- 経営チームの変革
役員の指名・報酬の実態と今後の論点とは
グローバルな組織コンサルティングファームのコーン・フェリーとグロービスは、日本の大手上場企業約30社を対象に役員の指名・報酬に関する実態調査を実施しました。本調査で言う「役員」とは、執行と監督の双方かつ社外取締役、執行役員も含めた広義の役員を指します。アンケート形式の定量的な調査ではなく、各社の指名・報酬委員会の事務局や担当役員に対し60~90分のインタビュー形式で詳細な定性調査を実施しました。その結果、これまでにない示唆を得られ、日本企業の課題や今後の論点を整理しました。
【調査概要】
■実施主体:コーン・フェリー、グロービスの共同企画
■調査方法:インタビュー
■調査対象:指名・報酬委員会※の事務局、担当役員 ※任意機関を含む
■調査期間:2022年9~11月
■回答企業:約30社
■回答企業一例:
・旭化成・アサヒグループホールディングス・オムロン・花王・カゴメ・キリンホールディングス・島津製作所・セガサミーホールディングス・SOMPOホールディングス・第一生命ホールディングス・デンソー・日本電気(NEC)・パナソニック ホールディングス・日立製作所・富士通・ベネッセホールディングス・本田技研工業・三井化学・三菱UFJフィナンシャルグループ (開示を許諾いただいた企業のみ掲載/五十音順、敬称略)
1.社外取締役の役割
社外取締役は「量」から「質」へ
プロセスの確認だけでなく内容に関与
企業の不正防止、経営側による投資家への説明責任などがますます重視される時代に入り、今、コーポレートガバナンスの強化は日本企業にとって極めて重要な課題の一つになってきた。そのための施策はさまざまあるが、その大前提となるのが、社外取締役の設置である。今回の調査からは、その役割に変化が見られることが明らかになった。
指名・報酬委員会における社外取締役の役割は、かつてであれば、役員の指名や役員報酬の決定プロセスの確認が中心であったが、今はそれだけでなく、その内容自体への関与が求められるようになっている。それに伴って、従来のような社外取締役の「量」だけでは不十分であり、「質」の確保が重要であることを認識する企業が増えている。
ではこの「質」とは何だろうか。特定分野についての専門的、技術的な助言にとどまらず、経営理念や中長期的な企業戦略などを踏まえて、経営全体の視点から経営者と議論できる経験と資質と言ってよいだろう。企業はそれらを有する社外取締役を求めるようになってきたのである。
しかし、今回の調査からは、日本企業の多くが、こうした期待を満たす人材の不足を認識していることもわかってきた。
大局的な視点をもたらす汎用性のある経営経験とコミットメント
経営全体を大局的な視野でとらえ、経営者と議論できる社外取締役を考えるとき、必要な条件としては大きく二つが挙げられる。経営経験とコミットメント(企業への関わり方、姿勢)である。
まず、経営者としての経験が必要だ。ただし、自身が経験を積んだ事業や分野にのみ精通しているのではなく、未経験の事業や経営課題でも経営的な観点から意見できる汎用性が必要とされている。
今、多くの日本企業がグローバル化(事業だけではなく組織・人材までを含む)という課題に取り組んでいるため、グローバルな経営経験者を社外取締役として迎えたいという需要も高まっているが、汎用性のあるグローバルな経営経験を持つ人材は日本には大幅に不足しているのが現状と考えられる。
一方、コミットメントに関しては、単なるアドバイザーにとどまらない、企業価値を高めようとする覚悟、当事者意識が必要となる。社外取締役は、社内政治や人間関係に影響されず、客観的な視点で判断することが社内人材と比較した場合の役割となるが、一方でただ客観的なのではなく、対象企業に対して深く理解する必要がある(そのために執行側も社外取締役に対してさまざまな形で情報や機会を提供する)。すなわち、社外取締役はただの「社外」ではなく、当該会社の取締役として自社が長期的に向かうべき姿は何かを常に問いかけ、必要な変革を議論していく存在であることが求められている。
今回の調査におけるインタビューでは社外取締役に対する執行側の期待として次のような意見が出てきた。「あるスキルの専門家の方が社外取締役に就任したとしても、当社の経営の議論についていけるのか懸念がある。広くグローバルな経営経験を有していることが社外取締役の要件として必要」、「社外取締役に弁護士や会計士の専門知識を期待することはあまりない。専門的なアドバイスなら例えばアドバイザリーボードの設置で済む。社外取締役に期待するのは、当社のことを自分事としながら企業価値の観点から会社をしっかり見ること」。
