部視点の集合体なら中計は意味がない。また、「挑戦型の中計」と「挑戦しない中計」の2つ視点で迷うときは、「自分たちはどちらを選ぶのか」を議論することが重要です。
その議論を経て、「そうだよね、そこ行くしかないよね」と未来に賭けるならいいのに、いきなり謎の絵が資料にでてきて、「え?これしか選択肢はないの?」という気持ちになると、やっぱり絵に描いた餅になりますよね。
西:
私は、「数字の作り方」と「レベル感」の2つが中計の肝だと思っています。数字の作り方で機能しない最たる例は、事業部から数字を積み上げたものです。これは、整合性の誤謬が生じて全社の中計にならないことが多い。本来は、まずコーポレートが方向性を示して、事業部がアラインメントすることが大事です。なのに、積み上げだと順番が逆になっている。一方で、正しい順番でつくられた場合でも、本気度が伴っていないと絵に描いた餅になる。
次にレベル感ですが、「普通にできるよね」のレベルの時と、「相当、組織変革しないと実現しなくない」という違いがあると思います。前者は、今できることの延長線なので、基本的に面白くないことが多い。だから多くの中計は、後者を書きますよね。でも、後者のレベルは、「3年くらい経過すれば組織が変わってくれるのではないか」という漠然とした、希望的観測で書かれていることが多い。しかも、戦略の実現のためには、組織のケイパビリティ(能力)が大幅に向上することを前提とした変革を描いているけれど、経営者が組織を抜本的に変えることに本腰入れていないから、結局変わらない。少し前だと中計では「グローバル化」がテーマになっていたけれど、今のDXもそういう傾向が多いのではないか?と考えています。
各務:
いや、まさに実行力不足ってことですよね。。
西:
そう、本当に私もそこが課題だと思っています。中計のみならず戦略の実現には、会社を変えないといけないから、実行力が問われますよね。
各務:
この構造は、DXの実現とも似ていて、白黒つけないと中計の実行はできない。でも、既存のやり方で仕事をしてきた場合、白黒つけられるのって、つらいですよね。
西:
何がつらいと思いますか?
各務:
例えば、これまではポジションパワーや、情報の非対称性で優位性があった人は、自分の仕事のプロセスとアウトプットの両面が可視化され、評価されなくなる可能性がある。そうなると、白黒つけた側に対して、「今まで自分が世話したのに、なんでこんな仕打ちするんだよ」となる。その抵抗したくなる気持ちを持つ層の存在は、改革の阻害要因になりかねない。
西:
ですよね。そうなると大きく変えるときには、異端児的な人材や、外から来た経営者が、組織を壊すぐらいの覚悟で取り組まないと、本質的に組織ケイパビリティまでは変えられないかもしれません。
各務:
KADOKAWAの場合は、トップである社長の松原が変わることを決めています。ただ、これまでは実行部隊が不足していました。KADOKAWAにはDXを推進するためのエンジニアチーム部隊が不足していました。ドワンゴのインフラ改革の目処が立った2018年10月に、会長の角川から「KADOKAWAに来てほしい」と声を掛けられ、KADOKAWAでの仕事を開始しました。松原に、「こういうやり方をしないと、働き方改革もDXも上手くいきません」と話したら、松原が「ITはわからないけど、各務の言っていることは可能性がある」と共感してくれて、ドワンゴからエンジニアを60名くらい引き連れて、KADOKAWAのICTサービス提供と、働き方改革支援を行うグループ全体のDXをリードする会社として「KADOKAWA Connected」を作りました。2019年4月の創業時は120名を切る体制ながら、現在は、約200名に迫る規模になり、さらに実行力が高い組織になっています。
西:
すごいですね。実行力のある組織に変われば、日本企業はもっと本当に強くなるのにと思っています。戦略を構想できる人は結構増えたけれど、組織を変えられる人が少ないというのが、私の問題意識です。
4.実行できる組織の鍵は、ギバーの存在にある
各務:
実行するときに何が大事かをすごく考えました。結局、その解答は、「ギバー(GIVER:与える人)を守る」という作戦です。実行力が高い人は基本ギバー。ギバーを守るのがマッチャー(Matcher:バランスをとる人)、それを侵食するのがテイカー(Taker:受け取る人、奪う人)と言われています。一般的に、企画や戦略を書いたりする人は、テイカーが多く、エンジニアはギバーが多い。その間をつなぐためにマッチャーが必要で、たくさんいるギバーの人たちが心理的安全性を担保して実行できるマネジメントが大事になってきます。
私は、マッチャー役を務めていますが、マッチャーの人がテイカーからギバーを守るためには、相当な政治力が必要。しかも、マッチャー要素をもっている人がそもそも少ない。とある大手製造業は、あえて別会社をつくって、ギバーであるエンジニアが多数いる状態を作っている。GAFAなどは、そもそもトップ層がエンジニア出身であるためマッチャー気質が高い。そのような企業には実力不足のテイカーがほとんどいないため、ギバーの人が思いっきり働けることが組織の駆動力になっている。これを仮説として持っていますが、おおよそ間違いないと感じています。
