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人的資本経営推進のための、ウェルビーイング経営の実践(前編)

2024.06.12

「人的資本」が注目される中、従業員エンゲージメントを高めるための「ウェルビーイング経営」の重要性が高まっています。

真の「ウェルビーイング経営」を実現させるためには、従業員の健康だけではなく、個々人の幸福を中心に据えた「幸福経営」を実現できている状態を目指すことが重要です。

私はこれまで、法人向けの人材育成・組織開発コンサルティング事業の責任者として多くの企業を人・組織面から支援するとともに、グロービスの経営管理本部長として自社の経営に携わってきました。これらの経験を踏まえ、本コラムでは、理想的な企業システムを実現する組織にするための幸福経営のあり方について、考えをお伝えしたいと思います。

社員の幸福度が高まれば、業績向上に繋がる

「ウェルビーイング」とは、“身体的・精神的・社会的に良好な状態にある”ことをいいます。そして「ウェルビーイング経営」は、“社員のウェルビーイングな状態を最大化するために、社員の身体的な健康経営、精神的な幸福経営、社会的に良好な状態である理念経営の3つの要素を高めていく営み”です。「社員の心身が健康で社会的にも満たされた状態にあることは、企業活動によい影響を与える」という考えのもと、取り組まれています。

このうち、理念経営は会社設立時から注力している企業が多く、健康経営に取り組む企業も近年増えています。一方で、幸福経営について十分に取り組んでいる、実現できていると言える日本企業はまだ少ないのではないかと感じます。

なぜ、企業は幸福経営を重視すべきなのか。それは、社員一人ひとりの人生の目的や目標を突き詰めていくと、最終的には「幸せであり続けるため」という究極の答えに辿り着くからです。裕福な生活を送りたい、何かを成し遂げたい、歴史に名を残したいなど、個人によって色々な目的・目標はあるでしょう。ですが、いずれもそれらを実現することによって、最終的には「自分自身が幸福感を感じたいから」だと言えるのではないでしょうか。

しかしながら、現実問題として「幸福で飯が食えるのか?」という疑問を抱く方もいるでしょう。営利企業において、「個人の幸福は経営と分けて考えるべきであり、業績など社員の幸福よりも優先するものがある」と考えることは自然なことです。

そのような考えをもつ方に知っておいていただきたいのは、「社員の幸福度が高まれば、業績向上に繋がる」という事実です。ここ数十年における心理学などの各種研究では、幸福を感じている社員はそうでない人と比べて創造性は3倍高く、生産性は1.3倍高いことが明らかになっています。さらには、転職率や離職率、欠勤率が低いことも示されています。

これらの研究結果から、創造性や生産性が高い社員、あるいは転職率や離職率、欠勤率が低い社員が増えるほど、組織の生産性が向上し、業績がアップすることは自明といえます。

また、ここで重要なのは、“創造性や生産性が高い社員が幸福を感じている”のではなく、“幸福を感じている社員が創造性や生産性が高い”という因果関係です。この因果を逆に捉えてしまうと、社員の幸福を二の次に考える経営に陥ってしまうため、注意が必要です。

人的資本経営の実現には、ウェルビーイングが肝要

次に、近年、注目されている「人的資本経営」と「ウェルビーイング経営」の関係性を、共通点と違いの観点から紐解きたいと思います。

両者の共通点は、“人”に焦点を当てた経営であることです。一方、それぞれが掲げる最上位の目的は異なります。
人的資本経営は人材を資本と捉えて中長期的な企業価値向上を目指すものであり、人の価値を最大限に引き出すことは、あくまで企業価値向上のための手段であるという位置付けです。これに対してウェルビーイング経営の最上位目的は、関わる人々にとっての最良な状態、つまり幸福を実現することです。

<人的資本経営とウェルビーイング経営:共通点と違い>

先ほど述べたように、社員のウェルビーイングを高めることは創造性や生産性の向上に繋がり、業績に良い影響を与えますが、あくまで最上位の目的は人の幸福である点において、人的資本経営とは異なります。

この違いをおさえたうえで、人的資本経営とウェルビーイング経営の相互関係を解説します。

図1 企業価値向上へつながる各人事施策の全体構造を整理したモデル

人的資本経営を実現しようとすると、まずは企業理念やパーパスに紐づくビジョンや経営戦略があり、これらに基づいて人材ポートフォリオを考えて人材要件を定義し、要件に足る人材を配置あるいは社外から獲得する必要があります。そして、人材を評価し、さらなる能力開発を行って、社員へ新しい経験を与えたりキャリアデザインの機会を設けたりするというのが一連の取り組みです。

ただし、人的資本経営はこれだけで機能するほど簡単なものではありません。多くの企業が直面している課題として、人的資本経営の考えに沿って人事制度を改定したけれども、社員の行動が変わらない、あるいはリスキリングのために人材育成体系を刷新したもののモチベーションが高い一部社員だけが学び、本当にリスキリングが必要な社員が学びに向き合わない、といった声を多く聞きます。人は必ずしも設計した意図通りに動くわけではないため、「仏造って魂入れず」の状態に陥っているという悩みです。

