- 経営チームの変革
セガサミーHD 里見社長、NEC 森田社長に学ぶ「強い経営チームの作り方」(前編)

AIの進化やDXの加速、グローバル競争の激化、地政学リスクの高まり、さらにはサステナビリティへの対応など、かつてないスピードで経営環境は変化し、課題の複雑性が増している。それらに対応するため、企業は常に変革を求められるが、その過程での意思決定の遅れは大きなリスクとなり、対応が後手に回るほど成功確率は下がっていく。変革のスピードと質を高めるためには、経営陣一人ひとりの能力に依存するのではなく、チームとして意思決定の質を引き上げ、迅速に行動できる体制が不可欠だ。
これからの企業成長には、一枚岩となって変革を推進できる「強い経営チーム」の存在が、ますます重要な役割を果たすだろう。
そこで、経営者として日本を代表する大企業の第一線で変革を推進されている、セガサミーホールディングス代表取締役社長グループCEOの里見治紀氏、NEC取締役 代表執行役社長 兼 CEOの森田隆之氏に、「持続的な企業成長を実現する強い経営チームの作り方」について伺った。モデレーターを務めたグロービス 内田圭亮が「経営チームの実態」「強い経営チームのつくり方」「企業変革テーマ、難所と乗り越え方」「未来の経営チームを作る『サクセッションプラン』」の4つの視点から、両社の企業成長の秘訣に迫る。
本レポートは、2025年3月に行われた「第5回 GLOBIS経営者セミナー」の講演内容を一部まとめたものである。
経営チームの実態 ~多様性を意識した経営チームの組成
内田:まずお二方には、「現在の経営チームの実態」についてお伺いします。セガサミーホールディングスの里見さん、現在の経営チームの構成や役割分担についてご紹介いただけますか。
里見:当社の場合は持株会社制を採用しており、構造が多層的になっています。上場している持株会社の取締役会(社外役員含む)、執行側による経営会議、そしてサミーやセガといった事業会社ごとの取締役会・経営会議があり、それぞれに役割があります。その中でも私が特に重視しているのは、持株会社の取締役会です。ここはガバナンスの中核であり、当社の意思決定の健全性を支える存在です。
VUCA時代においては、専門性の高い人材だけで物事を判断すると視野が狭くなりがちです。だからこそ、当社は意図的に社外役員を過半数とし、多様な視点を経営に取り込む体制を整えています。現在、取締役会にはオーストラリア出身の女性、インド出身の男性も含まれ、女性比率も30%を超えています。いわば、この取締役会こそが当社における“ダイバーシティの象徴”であり、組織全体の模範でもあると考えています。
内田:多様性を非常に意識した経営をされているわけですね。サミーとセガそれぞれの事業会社における経営会議体も、具体的に教えていただけますか。
里見:サミーはパチンコ・パチスロ機の製造・販売を担うメーカーであり、組織は機能別構造にしています。つまり、開発・営業・生産・コーポレートといった各機能のトップが、それぞれ取締役として経営を担っています。領域ごとの専門性を重視し、横串を通した連携によって全体最適を図る体制です。
一方、セガはコンシューマ、アミューズメント、モバイルなど事業特性に応じた戦略があるため、事業部制を敷いています。それぞれの事業責任者が役員として参画し、自らの収益責任と戦略遂行の責任を担う構造です。事業環境の変化が激しい分野でもあるため、現場の判断とスピードを尊重した体制としています。
このように、サミーとセガでは組織構造が異なるため、経営会議体の在り方もそれぞれの事業特性に最適化されています。
内田:戦略によって体制を変えられているのですね。経営チームにおけるポストのつくり方は、どのように考えられていますか。
里見:まずはポストが先にあり、そこに適した人をアサインするのが基本です。事業戦略から必要な人材やポストを定義し、人を充てていきます。そのなかでは、例えばグローバルに伸ばしていくという戦略に対し、国内に適した人材がいないときには、海外から採用するということもありえます。
内田:経営チームのつくり方において、何かこだわっているポイントはありますか。
里見:私が最も意識しているのは、やはり「多様性の質」です。ダイバーシティというと、どうしても国籍や性別に目が行きがちですが、それだけにとどまらない“内面的な多様性”——つまり、異なるスキルセットや思考スタイル、経験値を持つ人材の組み合わせです。
「サミーは男性ばかりなのでは?」といった声をいただくことがありますが、たとえ構成が男性中心であっても、それぞれの専門分野において深い知見を持つスペシャリストです。つまり、機能的な多様性=“スキルの多様性”が担保されており、十分に多様性のあるチームだと考えています。
もう1つのこだわりは、“攻め”と“守り”のバランスです。スピード感を持ってビジネスを前に進めるためには、リスクを取って挑戦する姿勢が不可欠です。ただし、それを実行するには、同時に“守り”を強固にしておく必要があります。だからこそ、監査役やCFO、監査等委員といった「ブレーキ役」をしっかりと配置し、彼らが執行側に対して独立して意見を述べられる体制を整えています。