西:
確かに。私もだいたいのことは現場の言っていることは間違っていないと思っています。マネジメントがそれをどのくらい理解して、大きな絵を描いて、リソース配分できるかですよね。
各務:
そうです。現場の人が搾取されていないと感じて仕事ができる建付けが、どのくらいできているかどうかですよね。
西:
いや、まったくそうです。なので、DXに限らず経営改革には「戦略論より組織論のほうが重要」だといつも思っています。
各務:
はい、同感です。特に、DXは人と組織です。そしてコミュニケーションです。それを整えると、新しい事業を作るという体制になって、組織がうまく回り始めると、どんどん新しいことが生まれて、「攻めのDX」になっていくと思います。
望月:
戦略論と組織論の話は、鶏と卵かもしれませんが、組織のコンディションをDXに向けて整えるのが先なのか、それとも、ターゲットとなるDXの戦略を打ち立てて組織を整えるのか?という順番をいうと、どちらのほうが現実的なのか?各務さんの意見を教えてください。
各務:
同時進行です。現場から、「こういう風にしたほうがいい」という意見がでてくる状態を作る。リーダーはその意見を吸い上げつつ、会社としてどうありたいかを、フュージョン(融合)していくとすると、「仕組み」と「現場の声」がぐるぐる循環して、会社としての目的が磨かれてくる。これを今まさに体感しています。現場には、いろんな意見やアイデアが埋まっています。
望月:
かっちりとした戦略ではなく、大まかに「こういう風になりたいね」を描き、そこに共感した人が集まって、しかるべき環境があれば、現場のほうからも意見やアイディアが出てきて、結果的に戦略もさらに磨かれるイメージですね。
各務:
まさにそうです。
西:
戦略実行の前提が以前とDX時代で大きく異なっているのもありますよね。昔は、ウォーターフォール型。人材の配置含めて資源配分を決めて、投資をした後で、戦略を実行に移していたやり方だった。それに対してDXは、現場からの意見を吸い上げながらアジャイルに方向修正したり、改善したりできるという前提の違いもあります。
各務:
あと、最初に話したアナログの有形無形の固定資産の話ですが、例えば、経営企画のような部署が認識している自社の有形無形の固定資産ってありますが、それに加えて、現場には有形無形の固定資産、ノウハウがいっぱいあります。経営企画のようなコーポレートの部署は、ブラウン管テレビ並みの「レゾリューション(解像度)」で大雑把には把握しますが、本来DXは、マイクロセグメント型のビジネスをするということも含めて、レゾリューションが重要です。レゾリューションを高めていこうとすると、現場の声を正確に把握し、いかに吸い上げるかというコミュニケーション改革が絶対に欠かせません。ビジネスのメカニズムも含めて、DXでは前提が変わっています。
望月:
そうなると、経営者が資源を配分する怖さもありますね。自分が見えてない現場の声を信頼して、環境を整え、結果が後から上がってくる。投資とリターンが想定できたのが昔の戦い方だとすると、今ではもっと投資への不確実性とか、自分がコントロールできてないところに対してのポテンシャルに期待しなくてはいけない。ハンドリングする側としては怖くないですか?
各務:
そうですね、大きなビジョンに対して戦略を立てるというよりも、「こういうことをやるべきだ」という会社の土俵、つまりどのマーケットで勝負するかは、マネジメントが定義しないといけない。
望月:
マーケットを決めるのはトップの仕事で、具体的にどのような価値を出すかは、ボトムアップで意見が出てくることでしょうか?
各務:
はい、どこで戦うのかは経営者のほうが知っているし、決めるけれど、どのように戦うかの戦術は現場のほうが知っている。そこが、いまアンマッチなんですよね。DXによって、それらがマッチできるようになると、風通しがよくなるでしょう。
5.DXの先行指標は「コミュニケーション」に現れる
望月:
では、もう少し「日本企業のDXが進まない現状/進まない理由」を深堀してみたいです。各務さんはどのような指標でDXが進んでいるのかを判断されていますか?
各務:
なにをパラメータにするかは難しいけれど、先行指標でいうと「コミュニケーション」です。どのように社内でコミュニケーションをされているかをベンチマークすると、その企業はDXのどのフェーズにいるのかがわかります。
望月:
面白いですね。進んでいないパターンは、上位職が上座にいて、報告だけで終わる会議をコミュニケーションの中心にしているみたいなものがあるでしょう。一方で、ヒエラルキー関係なく、チャットでバンバン意見を言えている場合は、進んでいるみたいなイメージですか?
