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経営幹部サクセッションの課題と展望
グローバルな組織コンサルティングファームのコーン・フェリーとグロービスは、日本の大手上場企業を対象に経営幹部のサクセッションに関する実態調査を行いました。100社を超える定量的なアンケートに加え、代表取締役をはじめとする役員や経営幹部への追加ヒアリング調査を実施。その結果、企業を取り巻く経営環境が大きく変化し、特に資本市場からの期待と社会的要請に応え続けるために経営幹部に求められる責任・要件も大きくシフトしていることが判明しました。
【調査概要】
Webアンケート調査概要
■ 調査対象:代表取締役、取締役、CHRO・人事機能長、経営幹部サクセッション業務担当者 等
■ 調査期間:2023年11月〜12月
■ 有効回答数:105
追加ヒアリング調査概要
■ 調査対象:代表取締役、取締役、CHRO・人事機能長、経営幹部サクセッション業務担当者
■ 調査期間:2024年1月〜3月
■ 回答企業:17社
■ 参加企業:
・アサヒグループホールディングス・味の素・江崎グリコ・SMBC日興証券・オムロン・オリンパス・キヤノン・日本たばこ産業(JT)
・住友重機械工業・セガサミーホールディングス・日本電気(NEC)・PHCホールディングス・富士通・村田機械・レゾナックホールディングス(開示を許諾いただいた企業のみ掲載/五十音順、敬称略)
多くの企業が意識するものの進捗・精度には格差
経営幹部サクセッションの4つの視点
今回の調査では、サクセッションの対象は「経営幹部」とし、今回はCEO・社長を除く経営トップチームメンバーと定めた。企業規模により経営トップチームのサイズ・形態は様々だが、基本的にはCEO・社長の直部下のメンバーで構成される全社の方向性を定める執行側の最高意思決定機関と定義される。
後継者育成は現任者に委ねられ全社の仕組みになっていない実情
回答企業の82%は何かしらの経営幹部サクセッションに取り組んでいる。60%は指名(諮問)委員会もしくは経営会議の公式アジェンダに採用し、ガバナンス/ 経営上の優先課題として位置付けている。
経営幹部サクセッションに取り組んでいる企業の72%は、社長が施策オーナーを担っている。推進体としても、社長プラス経営幹部で構成する委員会との回答が最も多く(62%)、指名(諮問)委員会が主体となるのは12% のみと、CEOサクセッションとは異なり執行側で主導権を持ち進めている状況が示された。指名(諮問)委員会は経営幹部の選任に関与することが多い一方、経営幹部の後継者計画までは深く入らない場合が多く、プロセスのモニタリングにとどまるケースも多く見られた。
経営幹部サクセッションが上手く進まない理由として一番多かったのは「全社の仕組みになっていない」こと。現任者に自身の後継者を挙げてもらうよう依頼することで候補者リストまでは用意したものの、育成は現任者に委ねられ進捗・精度にばらつきが大きいとの意見が多く聞かれた。また、「執行体制が流動的で対象ポジションが定めづらい」「各経営幹部ポジションの役割・要件が不明瞭」が続き、経営幹部サクセッションの前提となる執行体制と役割の設計がカギを握ることが示された。
なお、92% の企業が今後取り組みを強化すると回答しており、経営幹部サクセッションのさらなる高度化が期待される。

A.経営トップチームの体制・機能設計
導入が進むCxO体制 CHROが担う機能への期待も顕在化
「まず箱を考え、人を決める」基本原則に従うことの難しさ
適切に経営チーム体制が設計されていると感じている企業においては60%が経営幹部サクセッションが機能していると回答したのに対し、体制の設計に不備を感じている企業では43%にとどまる。経営幹部サクセッションを効果的に進める上では、前提となる経営チーム体制と機能の設計がカギを握ることが裏付けされた。
回答企業の半数以上が、社内人材の実情に引きずられゼロベースで機能の設計ができていないと回答。まず箱を考え、人を決めるという基本原則に従うことの難しさが示された。ファンドがオーナーになるなど資本構成が変わった際、この原則に立ち返り経営体制を見直す事例も多く見られる。現在の体制を所与のものとせず、常に最適な形を探求し続ける姿勢が求められる。
チームで全社経営を担うCxO体制はさらなる進化が期待される
深い議論とスピード感を伴う意思決定がしやすいように経営トップチームのポジション数を絞る動きが見られるが、特に資本市場からの事業ポートフォリオ改革に対する要請に応えることを優先しCxO 体制に移行する企業も増えることが今後予想される。