彼らはいわば「諫議大夫(かんぎたいふ)」のような存在で、CEOを含む経営陣に対しても臆することなく意見を述べられるようにしています。こうした牽制の仕組みがしっかり機能しているからこそ、執行側は思い切ってアクセルを踏むことができるわけです。
内田:森田さんはいかがでしょうか。現在のNECの経営体制と、経営の役割分担の形はどのようになっているのでしょうか。
森田:NECにおける「チーム経営」の起点は、2010年代に経験した経営危機にあります。当時、社長を含む12名の役員によって「V12」と呼ばれる体制を組み、合宿をして経営課題を徹底的に議論しました。ここから「社長一人ではなく、チームで経営する」という考え方が根付き、現在のCXO体制へと発展してきました。
あわせて進めてきたのが「ガバナンス改革」です。取締役会は、モニタリングと戦略的スーパーバイザーの役割を担い、一方で執行側はCEOを中心に実行責任を全面的に負います。例えば、1,000億円未満のM&A案件であれば、執行側だけで意思決定を完結することができます。これにより、意思決定の迅速性と執行力を高めてきました。
また執行を強くするためにCXOたちに権限を委譲し、チームで経営を担う体制を整えています。そのためにオフィシャルな経営会議の他に、実質的な対話と連携の場を導入しました。
それが2年前からチームとして立ち上げた「TMT(トップ・マネジメント・チーム)」です。副社長、CFO、CHROといった幹部が週1回、少なくとも1時間集まり、アジェンダを設けず、経営上の懸念や気になる兆しをその場で自由に語り合っています。この場は意思決定の機関ではありませんが、ボードメンバーが問題意識や着眼点をすり合わせるようにしています。
いわゆるアンオフィシャルな戦略会議ですが、社内的には正式な取り組みとして認知されており、メンバー間でも有意義な対話の場として定着しています。資料は原則持ち込まず、自由な議論を促すことをルールとしています。
内田:「TMT」という会議体が非常に有効に機能しているように感じました。事前にテーマを決めずに集まったタイミングで議論するというのは、お互いの視界を共有し合うような会議体のイメージでしょうか。
森田:TMTの目的は、単なる情報交換ではなく、メンバー間で視座や思考の背景を揃えることにあります。なぜそれが重要かというと、意思決定のスピードと精度を高めるには、前提となる“バックグラウンド情報”がしっかりと共有されていなければならないからです。
特に曖昧な情報や、言語化されていない懸念、感覚レベルの問題意識なども含めて共有しておくことで、公式な会議体では省略されがちな重要な要素を可視化できます。結果として、経営のスピードと整合性が担保されるわけです。
実はCXO体制の意義もここにあります。世の中には単なる肩書きに留まっているケースも見受けられますが、真に機能するCXOとは、私たち組織のようなCEOから明確に権限を委譲され、その範囲内で実行責任を担う存在です。
もちろん、責任はCEOが負わねばなりません。だからこそ、CXOが適切に判断を下せるように、CEOと同等、あるいはそれ以上の情報量や背景理解を備えている必要がある。そのための土台として、TMTのような対話の場が不可欠です。

深層の多様性が企業の成長を加速させる
内田:先ほど、里見さんから多様性を重視した経営チームづくりについてお話がありました。一方でアメリカでは、トランプ大統領の動きに象徴させるような「脱ダイバーシティ」とも言える潮流が、大手企業を含め広がっている印象があります。そうした中で、NECでは経営チームの多様性をどのように捉え、どのような位置づけで取り組んでいるのでしょうか。
森田:米国での「脱ダイバーシティ」の傾向は、ある意味で多様性の推進が一定の段階を超えた結果としての“揺り戻し”だと捉えています。これに対し、日本企業はまだ十分に多様性を組織に取り込めていない段階にあり、「これから進めるべき課題」だという認識です。
NECにおいての多様性も、性別や国籍といった表層的な属性だけでなく、「深層の多様性」——すなわち考え方、経験、バックグラウンドの違いを重視しています。社外取締役比率は過半に達し、女性・外国籍人材の登用も着実に進めています。さらに、中途採用人材の増加を通じて、新卒人材に偏らない構成とし、多様な視点を組織の意思決定に取り込む体制づくりを推進しています。
里見:私もアメリカの動きは、森田さんと同意見です。今回の方向転換は、あくまでも進み過ぎた結果の揺り戻しであり、日本企業はまだその手前にあると私も考えています。
当社はこのような動向に影響されることなく、引き続き多様性の確保と活用に注力していきます。実際に、私自身が全世界の社員向けに配信しているメッセージでも、「当社は多様性重視の方針を変えない」という姿勢を明確に伝えています。
さらに、当社がMission/Purposeに掲げる「感動体験を創造し続ける ~社会をもっと元気に、カラフルに。~」の“カラフル”という言葉には、社会課題をエンタメの力で明るく照らすという意味と、異なる個性を尊重し共存していく組織文化の象徴として、多様性の尊重という価値観も込めています。経営としてこの考え方は、今後も継続していきます。
強い経営チームのつくり方 ~「個の力」と「関係性の強化」