各務:
例えば、それもありますね。 「コミュニケーションは設計するもの」です。このコミュニケーションは、こういうツールを使って、リードタイム、MTG有無など、コミュニケーションを設計し、設計通りにコミュニケーションができていると、だいたいDXが進んでいるといえる。それが、旧態依然の古いコミュニケーションが残っているとDXは進まない。デジタルサービス、デジタルビジネスで新しいものは作れているかもしれませんが、経営改革としてのDXは実現できておらず、会社は本質的には変わらないままなのです。
西:
確かにそうかもしれないですね。私は、業務の可視化を先にやったほうが、やりやすいかなと思っていました。可視化をした結果、コミュニケーション設計をするイメージです。ただ、確かに、可視化してもコミュニケーションが変わらないと本質的には変わらないですね。
各務:
そうですね。やはり、先行指標はコミュニケーションが一番だと思います。そして遅行指標としてKPIなど数字が見えてきている、人事制度がよりジョブ型に変わっている、などがあげられると思います。
西:
各務さんのお話しを、私たちがよく使う言葉に置き換えると「カルチャーが変わった」とか、「風通しのいいカルチャーになっている」という感じです。
各務:
なるほどです。私が、なぜ先行指標を明確に「コミュニケーション」に絞って話しているかというと、カルチャーという言葉だとふわっと漠然とした状態で捉えてしまうケースがあるからです。
例えば、表面的に「ティール組織になっているといいよね」と語られたりする。もちろん、結果ティール組織が望ましい。なおKADOKAWA Connectedはティール組織をある程度実現しており、正社員、派遣社員、ポジジョンなど関係なく、業務改善等を自発的に提案してくれます。その一丁目一番地はコミュニケーション改革でした。
6.「サービス型チーム」と「ロール(役割)設定」が主体性を生み、成長につながる
西:
各務さんのお話しを聞いて、コミュニケーションと主体性はセットだと感じました。当事者意識を持つ組織になっていった変化のプロセスはどのようにされたのでしょうか?
各務:
「サービス型チーム」と「ロール(役割)」を徹底したことです。まず、仕事をサービス(機能)と定義して、サービスの利用者に対する機能と品質も定義する。そしてサービスの中にロール(役割)というものを決めています。なお、ロールを定義するためには、仕事を棚卸して分割する必要があります。そして、横軸がサービス、縦軸がロールとした、「ロールアサインリスト」を作成して、誰は、どんな役割を担って、どんな責任を追っているのかを表で管理しています。
西:
なるほど、役割を明確にしているわけですね。
各務:
そうです、役割を明確にすることが重要です。ロールも、トランスペアレント(透明化)にしていて、このやり方をKADOKAWAにも浸透させています。
望月:
ジョブ型に近い感じですか?
各務:
近いです。ただ、ジョブ型とロール型が決定的に違うところは、ジョブは、ジョブディスクリプションで、Todoに近い。ジョブがなくなると、その人がいらなくなるという構造。一方、ロールは一つのサービスに対して、「ストラテジスト」「サービスオーナー」「スクラムマスター」「アーキテクト」「エンジニア」「オペレーター」というロール(役割)を6~7個くらい設定していて、それぞれのロールに期待値を明確にしています。
西:
具体的なタスクレベルではなく、抽象度高く「役割の状態」が定義されているイメージですか?
各務:
はい、スキルではなく、「こういうことができる人のレベル」と状態定義をしています。 タイプをみてロールをアサインします。キャリアパスも明確にしていて、ロールが上にあがると給料も上がる仕組みです。またロールが全員から可視化されると、例えばミーティングの際に、求められる役割を果たしていない場合は、周囲から「サービスオーナーなんだから、これはやってよ」と指摘され、本人も「そうだよね」となる。あと、ロールが上にあがるときの教育には、力を入れています。常に挑戦できる仕組みはありますが、上の立場に上がると仕事がきつくなるので、自分で上にいくか、現状に留まるかは自分で選択できるようにしています。
西:
それも本人の選択ですよね。
各務:
そう、自分で選択ができるのがロール型です。
西:
最近、日本で言われているジョブ型は、ロール型に近いですね。ただそもそもジョブを定義するところまで行っていないのが現状ですので、ロール型への移行もすぐには難しいでしょうね。
7.DXには、経営・組織・IT・ビジネスの各領域におけるアーキテクト、「設計」の思想が欠かせない
望月:
さて、今の話はDX進まないという話の一つだと思いますが、日本企業のDXの現状はどのように俯瞰されていますか?
各務:
まず、デジタルビジネスを進めているのは、基本的にいいことだと考えています。ただ、デジタルビジネスを進めた後、次のステップが曖昧ではないか?と。具体的にいうと、デジタルビジネスをやった後に、そこで得た学びを踏まえて、経営・組織・IT・ビジネスという各領域をどのような仕組みにして、アーキテクトするのかという「設計」の思想をもった人が不在なのではないか。「とりあえずデジタルビジネス始めましたが、次どうするの?」って困っているのではないか、との仮説をもっています。
望月:
改めて確認したいのですが、「デジタルビジネスをしている=DXが推進されている」というわけではない、別物として考えたほうが良いということですか?。
8.「DXごっこ」にならないためには、フロントエンドとバックエンドの両面をデジタルへ変えること
望月:
「デジタルビジネスをしている=DXが推進されている」というわけではない、別物として考えたほうが良いのでしょうか?
各務:
難しいですね。推進の定義もありますが、DXの一部にデジタルビジネスがあると考えています。「DXは、デジタルを使って組織をトランスフォーメーションすること」なので、会社が変わるということはどういうことか?という視点で考えないといけない。どの会社も日本型GAFAになりたいと思っている。例えばメルカリとかLINEは、そもそもデジタルネイティブ企業なので、デジタル型のサービスを提供していて、サービスも社内の仕事の進め方もデジタル。一方で、ドワンゴもデジタルネイティブ企業です。ただ、サービスはデジタルでも社内の仕事の進め方がデジタルではない部分があり赤字になって経営が厳しい状況だったため、ニコニコ事業のインフラ改革を行う必要があった。デジタルネイティブ企業でも、社内のOSがアナログだと厳しいと思っています。
望月:
そうなると、DXが進まないもう一つの理由「経営基盤」。つまり経営のOSをデジタルの活用で変えることが難しいということだと思いますが、そのボトルネックはどこにあると考えていますか?