今回の回答企業の45%が経営チームの70% 以上をCxO/ 機能トップで構成する経営体制をとりCxO 体制を自認する企業は増えている印象だが、CxO 体制については多くの企業が課題感を抱いている。CxO 体制をとる意味合いを明確に定義できていないという声も多数聞かれた。経営幹部サクセッションの文脈からも、機能トップからCxOになると職責がどのように変わるのかを明示しないと、将来求められる要件も定めることができず育成施策に反映しづらいことを感じている。
なお、欧米企業においてもCxOチーム全体で全社経営を担う建付けになっていることが一般的になっている。別途実施した調査によると、大手欧米企業20社の内、CSOポジションを持つのは4社のみであり、その位置付けも日本企業の典型的な経営企画部門とは異なる。日本においてもCxO 体制のさらなる発展と共に、経営企画の役割・機能についての再検討が進む可能性がある。
専門性と経営感覚を併せ持つCHROの出現
CHRO(人事機能トップ)の経営チームにおける位置付けにも変化の兆しがある。一段の企業価値の向上に向けては、事業ポートフォリオの改革に加えて、バランスシートに載らない価値を利益に結びつける視点が欠かせない。「人的資本」はその最たるもので、投資家からの期待・関心が高まっている。そもそもすべての経営活動を行うのは人であり、その人選がその後の活動の命運を分けるという大原則に立ち返り、CHRO(人事機能トップ)をCEOの右腕として位置付ける企業が徐々に増えている。今回の調査でも、専門性と事業・経営感覚を併せ持つCHROの出現により、経営トップと真のパートナーシップを構築する事例が複数確認された。
【補 論】事業ポートフォリオマネジメントと機動性
今回の調査を通じて浮かび上がった今後経営チーム体制と機能を設計する上で重視されるキーワードとして、「事業ポートフォリオマネジメント」と「機動性」の2つが挙げられる。
事業ポートフォリオ改革を背景としたCxO体制への期待
今後も市場からの資本効率改善の要求が強まることが予想される中、自社株買いなどの短期的な還元策を超えて、一層の事業ポートフォリオ見直しが必要になる可能性が高い。だが、当然ながら事業ポートフォリオの改革は、企業にとって最大級の意思決定であり、難度の高い経営課題となる。断行するには強いリーダーシップが求められるが、時に既存事業の各々の利害が絡むことによって障壁となる。ともすれば個別最適の論理も生じやすく、現状維持へのバイアスも働く。今回の調査でも、30% の企業は経営トップチームに事業責任者が含まれることにより、ポートフォリオ改革が進まないことを課題としている。個別事業の運営を超えて、全社視点で事業ポートフォリオを変革することに適したCxO 体制をとる企業がさらに増えることが予想される。
企業の機動性を担保するための少人数経営チームという選択
全社の方向性を定める役割を担う本当の意味での経営トップチームはどこまでなのかを再検討する動きが見られた。
全執行役員を含める大人数の会議体では、深い議論とスピード感を伴う意思決定は難しいとの声が多く聞かれ、現状よりも厳選したポジション数になることが予想される。特に変革を断行する局面においては、この必要性が顕著になるようだ。また、事業側の自主責任経営を促進する企業においても、ホールディング/コーポレートはスリムな体制を志向する傾向が見られた。但し、経営幹部のポジション数を減らすことへの反発は大きい。M&A、企業統合のタイミングやファンド/アクティビストからの外圧を上手に活用し、トップの強い意志で断行した事例が見られた。
なお、調査企業の中には当面の事業ポートフォリオの改革を少人数のCxOで断行した後、再度経営ポジションを増やしオペレーションエクセレンスの追求を優先した事例も存在する。経営トップチームのポジション数に関しても局面に応じて最適化する必要がある。
B.ポジション要件の定義
能力・資質まで定める企業は限定的 一方、専門性への期待は高まりを見せる
高い専門性と経営感覚は必須要件
経営幹部サクセッションに一つの共通要件を適用している企業は52%、ポジション毎の要件を適用している企業は44%という結果であった。By Positionでの運用が増えつつあるが、追加調査からは役割・職務は個別に用意したものの、求められる能力・資質まで定義している企業は多くない状況がうかがえた。
経営幹部ポジションの中でも、事業責任者に関しては今までも後継者育成に取り組んできており、一定のサクセッションの型ができている状況がうかがえた。他方、機能系CxO/ 機能トップのサクセッションに本格的に取り組んできた企業は限定的で、多くの企業が育成・採用に活用できるポジション要件を改めて定義する必要性を感じている。