内田:次に今回のテーマでもある「強い経営チームの作り方」についてお伺いします。強い経営チームには、大きく2つの要素があると考えています。1つは、個々の経営メンバーの高い能力。もう1つは、メンバー同士の強い関係性です。この「個の力」と「関係性」の両面について、どのような取り組みをされているかお聞かせください。まずは森田さん、いかがでしょうか。
森田:「個の力」について、トップマネジメントに登用される人材は、本来的に自律的な成長が不可欠なため、育成を施す対象ではないと考えています。ただし、次世代の経営候補に対しては、これまで以上に意識的に育成に関与しています。経営としてしっかりと次の経営候補を育てていかなければ、事業の継続に断絶が起こるリスクがあるからです。
具体的な手段として有効なのが、「タフアサインメント」、すなわち難易度の高い業務をあえて任せることです。不採算事業の立て直し、新規事業の本格推進、組織統合のリードといった挑戦的な業務を通じて、現場の“修羅場”を経験させることが、経営者としての実力を高めるうえで不可欠だと考えています。
一方で、「関係性の強化」については、「チームビルディングの徹底」が重要だと考えます。私がCFOになったときは、ダイレクトレポートである部門長5〜10名とオフサイトミーティングを実施して、ビジョン・価値観の共有、相互の理解・リスペクトの醸成を図りました。お互いの考え方や経営観を深く理解することが、経営チームとしての結束力と共通認識の形成につながっています。
さらに、自社や組織の成り立ちや歴史を辿ることも、課題構造への理解を深め、問題意識をチームで共有するうえで非常に有効なアプローチとなります。
内田:そういったオフサイトミーティングをすることで、視界が共有できるわけですね。続いて里見さんいかがですか。
里見:当社では現経営陣の「個の力」を高めるために、段階的かつ実践的な育成プログラムを整えています。例えば、役員クラスには、グロービスが提供している次世代経営者向け研修『知命社中』への参加を促しています。また、私たちもM&A後のPMI対応や不採算事業の再建といった“難易度の高い現場”をあえて任せることで、現場対応力や経営判断力を鍛える「タフアサイントメント」にも取り組んでいます。
一方、次世代の経営候補に向けては、企業内大学「セガサミーカレッジ」で階層別研修を行っています。それに加えて、創業者・里見治の経営哲学を学ぶ「里見塾」、部長や本部長を対象とした「治紀塾」、課長向けに開発された「未来塾」といった社内育成機関を体系的に設置しています。実際の自社事例をもとにしたケーススタディを通じて、企業理念や価値観を継承する仕組みが組み込まれています。
なお、私たちは経営層に求める資質として「5つの力(突破力・共感力・決断力・自制力・徹底力)」を定義しています。これらを全て高い水準で体現できることが、役員登用の条件です。
また、経営チームの「関係性の強化」としては、オフサイトの合宿を定期的に開催しています。軽井沢、韓国、さらにはラスベガス等、国内外の施設で非日常の体験を通じて、役員間の相互理解を深めています。加えて、全役員が福島第一原発の現地視察を行うなど、危機管理を学ぶ機会も設け、共通の視座を持つ取り組みにも注力しています。

意思決定の質を高める経営会議の工夫
内田:両社とも関係性の強化において、オフサイトでの相互理解を重視している点が共通しますね。「深層の多様性」に積極的に向き合い、非公式な場を活用して相互のバックグラウンドへの理解を深める。こうした共通の視点や視座を育む場が、経営チームの関係性強化につながっているのだと感じました。
一方で、オフィシャルな経営会議ではいかがでしょうか。意思決定の質は経営の質に直結しますが、議論の質を高めるために、工夫されていることはありますか。
里見:私はオーナー企業のCEOという立場もあり、自分が一方的に話すのではなく、できるだけメンバーに発言してもらい、多様な意見を引き出すことを意識しています。また、スピーディーな意思決定を実現するため、経営会議の様子を録画し、その議論プロセスを社外取締役にも事前共有しています。本題に入るまでの認識合わせを省き、本題の議論にすぐ入れるよう工夫しています。
森田:
テーマに応じて複数の会議体を設け、使い分けています。たとえば、会社としての最終的な意思決定を行う場が「経営会議」、その前段階で事業方針を議論するのが「事業戦略会議」です。さらに、AIやIoTといった特定テーマに関しては、現場の人材も交えた専門会議を立ち上げています。
それぞれの会議の目的に応じて、進め方やファシリテーター、発言の順番など、運営方法を変え、工夫を凝らしています。
後編では、強い経営チームを作る目的でもある両社の「企業変革テーマ」と、未来の経営チームを作る「サクセッションプラン」についてお話を伺う。
【第5回 GLOBIS経営者セミナー「持続的な企業成長を実現する、強い経営チームの作り方」開催概要】
■開催日:2025年3月6日 ※オンラインにて開催
■登壇者:
・セガサミーホールディングス株式会社 代表取締役社長グループCEO 里見 治紀 氏
・日本電気株式会社 取締役 代表執行役社長 兼 CEO 森田 隆之 氏
・株式会社グロービス マネジング・ディレクター 内田 圭亮