各務:
経営基盤改革が難しい理由の一つとしては、やっても褒められにくいんですよ(笑)バックエンドの業務改革ってやって当たり前って思われがちです。そうなると、外からいい人を採用できない。でも、経営から「やりなさい」と指示があるから、外部のコンサルティングに依頼して、現状分析をしてもらい戦略の絵を書いてもらう。でも、実行できない。つまり実行者がいないので滞っている。極端に言うと、いっそ会社が無くなった場合はゼロから作り直せばいい。でも、日本企業の場合はいい意味で長く続いているので、バックエンドの過去の技術負債を従業員が直さないといけないということが残っていることも難しい理由だと思います。
西:
会社によるレベル感もありますよね。例えば、メルカリさんみたいに、サービスもバックエンドもデジタルネイティブな会社はやりやすい。次に、昔のドワンゴさんみたいに、バッグエンドはアナログな企業の場合は、そこをどう変えていくかになる。ただ、私たちが対面している顧客は両方アナログなことが多いです。
両方アナログなのに、「デジタル」というキーワードで、フロントだけを変えようとしている。でも、バックエンドが従来型のアナログのままで、フロントだけを変えようとして無理が生じるし、時間もかかる。フロントを変えるために新しいことにトライして、四苦八苦しているけれど、カルチャーも仕事の仕方も変わっていないまま、表面的に「デジタルマーケティング取り入れました」のレベルだと、本質的には会社が変わらない。いわゆる「DXごっこ」になってしまうということかな、とイメージしています。
各務:
そうですね。変革のロジックがわかっていても、現場のエンジニア含めたドロドロしたところがわかっていないと、バックエンドのOS改革は難しい。ただDXって会社を設計しなおすことなので、エンジニアリング思考の人材が複数必要になります。それはアプリケーションのコードを書くということで鍛えられる素養ですが、コードを書ける書けないではなく、物事をエンジニアリングできるかどうかという事を意味しています。そこを無視してのDXは難しい。そこが課題かと思います。
9.目的を定めて可視化を行い、評価とマネジメントを最適化することが重要
西:
私、今の話の流れで各務さんの意見を聞いてみたいことがあります。最近、タクシーに乗ると様々なテックサービスの広告を見かけますよね。これまで見えなかったことが可視化されるという意味では便利なサービスで、価値のあることだと思います。ただ、それらのサービスを導入するときは、「何をしたいか」が重要なのに、なんとなく可視化することが目的になって、テック系サービスを導入している方も多いのではないか、と。例えば、HR系のサービスを導入する場合は、「デジタルで可視化した結果、人事をどう変えるのか」という絵姿が先にあって、その上でシステムが入ってこないと、経営は変わらない。
各務:
システムにも詳しい人が総合的な視点で、各サービスの導入の在り方などを教えてくれないのかもしれません。KADOKAWA Connectedは、HR-Techにコミットをしようと考えていて、大学の研究室とHR-Techについて共同研究を開始する計画があります。決まりましたら共有します。ちなみに、当社はGoogleに勝つのは無理だとしても、負けないくらいの知見がある会社になると決めており、データ人材を育成しています。
また、当社のHR-Techのカバー領域は、人の評価に加えて、「HP(Hit Point) MP(Magic Point)」を大事にしています。つまり、HP=フィジカルコンディション、MP=メンタルコンディションを可視化してマネジメントを適切に行っています。
西:
HP・MPと聞くと、ドラクエを想像しますね(笑)
各務:
あ、ドラクエです!ドラクエも寝るとHP・MPが回復するし、つまりメンタルとフィジカル両面のコンディションをいかに整えていくかを重視しています。それも含めて、すべてを可視化するという営みを通じて、「広義のHR-Tech」として取り組んでいます。AIに任せる部分は、エビデンスとしてデータを取得しますが、その人がどういう給料であるべきかは主観でいれています。主観でいれた部分のエビデンスを取るという意味で、SaaSツールを使って可視化するとか、パフォーマンスが落ちている状態に、マネージャーが支援するなど、本人が気付かない部分もリカバリするところまで取り組みたいと考えています。
西:
いいですね!私、ドラゴンボールで出てきた戦闘能力を測る「スカウター」がビジネスで実現できると良いなと思っているんですよ(笑)
マーケットバリュー、どの業界・企業に属しても、その人の価値を評価する指標とデータ登録されれば、だいたいの年収がわかるというか。業務の経験値がちゃんと可視化できる状態、つまり日本全体が履歴書を書いてくれれば、スカウターができるのではないか?とか思っています。
各務:
実はその部分も少しずつ着手しています。私は、iU(情報経営イノベーション専門職大学)において准教授という立場もあるのですが、大学の学生のアウトプットはすべてGoogleドライブに保管を必須にしています。将来、学生がインターンを行うときに、彼らがアウトプットしたものをエントリーシートとバンドルして企業に出せるようにできたらと考えています。
西:
個人の戦闘力が正しく可視化されていくと、人材は最適配置されると思います。もし、本当は給料が高くないといけない人が安いと、他にいく。逆もしかり。戦闘力が正しく可視化されることで、日本の労働市場が最適化されていく世界が来てほしいと考えています。
各務:
KADOKAWAConnectedの戦闘力の可視化という意味では、そのレベルに近づいています。具体的には、SlackとConfluence (コンフルエンス:社内wiki)を使って、どの社員がどのアウトプットをしているかを、全部、人間が見ればわかる状態になっています。また、経営会議レポートは全社員に公開していて、経営に関わる各部長の報告を全社員が知っている。現場も同じフォーマットを使って、週報を書いているので、お互いに誰がどんな仕事をしているかがわかります。今は、それを自動化するかしないかの段階です。
西:
裏側では自然言語処理はしているのですか?
