- 新規事業創造
新規事業創出の成否を決める、経営者の姿勢と覚悟
多くの日本企業が、次世代の自社の成長をけん引する新規事業の創出に苦労しています。その原因は、新規事業を検討する社員だけにあるとは限りません。事業を産み出すための体制や評価基準、それらをつくる経営陣の姿勢なども成果に大きく関係するのです。
今回は、新規事業を創出するために必要な一連のスキーム、そして経営陣がもつべき覚悟について考えていきます。
新規事業のアイデアを「自由に考えてもらう」のは御法度
多くの企業が、社内で新規事業部門をつくったり、事業コンテストを開催したりして、社員に画期的な事業アイデアを発想してもらいたいと期待しています。
その際、柔軟にアイデアを出してもらおうとして、「幅広い視点で、自由に事業アイデアを考えてください」と投げかけてしまうと、逆に、有望な新規事業は産まれにくくなってしまうのです。
自由に事業アイデアを募集したら、
- ・自社のリソースがまったく活かせないような案や、業務改革や風土醸成といった現場の改善案ばかりが集まってしまった…
- ・経営陣がイメージしていた新規事業とは異なるため、せっかく出してくれたアイデアに対しても、‟後出しジャンケン“で否定ばかり。結果、社員はモチベーションが失せてしまい、いつしか誰からも事業アイデアが出てこなくなった…
こうした状態に陥った経験がある企業は、実は少なくありません。
新規事業を検討する際は、期待と異なるアイデアばかりが出てこないよう、事業のテーマや求める金額規模といったことは、ある程度決めておきたいものです。
事業テーマを設定する際は、自社のパーパスやビジョン、戦略に沿っていることが必要です。「なぜ、うちの会社がやるのか」の理由が説明できず、リソースも活用できそうにない事業は、将来の自社を支える規模に成長する可能性は低いでしょう。
金額規模についても、目安を示しておくことが大切です。新規ビジネスは、どれだけ魅力的な市場に立脚できるかで、その事業規模が決まります。自社に見合う規模が見込めるかどうかは、大企業が新規事業を検討する際の重要なポイントです。
前述したような的外れな事業アイデアばかりが出てしまう現象は、「イノベーション・ズー(Innovation Zoo)」と揶揄されることがあります。新規事業の検討にあたって、自由に発想してもらうことは危険性が高いのです。事業テーマと金額規模の‟フェアウェイ”を経営トップから明確に示すことが、事業を産み出す出発点となります。
新規事業のテーマは「ハンティング・ゾーン」を設定する
では、事業テーマは、具体的にどのように考えればよいのでしょうか。狭く設定しすぎてしまうと画期的なアイデアが出にくくなりますし、一方で幅を広げすぎると自社の戦略から外れたイノベーションしか出てこない恐れがあります。
ここで参考になるのが、「ハンティング・ゾーン」の考え方です。
「社会全体の潮流」「自社の資産または優位性」「顧客を惹きつける課題」「市場魅力度」の4つが重なるところをハンティング・ゾーンと呼びます。新規事業の開発テーマは、自社のパーパスやビジョン、戦略をふまえたうえで、ハンティング・ゾーンを見極めて設定することをお勧めします。
一例として、三菱電機名古屋製作所様の新規事業創出の取り組みをご紹介します。社内で事業アイデアを検討する際、「主力事業であるFA(ファクトリーオートメーション)事業と新たな領域の掛け合わせたテーマであり、自社の技術やリソースをいかせること」と設定したのです。最終的に目指したい金額規模も示したうえで、事業アイデアが検討されました。
ハンティング・ゾーンを設定することで、新規事業を検討する社員は、経営陣の期待値と異なるアイデアの検討に時間を費やすことを避けられます。また、事業を評価する経営陣にとっても、雑多なアイデアの集まりになることを防げるメリットがあるのです。
新規事業の活動に、経営陣の「お墨付き」を与える
新規事業創出の活動そのものに対しても、社員の自主性を尊重しすぎることは危険です。既存事業が強い会社ほど、新規事業の組織や制度をきちんと作り、その活動に対して経営陣が「お墨付き」をあげる必要があります。