2.役員の指名
人材要件、後継者計画をCEO以外にも拡大の機運
CEOの指名と後継者計画は整備、その他は道半ば
多くの企業で、指名委員会を軸に、執行役(員)の指名や後継者計画についての創意工夫が重ねられ、進歩している。中でもコーポレートガバナンスの基本であり、かつ最も重要となる「CEOの指名と後継者計画」については、程度の差こそあれ、どの企業も一定の仕組みを整備して取り組んでいる。CEOに関しては、人材要件が存在し、後継者計画が実行され、指名委員会で審議されている。
一方、CEO 以外の執行役(員)の指名と後継者計画については未整備の企業が多い。整備されている場合でも、指名の基準となる人材要件は役員ポストごとに具体的な差異が設定されているのではなく、「経営人材に共通して必要な要件」としている企業がほとんどである。近年はCDO(Chief Digital Officer)に代表される一部の役員ポストでは社外からの人材招聘が行われているが、大半の執行役(員)は社内登用を前提としているため、固有の要件を定めるよりも「今いる人材の中からの登用の柔軟性」を持たせておく方が実際的な運用を行いやすいということが背景として考えられる。
CEOとしての人材像を明文化、評価
CEOの人材要件について見ると、大多数の企業では、一般的な人材像だけでなく、その企業を経営するときに求められる要素を検討し、「その企業ならではの人材像」として定義し、明文化していることがわかった。
この段階にとどまる企業も少なくないが、多くの企業では、CEOとして定義した人材像と、候補者との合致度を測るための参照情報として、人材要件を客観的に評価可能な要素に分解してその項目を定義している。
そのやり方は企業によって多岐に渡る。実際の企業からの回答を見てみると、「経営状況に応じた独自の観点を設定し、経験やコンピテンシーを定義」、「コンピテンシー、経験、スキル、性格特性・動機付け要因を定義」、「パーソナリティやスキル、経験といった観点で要件を設定」などの例が見られる。
育成の基本はタフアサインメント
後継者候補のプール化がどうなっているのかを見てみよう。CEOについては、大半の企業で候補者リストが作成されている。一方、CEO以外の役員の後継者候補では、ごく一部の役員ポストにおいて複数の候補者を選び、プールしておく企業は存在するものの、そうした企業でも候補者の計画的な育成までは実践できていないのが実状だ。
将来のCEOや役員の候補に向けた育成計画が存在する場合、具体的な施策はタフアサインメントが基本だが、外部機関によるコーチング、研修などを取り入れる企業もある。具体的には、「次期役員候補、次期部長候補に対してコーチングを実施している」、「40代の選抜候補者については、全社で人材を把握し、半年程度の研修を受けさせ、その育成状況に基づいて見極めを行っている」、「世代階層別にプログラムを作成し、外部機関による研修を行っている」といった例がある。ただ、役員登用後の能力開発についてはほとんどの企業が意識していない。
指名委員会による審議の対象を、CEOの指名と後継者指名に限定している企業は多いが、一方で審議対象をCEO 以外の執行役(員)に拡大する企業も見られる。どの役員ポストを対象にするかなど、企業によって違いはあるが、日本企業が従来はCEOに限られていた人材要件や後継者計画の運用を、執行役(員)全体に展開する動きが見られるなど、進化が始まっていることがわかった。
社外取締役の確保と評価
一方、社外取締役の指名や後継者計画の状況はどうなっているのだろうか。
社外取締役への期待水準は高まっているが、その候補者は大幅に不足している。グローバル経験を持つ、女性であるなど、現在多くの企業が求める経験や資質を持つ人材はさらに希少であり、引く手あまたとなっている。そうしたわかりやすい場合でなくても、今日、日本のどの企業にとっても社外取締役の招聘は大きな課題となっている。
一方で、招聘後の評価に関してはどうだろうか。今回の調査では、個別の社外取締役のパフォーマンスを本格的に評価する事例は見られなかった。公式には、取締役会実効性評価の中での自己評価にとどまっている。