各務:
今は人間が見ています。人間が感覚でつけている部分を、今後はデータで支える仕組みを作りたいと考えています。
西:
主観の集合が客観であるということですね。
各務:
そうです、それが成り立つのは、ロール型だからです。約20名いる部長クラスの人材は、複数のサービスチームを統括しています。メンバーも複数のサービスで複数のロールを担うので、一人の社員の仕事ぶりについては、複数の部長クラスの人材が多面的な視点で評価を行えます。そして、給与決定の時は、1~200番という順位付けて、ロールのアラインメントをとって、半年に一度給与調整を行います。ドワンゴの時はエンジニア400名規模で、人間の客観で評価できていましたが、社員規模が2,000人程度になると、自動化による仕組みが必要でしょうね。
10.DX組織のために、人事制度は変えるべきなのか?
望月:
ロールを定義して人事制度を変えようとすると、特定の人に痛みが生じやすく、ウェットな日本企業だとやりづらいのではないか?と思います。特に重厚長大な企業で制度など完成されている組織でこの改革は難しく、進まない理由に含まれると感じます。
各務:
いきなり人事制度変更は難しいですよね。まずは現場でサービスチームを回して、サービスチームが定着することで、自分のやっている仕事をちゃんと認識をもってもらうといいと思います。あと、給料を強制的に下げることはやめたほうがいいです。本人が認識して、「自分は、この仕事だな」と思えるように促していくことが大事でしょう。
望月:
人事部からの強権発動ではなく、各人が気づきを促すための仕組みを運用することが肝ですね。「全社一律こうしますよ」ではなく、小さい単位でサービスチームを組成して、スモールサクセスを作る。そして、複数の現場で行って、全社施策にしていく。あと、ロール定義すると、これまで何をやっているわからない人の存在が可視化されてしまうなどありますよね。それはどうしたらいいでしょうか?
各務:
それでよしとします。いきなり、役職や給与などを強制的に下げることはぜず、本人が気づくように促す。もちろん部長以上だと降格にせざるを得ないですが、一般社員にそれを押し付けたら絶対にだめですね。
望月:
本人が自分のパフォーマンスの低さに気が付いて、ロールを下げてほしいと申し出る迄には結構、時間はかかるものですか?
各務:
時間かかりますよね。ただ、前提として設計すべきことは、上に行くほど仕事がキツイ状態にすることです
望月:
なるほど、そのロール設計もきちんとやっていかないといけないわけですね。
各務:
組織をフラット化すると、上にいくほどマトリックス組織のマネジメントが必要になり、仕事もきつくなる。これが上にいく人に覚悟を促し、健全なモチベーションが生まれる梃になっています。
望月:
年俸は、自分の人生の価値観とのバランス。仕事がきつくなっても上の立場を望むなら、自分で給料を選べばいいということですね。この人事制度は、日本のトラディショナルな旧態依然の会社でも時間かければ実現できると思いますか?
各務:
はい、重要なのは自分で選択することです。あと、トラディショナルな企業でも時間をかけてやれば大丈夫でしょう。
西:
つまり選択肢を出すというイメージです。最後は自分の人生だから、自分で選んでほしいということになりますよね。ただ、そこに至るまでは数年かかるかもしれないので、お互いに相手を信じて見守る姿勢のある組織であってほしいと思います。
ただ、トラディショナルな企業の場合は、現在の給与制度の前提は考慮すべきですね。職務給は、ポジションに払っているので、ポジションが外れれば給与を下げることができる。それに対して、職能給は年齢とともに上がるので、ポジションの有無ではなくなる。
各務:
KADOKAWA Connectedは実力主義にしています。能力主義でも、成果主義でもなく、実力主義。能力主義は、能力が落ちないという前提なので積み上げ式、実力主義は実行しているかどうかです。能力があって実行していない人もダメ、能力が不足していても努力して実行して前進している人は前進した分だけ評価されます。実行に焦点をあてる。実行して成果に繋がるかについては問わないのが給料です。成果が出たら、成果は運と言っていて、ボーナスとして評価をします。
西:
すごいですね。上の立場の方もそうなんですか?
