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“使える”を全社で再現するためのAI経営(10⇒100):生成AIを活かせる組織になる(下篇)

中篇では、現場が試行錯誤し、ナレッジが検索・再利用され始めると、生成AIは「便利ツール」から「価値を生む使い方」へと変わることをご紹介しました。これが、1→10のフェーズです。
では、その先の10→100とは何でしょうか。それはひと言で言えば、“使える”を全社で再現できる状態にすることです。試作品が並ぶ段階から、量産ラインに切り替えるようなもの。気合い“だけ”では品質は上がりません。そのためには、設計が必要です。
グロービスでは全社横断の「AI戦略会議」を軸に、各部門に分散していた取り組みを集約し、意思決定と現場実装を両立する体制を整えてきました。全社方針の一つとしてAI活用を掲げ、ワーキンググループを置いて推進した結果、AI利用率は40%程度から92%へ伸びています。ただし、利用が広がった“その次”に待っているのが、10→100の論点です。
10→100への挑戦で見えてきた「4つの論点」
“使える”を全社で再現できる状態とは、生成AIの活用が組織として仕組み化され、誰が使っても再現性のある成果を出せる状態を構築することだと考えています。私たちグロービスもまだ道半ばではありますが、挑戦を続ける中で4つの論点が見えてきました。
■論点① 優先順位――部門最適から「全社最適」へ
10→100では、「使い続けましょう」だけでは足りません。全社として動くためには、トップが「どこにAIを効かせるのか」という優先順位を明確にすることが必要です。生産性向上だけなのか、成長・新規価値なのか、あるいは品質・リスク低減なのか。狙いが定まると、現場は迷わず動くことができます。
中篇(1→10)では、各部門が試行錯誤を重ねるほど、「部門ごとの工夫を寄せ集めるだけでは限界がある」という現実について取り上げました。価値が大きい領域ほど、限られた数人が頑張って使うのではなく、業務フローの中に組み込んで“使われる”状態にする必要があります。そのためには、業務プロセスを構造化し、AIを効かせる工程を特定し、投資と実装の優先順位を決めていくことが欠かせません。
もう一つ重要なのが、全社のAI活用の成熟度を前提に設計することです。AI活用を設計・実装できる人材がすべての部門に揃っているとは限りません。「やりたいことはあるが、作れる人がいない」という状況は珍しくないでしょう。だからこそ10→100では、部門最適ではなく全社最適として、横断で支える仕組み(例:共通基盤や支援チームの整備、標準テンプレートの提供、外部サービスの活用方針提示など)を用意し、部門を超えて横展開できる状態に整えていきます。
そして人事側には、トップのメッセージをスローガンで終わらせず、育成・役割設計・制度運用といった具体的なHRMシステムへと落とし込んでいくことが重要です。一方、事業側は、1→10で見えた手応えを踏まえて「どの業務を優先するか」「どのくらいのリソースを投下するか」を決めていきます。10→100は、まさに経営の領域です。
■論点② 品質の定義――共通言語としての「ガードレール」
10→100段階では、誰が使っても再現性のある成果が出せるかが重要です。しかし、その成果の品質をどう捉えるのかは、抽象論にすると前に進みません。業務に寄せたうえで、少なくとも以下について定義しておくと、現場が迷いにくくなります。
1.成果物における品質(アウトプットの精度)
・事実誤認がないか(誤情報など)
・表現が適切か(トーン・ブランド・対外文書の体裁など)
・根拠が明らかになっているか(参照元・前提の明示など)
2.判断における品質(何を良しとするか)
・判断が偏っていないか(バイアス、過度な断定など)
・人が確認すべきポイントが明確か(最終判断ラインなど)
3.運用における品質(安全・再現性)
・情報管理ができているか(機密情報・個人情報・未公開情報など)
・同じ条件であれば同程度の結果が出るか(再現性)
・事故が起きた際の備えがあるか(レビュー手順など)
ここで誤解されやすいのが「ガードレール=ブレーキ」という捉え方です。実際は逆で、ガードレールがあるからこそ、安心して前に進める。特に生成AIは、使うほどアウトプットが増え、増えるほどチェックすべき観点も増えます。だからこそ、個人の注意深さに依存せず、レビュー観点を共通言語にすることで、品質を再現可能にできます。
そして10→100では、もう一つ押さえておきたい点があります。それは、「品質のオーナー(責任の所在)」と、「どこから適用するか」です。全社一律に適用しようとすると重くなりやすいため、まずは対外文書や重要判断に近い領域など、影響の大きい業務から始めるのが現実的でしょう。
■論点③ 責任の所在――AI時代の「役割」を敷き直す