その理由は、日本企業には未だに「社外取締役に来ていただいている」という意識が強いことがある。また社外取締役への評価が仮に低かったとしても、前述したように、社外取締役にふさわしい人材自体が絶対的に不足しているため、代替人材が見つからないこともある。
その中でも、一部の企業では、取締役会の後継者計画(ボード・サクセッション)に本格的に取り組む企業も出てきた。短期的ではなく、中長期的な視野で社外取締役候補の探索を続け、数年先を想定して候補者にコンタクトしている企業もある。
特に日本における社外取締役の人材市場が未成熟な中では、このような長期的な視点での取り組みが必須になると思われる。
3.役員の報酬
根強いメンバーシップ型報酬体系
大きな改革の進まない報酬体系
指名と並び、コーポレートガバナンス強化の重要な柱となっているのが、報酬委員会による役員報酬の審議である。
今回の調査の結論として、役員の指名に比べると、企業による大きな差異は見られなかった。業績連動・株式報酬を含む制度設計は既に浸透している一方で、報酬体系(思想)そのものや、報酬水準の大きな改革に取り組む企業は極めて少ない。その原因としては、日本における役員の人材市場が未成熟であることに加え、役員は社内人材かつ日本人中心に登用していることから、(海外からを含む)社外人材の獲得・維持の必要性を感じないことが挙げられる。新設の役員ポストなどでは社外から人材を採用することも一部で増えてきたが、報酬が既存制度と整合しない場合は個別に対応するにとどまっている。
実態として、役員の報酬水準を決定するときの基準を、役位(専務、常務など)にしている企業が大多数を占める。つまり、昔ながらのメンバーシップ型による報酬決定である。日本企業では従業員層にはジョブ型人事に基づく報酬制度の導入が進みつつあるが、それと対照的に、役員層にはその導入が進んでいないと言えよう。
企業は社内の限られた人材の組み合わせによって経営全体の機能を満たす必要がある。そのため、役員ポストごとに明確な役割を定義するジョブ型より、人に合わせて役割を柔軟に決めることのできるメンバーシップ型の方が理にかなっているという面もある。
このように現状では大部分の企業が役位に基づいて役員報酬を設計しているが、一部の企業では、職務に基づいた設計に踏み込んでいる。つまり、役員の就任したポストの期待役割の大きさに応じて報酬を決める形だ。
さらに、極めて限られた先進的企業では、外部市場価値を論拠とした報酬水準を検討している。すなわち、ビジネスや人材獲得競争上の競合となりうる(欧米を含めた)企業を個別に選定し、同等ポストの報酬水準をベンチマークとして、自社での報酬水準を設定するものである。
上述の先進的企業を別にすれば、報酬水準の設定は必ずしも明確な論拠に基づかない。一方で、報酬水準は報酬委員会の重要アジェンダの一つとなっている。このため、委員会で展開される議論は、社外委員が出身企業で培ってきた哲学や他社での社外取締役経験に基づいたものが多いというのが現状の日本企業の実態である。
非財務的指標も含めて報酬を判断
各社共通で取り組んでいる論点として、ESGやサステナビリティへの対応が挙げられる。財務的なKPIだけでなく、ESG 関連指標に代表される非財務的 KPIを実装し、その達成度にも連動した形で報酬額を決定することが広まってきた。例えば「STI 指標のうち、40%を定性評価とし、その定性評価の中にESG関連やサステナビリティ関連の項目を設定している」、「LTI指標のうち、20%をサステナビリティ評価としている。具体的な指標ではGHG 削減量、従業員エンゲージメント、ESG 格付け機関評価を採用している」といった企業がある。
社外取締役の報酬は固定制が基本
社外取締役の報酬では、どの企業でも固定報酬を採用し、その水準に関しては、他社とのベンチマークを通じて妥当性を確認する作業を行っている。
企業によっては委員長などの役割を果たすことに配慮して加算する場合もある。また企業価値向上のための一体感の醸成をめざして、現金に合わせて、株式を業績連動でなく固定で付与している企業も一部存在した。
4.今後の論点
人材市場の充実化・執行体制の高度化
経営の進化を阻害する構造
「①社外取締役に期待される役割が、経営全体を大局的な視野で捉えることができる、経営者の議論相手へと変化する」、「②CEO以外の執行役(員)ポストの後継者計画も仕組み化され、指名委員会の審議対象となる」、といった方向に向かおうとしていることは確かと言えるだろう。多くの企業でCXO体制の導入が進んでいることからもわかるように、執行役(員)を「人」としてではなく、「機能」として捉え直す気運も高まりつつある。その反面、そうした進化を阻害する構造も根強く残っている。