各務:
はい、基本的に部長もすべて同じです。成果だけで評価すると、人は時に粉飾することがあります。だから、「実行しているかどうか」を給与で評価し、成果はボーナスで評価すると、粉飾をしなくなります。
11.DXには、既存事業の「受け皿」となる「サービスチーム」を機能させることが重要
望月:
他にもDXを進めるために必要な視点、施策があれば教えてください。
各務:
DXには「受け皿」として「サービスチーム」をつくることも欠かせません。経営共創基盤の冨山さんが『両利きの経営』で、深化と探索について話をされていますが、深化のためには既存事業を継続させる受け皿が必要です。しかもその受け皿は、超低コストでかつ相当なスピードで実行できるチームであることが求められます。
サービスチームの具体例をお話しすると、KADOKAWAの総務局が戦略的に動ける総務チームになった瞬間を2020年の夏に感じました。既存の総務チームと、KADOKAWA Connectedの約20人の人材を軸にチームを組んで、KADOKAWAの「ところざわサクラタウン」の引っ越し、1,000人規模の席があるビルの返却プロジェクトを実行しました。このチームはABW(アクティビティベースドワーキング)チームと言い、総務、人事、ICT、経営企画が、それぞれ「サービスチーム」として、所属する組織とは関係なくABWチームとして業務遂行しています。つまり、旧態依然とした総務ではないのです。
西:
総務ではない?その動き方だと、会社も変わりますね。
各務:
人が所属する総務局はありますが、総務局として仕事をするのではなく、ABWチームというサービスチームで仕事をします。サービスチームには、総務、経営企画、DX、働き方改革、人事などからも人が入って、各チームで業務を動かしている。イメージわきますか?
望月:
バーチャルチームという形態ですか?
各務:
昔はバーチャルチームと呼んでいたけれど、今はサービスチームです。バーチャルチームはプロジェクトが終了したら解散しますが、サービスチームは提供するサービスメニューがあり業務として回すことが決まっている、恒久的なチームです。
西:
社内向けのサービスですよね。
各務:
はい、ABWは社内向けのサービスです。ただ、対外向けサービスであっても同様にしています。例えば、サクラタウンのイベント施設運営や、リテールビジネス等も、施設やITのファシリティや、経営企画、事業企画など少なくとも4つの役割がお互いに関わりあっていかないといけないですよね。なので、サクラタウンチームとして、サービスチームになっています。
西:
なるほど。サービスに対して、機能に加えて責任と競争原理とフィードバックがあるようにして、たとえバックエンドのサービスであっても、対外的なお客様に接するようにして機能しているということですよね。
各務:
はい、私たちは社内・社外問わず、常にサービスメニューを自分たちの利用者に対して作っています。所属する組織はあるけれど、業務は、サービスチームにでて行うということです。所属の箱と、業務が一体化しないことがポイントです。
西:
面白いですね。ただ、マネジメントが大変ですよね。力量もいるし、質的な大変さが伴うと感じました。
各務:
はい、働く時間よりもその人の能力が問われますね。だから、マネジメントの立場になることに覚悟が問われるメカニズムです。
12.DX時代の組織マネジメントのあり方
西:
私は、日本企業がDXだけでなく、改革や変化に対応できないのは、マネージャーの質が伴っていないからに尽きると思っています。高次にマネージできていく人が増えていかないと各務さんのいう世界は作りにくいですよね。
各務:
そう思います。業務能力向上に加えて、ピープルマネジメントの能力を伸ばすことも欠かせないと思って、マネージャー育成に取り組んでいます。そして、自社の存在価値は、ある意味で教育機関的コミュニティだと思っています。その一つの証として、派遣社員や業務委託の方でも、正社員と同じ教育プログラムを受けられるようにして、ポジションなどは関係なく一緒に成長できる環境を整えています。そして、ロールにあった役割を果たして給与をもらい、役職や立場を上げたいなら新しい学びを得て成長するという、個人と組織がお互いに成長できる仕組みが重要だと思います。
望月:
マネージャーの重要性についてお話しいただきましたが、他には?