CxO/ 機能トップに期待される役割は、経営トップチーム全体の中での機能配分により異なるため、求められる人材要件も個社ごとにカスタマイズした内容が求められる。例えば、CHROが企業文化変革の役割を担うのであれば変革推進力が特に重要になったり、ユーザーニーズに合わせて付加価値をつける戦略をとる企業であれば、CTOは基礎研究より商品開発・事業開発の経験をもっていたほうが望ましい。
いずれにしても、「高い専門性」×「ビジネス感覚・経営感覚」「グローバルの視野」「変革推進力」はすべてのCxO/ 機能トップポジションに共通する必須要件として認識されている。特に専門性と経営感覚の重要性については多くの企業からコメントがあった。資本市場からの期待と社会的要請が飛躍的に高まる中、どんなにカリスマ的なCEOでも、多様なステークホルダーに一人で対応し信頼関係を構築することは難しい時代となっている。特に、投資家・株主から担当CxOに直接問い合わせが届き、その解答・対応の巧拙が企業価値に直接反映される場面が増えてきた。生半可な経営感覚と専門性では太刀打ちできず、多くの日本企業が外資系のプロフェッショナルを中途採用する引き金となっている。
学びの俊敏性が問われるCxO
現時点においては、必要な専門性の深さについての考え方は企業により異なる。総じて、オーナー企業・安定的な株主構成の企業においては専門性より自社理念・文脈の深い理解が優先されるのに対し、ファンド・アクティビストなどとの接点が密な企業ほど専門性の必要性を痛感している傾向が見られた。グローバル経営の深化もより高い専門性が必要になるトリガーとなるようだ。各分野の専門性が高い海外地域拠点のCxOと良質な議論を通して信頼関係を構築する上で、コーポレートCxO にも相応の専門性が要求されるという声が多く聞かれた。また経営トップチーム自体が多国籍メンバーになった際、より専門家の立場から全社経営に貢献することが求められるようになったとのコメントもあった。
各ポジションの人材要件に、フィットする資質を定義する必要性も増している。CxOは各領域における最新の知見を蓄えておくことが責務であり、また過去の経験論・成功体験に囚われるようでは変革の阻害者ともなりかねないため、学びの俊敏性(ラーニングアジリティ)は必須の資質であると認識されている。
C.社内候補者の育成
外部アセスメントやコーチングに高い活用効果を実感
育成は現任者への依存が実情 一方、外部水準を意識する企業も
社内に存在する後継候補者のノミネーションにおいては、次期に加え次々期の候補者まで特定している企業は58%にとどまった。ただし、今回の調査における「サクセッション」という言葉の定義からは外れるが、具体的なターゲットポジションを定めずにハイポテンシャルを発掘して育成するタレントプール施策の採用は進んでおり、サクセッション施策と有機的に連動させる企業が増えている。
外部アセスメントを活用して候補者を絞り込むプロセスを持つ企業は36%にとどまり、多くの企業で後継候補者のリスト作成が現任者などの独断で行われている可能性が示唆された。最後の後継者選任のタイミングで外部アセスメントを活用する企業も存在するが、後継候補のショートリストを作成する前の段階で市場競争力を確認し、外部水準を意識した育成を行うことの有効性も多くの企業から語られた。
選出された後継候補者に対しては、85% の企業で育成計画を個別に作成している。その育成計画に記載され一番活用されている候補者の育成手法は、修羅場経験の付与で53%の企業が採用している。次に使用されているのが社外のリーダーシップ研修への派遣であり、社内の集合研修よりも多くの企業で採用されていることがこの施策の特徴といえる。社外の専門家によるコーチングを活用するのは回答企業の37%にとどまったが、採用する企業においては高い効果を感じている傾向があり、個別ニーズに対応できる手段として今後さらなる活用が見込まれる。組織での立場が上になるほど周囲からフィードバックを受ける機会が減る傾向があるため、外部のアセスメントやコーチングを通して徹底的に自分と向き合う機会を持つことの有効性が語られた。
中途半端な専門性では太刀打ちできない
前述のとおり、以前から取り組みを続けてきた事業責任者の育成施策に比べ、機能系CxO/ 機能トップのサクセッションは進んでおらず、戦略的な育成も緒についた段階といえる。現時点の育成方針としては、該当領域内で専門性を養うことを優先すると回答した企業は33%にとどまり、55%が損益責任を伴う事業経営まで経験を積ませたいと回答した。CxO/ 機能トップには専門性に加えて事業・経営感覚も不可欠であることを考えると、どちらの育成アプローチが正解かを断ずることはできないが、候補者の経験をデザインする際の指針となるだけに、各ポジションの特性を踏まえ慎重に検討したい。