生成AIが業務に溶け込むほど、人とAIの役割分担は「単一タスク」では決めにくくなります。特にエージェント的な自動化が進むと、論点は次の形に移ります。
・どこまで自動化してよいか(自動化の守備範囲)
・どこで人が最終承認するか(責任の所在)
・どの条件で誰が止めるか(逸脱時のハンドブレーキ)
これらはITの話に見えますが、実態は「責任」「役割」「判断基準」の設計です。つまり組織設計の領域でもあります。単一の業務で境界線を引くのではなく、事業として「どこまでをAIに任せ、どこを人が担保するか」を揃えていく。10→100では、こうした統一が効いてきます。
人事が関与できる具体策は、「最終承認者の明確化」「例外時のエスカレーション設計」「AI利用が前提になった職務・役割の再定義」などです。AIは仕事を奪うというより、仕事の責任の置き方を変える。だから設計が必要になります。
■論点④ 更新の仕組み――標準を「最新」に保つガバナンス
10→100は、現場の工夫を集めるだけでは足りません。検証の結果を踏まえ、全社として「標準」を決め、例外やリスクを管理しながら、標準を最新版として更新し続ける必要があります。だからこそ、会議体(ガバナンス)は報告を集める場ではなく、標準と例外を“運用として成立させる”ための意思決定を行う場になります。
たとえば会議体が担う判断は、次の4つに集約できます。
・何を標準とするか(推奨ツール/推奨プロセス/レビュー観点)
・どこまで標準を適用するか(適用範囲・必須/任意の線引き、対外文書など優先領域)
・例外・逸脱をどう扱うか(停止・エスカレーション・是正の手順)
・何をいつ更新/変えるか(ツール刷新、ルール改定、教育内容の見直し)
ポイントは「決める」だけでなく「決め直せる」ことです。AIは環境が変わり続けるので、標準も“完成版”ではなく“最新版”として運用する。ここが10→100の現実解ではないでしょうか。
ですから、現場から上がってくる情報は、立派な報告書ではなく「意思決定できる形」に集約されていると効果的です。会議体に上げるのは、たとえば次のようなサマリで十分でしょう。
・何の話か:対象業務/工程(どこに効かせる話か)
・どこまでの話か:影響範囲(部門・対象者・対外影響)
・前提条件は何か:使用ツール/権限/投入した情報(どのようなデータ・ナレッジを入れたか)
・結論は何か:推奨/条件付き推奨/要追加検証/非推奨(+判断理由を一言)
・注意点は何か:品質・リスク観点(人が必ず見る点、必須レビュー)
・誰が責任を持つか:業務オーナー/品質オーナー、承認点、例外時のエスカレーション
・次なるアクションは何か:テンプレ整備/データ整備/教育/投資など(標準化に向けて何を整えるか)
・(任意)詳細ログへのリンク:現場で蓄積してきた検証ログに辿れるか
こうしたサマリが会議体でレビューされることによって、推奨ツール・ガイドライン・優先業務が更新されます。ここまでつながって初めて、AI活用は「頑張っているチームがある」状態から、「全社の誰もが再現できる」状態へと進むでしょう。
10→100段階の組織が備えておきたい4つのセルフチェック
✔ 狙いと優先順位が共有され、「全社として何に集中するか」を明確に決めているか(論点①)
✔ 品質が定義され、レビュー観点が共通言語になっているか(論点②)
✔ 承認点・停止権限・例外対応など、責任の所在が明確か(論点③)
✔ 標準を「最新」に保つガバナンス(更新・逸脱対応)が機能しているか(論点④)
これらの点に備えるには、①狙いと優先順位(仮置きでも可)、②品質の定義、③境界線(承認点)、④更新ループを“最小構成”で先に置いておくことが肝要だと考えています。
10→100は、最初から完成版のルールや組織図を作る話ではありません。未完成でも走りながら“整える”フェーズです。方針を掲げ、品質を再現可能にする条件を設計し、境界線を引き直し、仮説検証とガバナンスで更新し続ける。この整え方そのものが、組織の力になります。
生成AIを「活かせる」組織を目指す
0→1では生成AIに触れる空気を作ること、1→10では再利用される導線を整えること、そして10→100では“使える”を全社で再現できる状態を作ることです。生成AIを事業の成果に繋げ、真に活かすことのできる組織は、こうしたサイクルを回すことができている状態だと言えるでしょう。
これらを実現するには人事の役目も重要ですが、決してそれだけではありません。人事側は「AIと共に働く前提(品質・責任・役割)を制度と運用に落とす」。事業側は「成果が再現される業務プロセスとして組み込む」。経営層・マネジメント層は「優先順位と投資配分を決め、責任の置き場所を設計する」。全員が鍵を握っています。
便利さが広がった今こそ、勝負どころはここからです。生成AIを使う組織から、「活かせる」組織を目指して、共に取り組んでいきましょう。