社外取締役については、先にも述べたように日本の人材市場が脆弱であるため、これが大きな制約要因となって、期待する役割や要件に沿った取締役のサクセッションが十分に進んでいない。
執行役(員)についても、日本の人材市場はまだまだ未成熟である。また、日本企業には、役員を機能や役割ではなく、既存の人をベースに考える思想が色濃く残っている。そして、経営の執行体制は、そこにいる人々の組み合わせによって柔軟に考えていくべきだという発想が未だ支配的である。そのため、役員は主に社内から登用され、社外からの招聘が進まない。つまり、経営層はなかなかジョブ型に移行できず、メンバーシップ型での運用になっているのである。
人材市場の充実化、本質的な適所適材の実現が必要
今後、進化を後押しし、継続させるにはどうしたらよいのだろうか。そのために日本企業が認識すべき大きな論点は次の二つである。
(1)役員育成を通じた人材市場の充実化
社外取締役、執行役(員)のどちらも、必要な適性と能力を持つ人材のプールが不足している。各企業は、この問題を解消していく必要がある。
現役の執行役(員)や、その候補者に対して積極的かつ計画的な育成投資を行っている日本企業は少ない(特に現役役員)。役員も学び続ける欧米のグローバル企業と比べたときに、これは日本企業の一つの弱点と言える。
現役の執行役(員)の質の底上げは、将来的な社外取締役候補の充実化にもつながる。即ち、一企業における役員育成は、ひいては日本の産業界全体の活性化に寄与するものといえる。
(2)経営執行体制の高度化
CXO体制を導入したものの、呼称だけで実態が伴わない企業も散見される。当然、これではCXO体制の果実を得ることはできない。本質的な適所適材を実現するためには、役割起点で経営執行体制を再構築した上で、各ポストの職務と人材要件を明確にし、指名と後継者計画を実施していく必要がある。
各企業が上述のような経営執行体制の高度化に取り組めば、自然と執行役(員)の人材流動性が高まると予想され、役員の人材市場の活性化につながっていくだろう。
【補論】現役役員と役員候補をどう育成するのか
役員候補に対しては、多くの企業がタレントマネジメントを導入して育成している。それに対して役員は育成対象からは外れていることが多く、現状ではほとんどの場合、経営者のサクセッションはアサインメントを通じて行われている。
しかし、環境の変化が早く、激しい時代においては、企業の変革を牽引する役員層の能力開発こそが企業価値向上のために必要な人的資本投資と捉えるべきである。事実、欧米では役員の能力開発に積極的に投資している。
以下では、現役役員と役員候補の両方について、調査から見えてきた点、今後あるべき点を説明する。
現役役員
今回の調査では、役員とは事業の成果創出がすべてであり、会社が能力開発を支援する対象ではない、との意見が大半を占めた。一方、経営者は、他企業の経営者などと意見交換する機会が多く、常に最新情報を受け取ることができる。そのため、経営者と執行役(員)との認識ギャップは、経年的に開いていく傾向がある。
しかし、これからの役員は、企業を未知の領域に向けて牽引していく存在で、本来は最も能力開発が必要な対象とも言える。従って経営者のサクセッションを考えるうえでも、アサインメントと能力開発はセットで実行する必要がある。今後は従業員と異なる次元の成長を促すプログラムを提供するなど、役員への能力開発支援が検討されるべきだろう。
役員候補(後継者育成施策)
多くの企業でタレントマネジメント、サクセッションプランは実施され、候補者の選抜については30代前半から実施している企業も存在する。選抜後の育成方法は、タフアサインメントが主流で、そのために、アセスメントを活用した選抜者の候補絞り込みや研修を通じた能力開発を補完的に実施している。
ただ、アセスメントや研修と、アサインメントを連動させてタレントマネジメントを実施している企業は少ない。つまり、「とりあえずタフアサインメント」という手立てであって、理論やメソッドに基づいた人材育成計画にはなっていないと考えられる。
今後は、例えばタフアサインメントの前に、選抜研修で擬似体験をさせ、研修中の行動や成果もアセスメントの対象とし、適性があると考えられる人材をアサインするなどの施策が必要となるだろう。