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経営者がコミットするグローバルリーダー輩出の取り組み事例 ~グロービスのグローバルリーダー育成の現場より~
前回のコラムでは、経営者自らがグローバルで活躍できるリーダー候補の発掘・育成に関与することの必要性を述べました。具体的なポイントは以下の通りです。
• 経営者自身の一定の時間をグローバルリーダー人材の発掘・育成に向けて投下すること
• グローバル人事の仕組みを構築するという極めて難易度の高い取り組みに対して、人事部のサポーターとなること
• 人事制度面などの仕組みが未完成でも、トップダウンで指示を出して動かせるところから動かし、リーダー輩出の機会逸失を防ぐこと
本コラムでは、グロービスがパートナーとして携わってきたグローバルリーダー育成の取り組み事例より、経営者(CEOやCHRO等)がどのようにコミットし、取り組んでいるのか、さらに踏み込んで具体的に解説します。
事例1:武田薬品工業株式会社
武田薬品は、成熟した国内新薬市場を背景に、「革新的な医薬品を開発し、世界中の患者に届けていく」という目標(※1)を2018年に掲げ、グローバル化のための経営変革を進めました。その主要メンバーとなったのが、当時社長だった長谷川閑史氏に招聘され、コーポレート・オフィサー(執行役員)として就任した平手晴彦氏(現 : 株式会社電通グループ 副社長執行役員CCAO)です。経営者の役割について、平手氏は「企業としての目標設定と達成のための戦略策定を行い、戦略を支えるための事業プロセス変革を進め、最後に組織・人材変革を首尾一貫して遂行していくこと」と主張されています。
武田薬品といえば、グローバルな執行役員体制(経営チーム)として、外国籍の役員が大半を占めることが話題になりましたが、「外国籍にすることが目的ではない」と平手氏は語っています(※2)。これはどういうことなのでしょうか?
当時、創薬力の強化とグローバルな市場拡大を目標に掲げていた同社では、R&Dへの巨額の投資が必要となり、投下資金の確保と回収のために、世界への商圏・販路拡大が戦略として掲げられました。それに従い、2011年にスイスの製薬企業ナイコメッド(約1兆1400億円)を、2019年にはアイルランドの製薬企業シャイアー(約6兆数千億円)を買収するなど、海外製薬企業のM&A戦略を積極的に進めました。
併せて本社機能の刷新も進め、ボストンやスイスといった世界主要拠点に権限を委譲するなど、グローバル・オペレーティングモデルを構築しました。更には、その推進に向けて、グローバル各拠点の経営やオペレーションを担う最適な人材を確保するために、日本人だけではなく、外国籍の経営幹部人材も必須と考え、グローバルのタレント・プールに着手し、グローバル共通の経営幹部人材育成や社員教育の仕組みを構築しました。
前置きが長くなりましたが、平手氏が語った「(経営チームを)外国籍にすることが目的ではない」とは、言い換えると“目標達成のためには必然だった”ということです。つまり、当時の「革新的な医薬品を開発し、世界中の患者に届けていく」という目標達成のために、戦略策定を行い、その戦略を支えるための事業プロセス、それを実行する組織・人材という一連のプロセスを検討していくと、自ずと外国籍のグローバルリーダーが必要となる。結果として、外国籍の役員が半数以上を占めるという体制が構築されたのです。同時に、平手氏をはじめ経営陣がグローバルリーダー育成にコミットしてきたからこそ、武田薬品のグローバル経営変革が進み、世界売上高トップ10に入るレベルまで成長できたと言えるでしょう。
尚、これら一連の経営変革において、グロービスは日本人を対象としたグローバルリーダー育成プログラムを当時担いました。武田薬品の世界中のグローバルリーダーと互角に議論し、事業を構想し、一緒に実行できるリーダー人材の輩出を狙ったものです。(詳しくはぜひこちらの記事をご覧ください)
事例2:日立建機株式会社
日立建機は、主に油圧ショベル、ホイールローダ、鉱山機械の分野で事業をグローバルに展開し、連結売上高14,059億円、うち海外売上高比率が84%(2024年3月31日現在)を占めるグローバル企業です。2022年の日立製作所との資本関係の変化(連結子会社から持分法適用会社へ)、米国ディア社との提携解消による米国市場での独自事業開始という大きな経営環境変化に伴い、現在は「第2の創業」と呼ぶべき、新たなグローバル企業への経営変革を進めています。
「人・企業力の強化」は、経営戦略の柱の一つとして位置付けられ、「事業は人なり。一人ひとりの成長とやりがいを事業の飛躍と発展につなげる」という人財ビジョン(※3)の下、世界の機械メーカーでは初(※4)となる人的資本情報開示の国際的なガイドライン「ISO 30414」を取得するなど、人的資本経営を進めています。主要方針として「経営視点からの人財施策」が進められ、本社主導によるグローバルリーダーの育成や海外グループ企業各社の教育プログラム策定支援などが行われています。
グロービスは、グローバルリーダー育成を長年サポートし、本社(日本人)及び海外グループ企業から構成される部長や本部長/海外拠点MDレベルなどの異なる対象層に対して、それぞれの目的に応じて選抜プログラムを設計・実行しています。これらプログラムの大きな特徴は、CEOやCOO、CHROなど経営陣が必ずセッションに参加し、本社の経営状況や方針を伝えると共に、プログラム参加者からの提言を受け、質疑応答で内容を深め合う機会を設定していることです。つまり、経営陣と各部門・拠点のリーダーと、日立建機の経営に関して、ダイレクトに対話する場としてリーダー育成プログラムが機能しています。経営陣の貴重な時間を割くことは決して容易ではありませんが、毎回スケジュールを何度も調整しながらも、経営陣のグローバルリーダー育成に対する強いオーナーシップが現れています。
このように、日立建機では、「人・企業力の強化」という大きな経営戦略方針の下、人的資本経営の方針立案と実行管理、「経営視点からの人財施策」としてのグローバルリーダー育成の現場に至るまで、経営陣の具体的なコミットによって、人事部門もさまざまな施策を形にできていることを肌で感じます。グローバル企業として経営変革を担うグローバルリーダーが、これからも着実に輩出されていくことでしょう。
さて、2社の具体的な事例を通じて、経営陣がグローバルリーダー育成に果たす役割、コミットすることの意義をお伝えしました。グローバルで戦う日本企業の中で、グローバルリーダー輩出に無関心だという企業は、ほぼ皆無だと思います。しかしながら、構想だけで具現化できていない企業も少なくありません。また、実際に育成施策を立ち上げ、一歩一歩、成果を生み出している企業もありますが、仮に立ち上がっても、海外拠点から十分な参加者を集めることができないなどの理由で中途半端になってしまう、施策が頓挫してしまうケースもあります。これらの分水嶺となるのは、前回もお伝えしたように、人事部門の努力に加えて、経営者のオーナーシップとサポートがあるか否か、にあると言えます。このことは、多くのグローバルリーダー育成に携わってきた経験から、確信を持って言えることですし、まさに今、グローバル人事として活躍する方々も日々身をもって感じられていることではないでしょうか。
<参考文献>
(※1)武田薬品「企業理念」、2024年10月確認
(※2)日経ビジネス「イノベーションとグローバルは表裏一体の改革」、2024年10月確認
(※3)日立建機「Human Capital Report 2023」、2024年10月確認
(※4) 日本取引所グループが定める業種別で中分類「機械」に分類される公開企業を指す。