各務:
言わずもがなですが、トップつまり社長がDXすることを決めることです。その次には、役員層がデジタルに対して自ら詳しくなってアライメントするか、現場に完全に権限移譲をして現場の支援に徹するかです。もし権限移譲できないなら自らが退くぐらいをしないとDXは難しいでしょう。
西:
結局は、トップが本気で変わる気がない企業は変わらない。あとは、次のレイヤーである役員層が変化に対してポジティブかつ本気であることが重要ですよね。
各務:
もし、役員層がポジティブでない場合は、ポジションパワーのバランスを変えないと、経営改革は難しい。そして、変えるための作戦は、やはり「コミュニケーション改革」だと思います。
望月:
すべて可視化して、情報の非対称性で生じていたポジションパワーを消滅させて、組織のフラット化を目指すべきだと。
西:
言い方を変えると、「現場が付加価値を生んでいる状態」を作ることが前提ですよね。ただ、そこに抵抗を感じる方も一定数いるでしょうね。
望月:
本人への働きかけだけではなく、コミュニケーション改革で仕組みから変えることが鍵になるということですね。
西:
あとは、コーポレートガバナンスですね。権力を持ち続けられないように、ガバナンスが正しく効く仕組みを作っておくことが企業の健全な継続には本当に大切だと思います。
各務:
はい、同感です。私がDX/ITチームなのにKADOKAWAの経営企画チームにいるのはそれが理由だと理解しています。ガバナンスは本当に重要です。なお、反対に今まで厳しくしすぎていたガバナンスは全部取り払っています。一方で、丸投げ体質であった外部コンサルや外注の契約を、ドワンゴのインフラ改革の肝の1つであった購買確認会という会議で全てチェックするなど、契約・購買系のところは結構厳しくしました。でも、最後は全員Win-winになる。
あと、性善説の人材投資も重要です。先ほどお話ししました、「ギバー」が組織の生命線です。ギバーがやる気になるためには、ポイントが3つあります。1つ目は、「あなたが大切ですよ」と伝えること。2つ目は、その人の能力が発揮される適材適所なアサイメントをすること。3つ目が、いい教育を行うこと。この3つが揃うと絶対に生産性が上がります。
13.DX時代の能力開発と組織開発
望月:
では、流れで「DX時代の能力開発、組織開発」について対話しましょうか。
各務:
絶対の正解はないので難しいですが、第一には、「自律」がポイントだと思います。なぜなら、自分を知るということをやってこそ、能力開発が可能だと考えているからです。KADOKAWA Connectedでは「ピープルポートフォリオマネジメント」という考え方をベースに、自分の現在の立ち位置を理解できるようにしています。「ピープルポートフォリオマネジメント」では、誰をどのロールに割り当てるかを決めるにあたり、縦軸を発散思考(創造が得意)/収束思考(マネジメントが得意)、横軸をアウトプットの大きさ(質×量)とし、社員をマッピングして決めています。
望月:
この2軸にたどりついた理由は?
各務:
ずっと長い間、考え抜いた結果これしかなかったからです(笑) というのも、発散思考か収束思考かの軸は、人間の基本的な能力の傾向として、かなり普遍性があると思います。もちろん、一緒に仕事するチームメンバーとの比較で相対的に発散的になったり、収束的になったりすることはあるでしょう。
横軸がアウトプットの大小であるのは、スキルなど総合的なパラメータの在り方を考えると、総論としては大小しかない、という答えにたどり着いたからです。パラメータは細かすぎると分析できない。またアウトプットの大小は、その人の「リスク許容度の大小」ともイコールの関係にあると私たちの中では定義ができています。つまり、右側に行く人は、リスク許容度も高くて、アウトプットも大きい。
望月:
ハイリスク・ハイリターンってことですよね?
各務:
そうです。ハイリスク・ハイリターン型の人は、右側(アウトプット大)にいく。
望月:
良い悪い、という議論ではないですよね。
各務:
そうです。どちらが良いではなく、「選べること」が重要です。適切な仕事がアサインされていないと、能力通りのアウトプットにならないことってありますよね。チャレンジのある仕事がしたいと思う人は、リスク許容度も高いので難易度の高いロールを設定して、アウトプットの大きさも求める、そして高めた能力を実力として発揮していく。
例えば、とある事例で16分割すると、このポジションにはこのロールと決めていて、それぞれの箱ごとに育成プランを立てています。
西:
なるほど。この図では、成長を基本的には横移動と捉えていて、例えば「エンジニア」を右側の「シニアアーキテクト」に変えるときには、教育プランが異なるってことですよね?
各務:
はい。基本的には右に成長していってもらいたいと考えています。なぜなら、アサインによって、人のアウトプットは増えるからです。とはいえ、人生のアクシデントでアウトプットは大小することもあるでしょう。ただし、発散/収束の上下はあまり変わらないと。
望月:
いずれにしても、普遍性がある軸で、誰がみても「この人は、この位置だから、こう成長してもらえるといいね」と議論しやすいということですね。
各務:
そして私たちは、この図でマッピングして、ロールを設定して、給料をざっくり決めていきます。そして、各自のリスク許容度をみながら教育をしていく。教育・育成において、発散思考は、クリエイティビティを使ったレベルアップが大事になる。対して収束思考は、マネジメントを強化したい。MBA的な要素でいうと、発散思考は経営企画。収束志向は、ファイナンス、アカウンティング、経営管理などになります。
望月:
これは、本人にも開示しているのですか?
各務:
各サービスで、誰がどのロールにアサインされているかがわかる「ロールアサインリスト」が全社員に公開されています。
望月:
自己認識と他者認識がずれたりすることはありませんか?
各務:
たまにありますが、きちんと対話すると納得して収束していきます。あと、複数で仕事を進めていくと、周りの人のアウトプットレベルを実感しますよね。そうすると、自分が出来ていないことを自覚していきます。
望月:
先ほど、DXの成功はギバーの力を最大化することで、かつ、テイカーとギバーをつなぐマッチャーの存在が重要という話がありましたが、この「ピープルポートフォリオマネジメント」とは連動しますか?
各務:
連動します。そしてマッチャーの存在が会社のOSを良くするという定義につながります
会社のOSを良くするためには、アウトプット高いテイカーとギバーをつなぐ「優れたマッチャー」の存在です。一方で、最も気をつけないといけないのは、左上の「発散思考でアウトプットが少ない」not availableなテイカーです。このテイカーは、ギバーからアウトプットを搾取して、会社をダメにしてしまう。DXが進まない要因になるので、採用をしてはいけない人だと考えています。
14.DX時代は、マッチャーによる多様性マネジメントが鍵になる
西:
少し話は変わりますが、時代の変遷とそこで重宝される人材についてお話ししてもいいですか?