経営者が新規事業を後押しする姿勢を示さないと、その重要性が現場に伝わらず、たとえば社員が新規事業制度に応募しようとした際、直属の上長が懸念を示しかねません。上司が部下に「新規事業を考えるより、このタスクを先にやって欲しい」などと言ってしまっては、部下も応募を断念せざるを得なくなってしまいます。
また、新規事業部門が立ち上がり、事業の検討が進むと、既存事業部門の協力を仰ぐ場面が出てきます。今の利益を生み出している既存部門から見ると、その利益を使って活動している新規事業部門を心情的によく思わないこともあるでしょう。そのため、既存部門は「忙しいから協力はできない」と他人事のように振る舞ってしまいがちです。こうした事態に陥ると、よい事業アイデアがあったとしても正式に事業化することが難しくなり、スケールもしにくくなります。
だからこそ、新規事業の創出は自社にとって重要であり、その活動には正当性があるのだと経営陣が「お墨付き」を与え、全社にメッセージを発信することは極めて重要なのです。
新規事業の評価には、既存事業の価値観を持ち込まない
新規事業は、評価するタイミングが段階的にいくつかあります。下記の図では、「アイデア創造」「アイデア検証」「事業の拡大」「事業の見直し」の4つに分けて示しています。
たとえば「アイデア創造」の段階では、事業アイデアが自社の戦略や新規事業の方針に沿っているか、適切な事業ポートフォリオをつくるために役立つのか、といったことを判断します。
既存事業で成長してきた企業が新規事業を見極める際は、普段のビジネスにおける評価の視点を‟封印”する意識をもつことが重要です。「アイデア創造」の段階から、既存事業で問われるようなリスクや採算性、詳細なビジネスモデルを厳しく見てしまうと、有望な事業アイデアも評価されず、お蔵入りになりかねません。新規事業を評価する際は、あらかじめ各段階の評価基準を定め、経営陣などの評価者が理解しておく必要があります。
加えて、評価者のフィードバックの姿勢も大切です。マイナスの点ばかりを先に指摘するのではなく、「この事業アイデアをより良いものにするには、どうすればいいか」という意識で、社員と一緒に考えて議論を発展させ、勝機を見出していく姿勢が求められます。
また、既存事業が強い企業は、合議制で意思決定をする組織文化も見られます。合議制にはリスクを回避でき、合理的に物事を進められるメリットがあります。日頃、こうしたプロセスで判断をしている企業では、新規事業のアイデアを通すか否かを決める際、多数決を取る傾向にありますが、適切な方法とは言い切れません。手が多く上がるアイデアは、先行して成功している競合が多々いることが多いからです。新規事業は、仮説検証を経ないと分からないことが多いので、誰か一人でも熱烈に支持する意思決定者がいれば、次のステージに進めるなど、多数決以外の判断方法を検討する必要があります。
最後に問われるのは、投資に対する「経営者の覚悟」
有望な事業アイデアが出て、仮説検証を行い、正式にローンチした後、自社が求めるスケールへと拡大すべきタイミングが訪れます。そのために設備を建てたり、他社と提携あるいは買収したりすることもあるでしょう。いずれの方法にしても、大きな投資が必要になります。投資をせずに知恵だけを絞って事業拡大しようとしても限界がありますから、ここで求められるのは、投資に対する経営者の覚悟に他なりません。
新規事業は「多産多死」で、失敗する確率が極めて高いにもかかわらず、投資が必要な取り組みです。ところが、リスクが伴う投資判断は、誰もが慎重になるものです。また、既存事業で手堅い経営を続けたほうが、株主からの反発を避けられるかもしれません。だからこそ、新規事業創出は既存事業が好調でキャッシュに余裕があるうちに手がけるべきだと考えます。
既存事業の売上が停滞し、資金繰りが厳しくなってから新規事業に着手すると、失敗を許容しにくくなります。多産多死であるはずの新規事業に、「一発逆転満塁ホームラン」のような過剰な期待が寄せられてしまうのです。そして、この一発が当たらなかったために、全社の経営が傾いてしまうことも起こりえます。
経営者が覚悟をもち、新規事業のスケーリングへ投資をするためにも、新規事業は既存事業で利益が出ているタイミングで着手すべきなのです。経営が順調なうちに新規事業創出の機運をつくり、活動を進めていく体制を整えることは、経営者の腕の見せどころといえるでしょう。