資本市場からの期待と社会的要請が飛躍的に高まる中、投資家・株主からの鋭い指摘にCxO/ 機能トップが直接対応する機会が増えた場合は、中途半端な専門性では太刀打ちできず、ジェネラリストが説明責任を果たしきることは難しくなる懸念がある。サクセッションの本質が様々な将来シナリオへの対応力を担保することだとすれば、市場水準を上回る専門性の高い人材も後継候補者の中に確保しておきたい。事業責任者のサクセッション施策を通して自社文脈に精通した事業・経営感覚を持つ人材を一定数確保できる可能性が高いのであれば、キャリアを該当領域に限定し専門性を高めることを優先しながら事業・経営感覚も養成するアプローチも併用したい。
欧米企業の機能型CxO候補は専門領域でキャリアを形成
大手欧米企業20社の機能系CxOのキャリアを調査したところ、P&L 責任を伴う事業責任者としての経験を持つのは各役職を平均すると14% のみであった(CHRO22%、 CFO 19%、 CLO 0%、CRO 0%)(※)。総じて、機能系CxOはジェネラルなローテーションをはさまず該当領域における経験を積み重ねることで育ってきていることが判明した。市場水準を超える専門性の獲得を優先するキャリアにおいては事業責任を伴う役割を担う時間的猶予が無いことと、事業責任者としてより適性のある候補者が社内外に存在する中、育成を理由にポジションを与えることの合理性が担保できないことが理由のようだ。そのため、欧米企業においては、機能系CxO 候補が事業・経営感覚を獲得するために別のアプローチを採用しているケースが多い。CFO 候補に対するFP&A や子会社のCFO経験、CHRO 候補に対するHRBP 経験など事業に密接にかかわる職務を与えることを必須としている。
なお、選ばれた後継候補者本人へのコミュニケーションとしては、過半の企業で経営人材への期待を伝えるものの、具体的ポジションまで明言するのは15%にとどまる結果であった。該当ポジションに登用できなかった時の意欲低下を気にする声が聞かれたが、逆に強い候補者の引き留めとさらなる成長へのコミットメントを引き出すために本人への期待を明示するべきとのコメントも多く聞かれた。
(※) 「海外トップ企業の執行体制・経営幹部の経歴調査」(2023)
米・英・独の各業界を代表する計20社の経営トップチームの構成と経営幹部のキャリアを調査
D.外部人材の採用
外部採用を検討する企業が増加 ただし、機能させるには工夫が必要
多様性が経営チームの質を変える
今回の調査を通じて、経営チームメンバーの多様性を担保することの重要性に関するコメントが多く聞かれ、実際、トップチームに生え抜きではないメンバーを含む日本企業が増えている。特に、機能系CxO/ 機能責任者に関しては、これまで社内文脈に精通し人望もあるリーダーを優先する傾向が強かったが、外資系企業などで専門性を高めた人材を採用する事例が増加している。
前述の大手欧米企業20社の経営幹部 経歴調査(2023年)では、事業責任者の外部採用比率は12%にとどまり、平均在社年数も20年を上回る結果であった。欧米のトップ企業においても大組織を率いて事業を牽引するリーダーは内部昇進を基本とする傾向が示された。一方で、機能系CxO の外部採用比率は相対的に高い。外部採用比率が一番高いのはChief TransformationOffice(r 83%)で、社内で不足する能力を外から補完する動きが見られる。CFO の42.9%、C.Legal.O 33%、C.Risk.O 29%、CHRO 28%がExecutiveポジションで採用されていた。
日本企業においても、外部採用を検討しないと回答したのは13%にとどまり、生え抜き以外の経営幹部に対する抵抗感は薄れてきている。とはいえ、60%は社内に次期後継者が見当たらない場合のみの活用と回答しており、意識的に異能を引き入れる能動的な姿勢が一般化しているとは言い難い。
社外人材を活用するための工夫
経営チームに社外経験者を引き入れた企業においては、議論の質が飛躍的に高まり意思決定の精度が上がったことを実感する声が聞かれた一方、多様性の高いチームを機能させるために追加の努力が必要であったことも語られた。一時的に多様性を確保したとしても、相互に違いを認め活用する環境が整備されない限り、新しい価値の創出にはつながらない。欧米企業においては新しいトップが就任するたびに、経営チームを機能させるためのワークショップやアシミレーションを行うことが通常の慣習となっているが、大手日本企業の中にも同様の取り組みを実施する事例が増えてきている。優秀な社外人材を自社に取り込み、早期に機能させる組織としてのケイパビリティの有無が企業価値に影響を与える時代になりつつある。