この状態を打開するには、個人の意欲やエンゲージメントを高め、新たなことに挑戦する、キャリアオーナーシップをもった自律型人材を育成し、社員を流動化させることが重要になります。

人的資本経営における一連の取り組みにおいて、図中の紺色部分は成果を生むための制度や仕組みといったハード面であり、一定の時間をかけてロジカルに考えれば作り上げられるものです。

そこに息吹を与え、機能させるのがウェルビーイング経営です(図1、ピンク色部分)。社員一人ひとりの身体的・精神的・社会的に良好な状態を作り、創造性や生産性が高まる幸福経営こそが、人的資本経営における最大の難所とされる自律型人材を育むキードライバーになると考えます。

図2 人的資本経営とウェルビーイング経営:相互の関係

「働きやすさ」だけでなく、「働きがい」も高めることが大切

ここからは以前より取り組まれてきた「健康経営」との対比で、精神的な幸福度こそより重要という考えから“幸福”を前面に打ち出した「幸福経営」という言葉を使います。
幸福経営を考えるうえで話題にあがるキーワードには、「働きやすさ」と「働きがい」がありますが、この2つは似て非なるものです。

働きやすさは、働く時間や場所、環境などの諸条件によって担保されるものです。向上策としては、働く時間の融通を効かせられるフレックスタイム制度、場所の融通が効くリモートワーク制度、あるいは福利厚生の充実といったことがあります。

一方、働きがいとはこうした外的な諸条件ではなく、働く人のモチベーションやエンゲージメントなど、内的要因に焦点を当てるものです。よって、働きがいを向上させるためには、本人の生きる目的であるマイ・パーパスを見出して尊重する営みや権限委譲をするエンパワーメント、本人がやりたい仕事にチャレンジしてもらうためのキャリア自律を促す施策などが挙げられます。

ここで両者の違いを認識することが重要なのは、働きやすさを高めたからといって、働きがいが高まるとは限らないからです。人の仕事に対する欲求を整理したフレデリック・ハーズバーグ氏の「二要因理論」に当てはめると、働きやすさは「衛生要因」、働きがいは「動機づけ要因」に位置付けられます。衛生要因を改善することは、職場の不満を解消する効果があるものの、満足度を上げることには繋がりません。仕事の満足度を上げるためには、動機づけ要因を与える必要があるのです。

ところが、多くの企業では着手したか否かがわかりやすい、働きやすさを改善する施策を充実させてしまいがちです。これでは、社員を動機づけ、十分にエンゲージメントを高めることはできてはいないと言えるでしょう。

働きがいを高めるためには、働きがいを構成する以下の3つの要素を理解する必要があります。

  • ・情熱実感:夢中になって情熱を傾けられるほどに好きな仕事に打ち込めている実感
  • ・成長実感:新たな挑戦によって、自分のスキルや知識・知見が拡大している実感
  • ・貢献実感:自分の仕事が他者や社会に良い影響を与え貢献できている実感

働く個人にとっては、これらの要素を感じられる仕事がアサインされ、働きがいを感じながらエンゲージメント高く仕事ができたら、最高の職場環境であるといえるでしょう。

皆さまの企業では、働きやすさのみならず働きがいを高める施策に着手し、幸福経営を実践できているでしょうか。
具体的にどのように実践に結びつけていくべきか、次回のコラムでご紹介します。

後編に続く

グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司 董事 内田 圭亮

グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター
顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司 董事

内田 圭亮 / Keisuke UCHIDA

アクセンチュアにて情報通信・ハイテク業界における、携帯コンテンツのシステム設計・開発・運用、共通インフラ向けアーキテクチャの設計・構築、ビジネスプロセス・リエンジニアリング等のプロジェクトに従事。その後、出前館にて経営企画、営業、マーケティング、システム、管理(総務、経理)と、広範囲な業務に携わる。各業務の効率化・最適化を行う傍ら、他社との業務提携、新規Webサイトや広告ビジネスの新規事業の立ち上げを通じて、赤字体質の脱却から2年間で上場を実現。その後、グロービスにて、法人向け人材育成・組織開発のコンサルティング、経営管理本部長を経て、現在はコーポレート・エデュケーション部門マネジング・ディレクター兼中国法人の董事を務める。また、経営戦略領域の最新の知見を研究し、経営大学院のコンテンツや教材の開発を行う。オペレーション戦略の科目責任者を務める。講師としては、経営戦略、マーケティング、クリティカル・シンキング、リーダーシップ、オペレーション戦略、自社課題演習(アクション・ラーニング)、経営会議・役員合宿のファシリテーションを担う。著書に「経営を教える会社の経営 理想的な企業システムの実現」(東洋経済新報社)、共著書に「グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ」(ダイヤモンド社)がある。

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