5~6年前までは、グローバル化が企業の大きなテーマでしたよね。それが今は「デジタル化をどう進めるべきか?」になっている。グローバル化の時は、本人がグローバル人材になるか、現地の人材をいかにマネジメントするかで、アウトプットが評価されていた。
それに対してデジタル化がテーマになり、可視化された世界がきた。パフォーマンスが可視化されてしまうがゆえに、分析などの能力よりも、いかにビジョンを描くか、いかに実行に落とし込めるかの2軸になったのではないか、と。それが各務さんのいう世界観と近いのかもと思って聞いていました。
つまり、DX時代においては、大きくビジョンを描けること、現場の実行力のある人を束ねられ能力開発できるマネジメント力、そして組織を作れる能力が求められるとイメージしています。今後時代が変わっても、すべては不可逆的です。デジタルシフトしたものは、デジタルに移行する。現場がより強くなって組織がフラット化すると、階層があまりいらなくなる。結果として、エンパワーメント型とか、羊飼い型リーダーシップという世界観になり、自分が先頭に立って牽引するリーダーもいいけど、みんなの力を束ねて高いアウトプットをだす人が重宝される時代になるのだと考えています。
望月:
マネージャー以上の能力開発のあるべき姿の話ですね。そして各務さんのおっしゃる「上にいくほど部門横断型になり、関係者の多さと仕事の複雑性が増して、メンバーと一緒にタスクをこなせる人しか上に行けない仕組み」と通じますね。
西:
かつ、多様な価値観を含めて一緒に仕事ができる人じゃないと難しい。異なる存在に拒否反応を示すようだと、先に進まない。多様性マネジメントが鍵になると思います。
望月:
なるほど、とはいえとても希少な人材で、誰もができる素養があるとは思えないのですが。
各務:
これは、「筋トレ」だと思っています。あと、西さんと私は同じことを考えているんだなと確信を持ちました。私の先ほどの図でいうと、すごい企画をできる人が右上のテイカー、現場で実行できる人が右下のギバー、すごいマネージャーが真ん中のマッチャーだとすると、マッチャー人材の育成がすごく大事になる。日本でいうと、昔はそれが課長で「課長力」みたいなものってありましたよね。だとすると、これからは「新課長力」をつくることが重要ではないでしょうか。新課長力を持つ人が、マッチャーです。ただ、マッチャー育成が一番難しい。そもそも、課長と部長は役割が違う。課長は、現場のでこぼこを吸収し、解決する人。部長は仕組を徹底的に磨き上げるような仕事です。だから課長が一番キツイ。課長を育成することをやると同時に、部長は課長に負担がかかりすぎないようにする。いずれにしても、筋トレであり、育成に限るのだと思います。
15.リーダーとして成し遂げたいこと
望月:
では、最後にお二人からリーダーとして成し遂げたいことなど教えてください。
各務:
私がKADOKAWAにいる最大の理由は、「日本文化を残していきたい」からです。私は外資系企業を多く経験しましたが、日本の文化の中で育ってきているし、日本の文化が好きです。本や映画の物語に感動して、元気や癒しをもらうことで、精神面が豊かになりますよね。そして、KADOKAWAはコンテンツを世の中に送り出すPublisherです。だからこそ、日本文化を創るコンテンツを生み出すクリエイター、そのクリエイターを支える人たちが、自分らしく、生産性高く働けるような場を創造するために、働き方改革と、エンジニアリングで支援できる仕組みの構築を徹底的に行っていきたい。海外ではメディア業界の崩壊が始まっているように見えますが、日本がそうならないように、アナログの資産を活かした上でビジネスモデルを変えて、クリエーターが生き残れる世界を作りたい、それが使命だと思っています。
西:
私は、日本企業はもっと強くなれるはずだと信じています。そして、この仕事を通じて作りたい未来は2つです。一つは、ビジョンを描けるトップ層と時代に合わせてアジャストできる強い現場をよみがえるようにしたい。トップがビジョンを描き、方向性を示せるようにすれば、現場はアジャストできる強い組織力があると信じています。2つ目は、個々人が楽しく生きられる世界を作りたい。生活やお金のためだけに仕事をするだけではなく、仕事とプライベートの両方でやりたいことをやりながら活躍できる世界がつくれるといいと思っています。
望月:
本日はありがとうございました。
【編集後記】「速い車というと、“エンジン” に注目が集まる。でも、本当はブレーキがいいから速く走れる。速く走るためには素早く止まれること、コーナリングを適切に曲がれることが重要。ブレーキと車軸とタイヤのバランスという基盤が整ってこそ、エンジンが持つ馬力が最大限活かされ、車は速く走れる」これは、あるレーサーの方が講演会でお話しされていたこと。編集しながら、類似点を感じて思い出しました。DXで最大の成果を得るためには、守りのDXを固めつつ、攻めのDXとしての挑戦が必要であること。戦略の実現には、実行できる人と組織という基盤があってこそ。それらを考える時間となりました。(編集担当:赤崎述子)
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。