- 経営チームの変革
経営に変化をもたらす“ツール”としてのガバナンス
日本のコーポレートガバナンスにおいて、先進事例の一つといえるのがパナソニックグループです。2022年4月、それまでの「カンパニー制」から「事業会社制(持株会社制)」へと組織の大変革に着手するとともに、コーポレートガバナンスについても見直しを図った同グループ。この取り組みの実際や狙い、当事者としての思いなどを、グループのCHRO(最高人事責任者)・執行役員である三島茂樹さんが、グロービスの西との対談で明らかにします。(※本インタビュー記事の部署・役職、プロフィールは2023年1月取材時点のものです)
ホールディングスの取締役会の役割は事業横断的な判断
執行機能をすべて事業会社へ
西:2022年に組織構造を変革したパナソニックグループですが、まずコーポレートガバナンスの変遷についてうかがいたいと思います。
三島:組織について言えば、以前はカンパニー制でした。パナソニック株式会社の傘下に、1兆円から2兆円の事業規模を持つ社内カンパニーが4社。いずれのカンパニーにも多くの事業部があって、全体では30から40の事業部があることになります。そして、それぞれのカンパニー長は、パナソニック株式会社の取締役や執行役員代表取締役が兼任していました。
西:グループ全体の経営は誰の責任になりますか。
三島:パナソニック株式会社のCEOと各カンパニー長の共同経営という形です。そうなると、カンパニー長は、監督と執行、またグループ全体の経営と個々の事業の経営という一人二役を期待されていることになります。
西:それはかなり難しいでしょうね。
三島:そうですね。各カンパニー長は自分の管轄するカンパニーの事業推進と同時に、他カンパニーを監督する役割も果たします。それぞれが担当する事業の執行責任を問われる立場にあるわけですから、他のカンパニーに対して踏み込んだ指摘をしにくいという面がどうしてもあったと思います
西:それが事業会社制になって変わったのですね。
三島:そうです。2022年4月にカンパニー制を廃止し、従来のパナソニック株式会社をパナソニック ホールディングス株式会社(以下 HD)へ組織変更し、持株会社にしました。そして事業会社として新たにパナソニック株式会社、パナソニック オートモーティブシステムズ株式会社など7社を置き、それぞれに取締役会を設置しました。これにより、個々の事業に関わる執行機能はすべて、事業会社が持つことになったのです。
西:監督と執行がはっきりと分かれたのですね。
三島:その通りです。HDの取締役会が担う役割の本質は、新規事業領域の創造と強化です。事業会社の現在のポートフォリオの外側に目を向け、事業横断的な横軸のトランスフォーメーションを追求し、7事業会社の短期の利益最適の視点ではなく、業績数字の総和以上の効果を中長期的に出すことです。さらに言えば、人事戦略のほか、企業風土や企業文化を時代や環境変化に対応させることもその一環です。そして何より、取締役会の一丁目一番地とも言える目的が、経営者の人選ですね。
西:
経営者の人選には、指名委員会を設置するやり方もありますよね。
三島:ええ。実際、今の体制になったとき、社外取締役からも委員会設置会社にしないのかという質問は出たのですが、経営者の人選という観点ならば現状の構造、やり方で、経営者指名を最大限客観的にできる方法を続けるとお伝えしました。変化の激しい時代に対応するための後継者選びは、非連続であることが重視されます。だからこそ今度のトップは、「事業会社制のグループを経営できる人」という条件で選任されました。
西:それ以前のトップの決め方は、継続性を重視したトップが選ばれていたということですね。
三島:というより、後継者指名は正直、限られた経営関係者の中で決められ、ブラックボックス化しているところがあったという点は否めません。これだとトップが自分の路線を引き継いでもらえる人を後任に選ぶ可能性もあります。そうした議論や反省のもとに、あるべき姿を追求した結果、今の形になりました。前のパナソニック株式会社の社長だった津賀(一宏)は常に、社長になるには客観的な理由が必要だと強調していました。「企業とは社会の公器である」というパナソニックの価値観の反映かもしれません。
西:なるほど。そうした考え方が、新しいパナソニックグループにおけるコーポレートガバナンスにもつながっているのですね。
三島:ええ。コーポレートガバナンスは企業経営をレビューする手段の一つですが、経営層が常にレビューしようとするマインドを作る点も重要だと思います。
西:津賀さんの時代から、社外取締役の選び方や、どうあるべきかを模索していたことが大きいのでしょうか。
三島:そうですね。ただ新体制に移行する段階でかなり試行錯誤はありました。当初、社外取締役を決める要件として、個人の特定のスキルや専門性などのバックグラウンドを重視したこともあります。例えば、「グローバルな資金調達をする能力」といったことです。しかし社外取締役に必要なのは個々の属性ではなく、知見や経験のチームとしての多様性だとわかってきました。社外取締役は5年くらいのタームでのコーポレートアジェンダを想定し、執行側とやりとりする必要がありますが、ここにその知見や経験の多様性が役立ちます。
西:そこは非常に重要ですね。
三島:社外取締役の知見や経験は、会社を変えるための手段です。豪華な顔ぶれがそろっても、改革や課題解決に役立たなければ意味がありません。
西:アジェンダも変わっていきますから、社外取締役、社内取締役の構成を変えなくてはなりませんね。
社外取締役の知見や経験は、会社を変える手段
透明性の高いCEOの選抜
西:楠見(雄規)さんがグループ代表に就任されましたが、サクセッション(後継者育成)にはどのくらいの期間を見ていますか。
三島:まず、新たなグループ体制をスタートしたばかりですので、一定の期間は楠見がトップという体制を想定しています。中期経営計画を2度回すくらいの期間の中で、事業ポートフォリオの見直しなどを図っていきます。その間に、次期トップ候補を輩出するリーダーシップ・パイプラインをどう作るかを考えていきます。
西:前任者の津賀さんは9年間CEOを務められました。楠見さんの任期が長期になる可能性もあります。その場合はどうしますか。
三島:そこも想定し、性格や行動特性の面で経営者となる資質のある30代の人材を選び、彼・彼女らにビジネスの正念場、厳しい意思決定が必要な場を早い段階で経験してもらおうと考えています。
西:次のCEOを決めるときの透明性は担保されていますね。HDのCEOと事業会社各社のCEOでは役割も属性も異なり、上下でなく誰が最適かで人選されるということですね。
三島:そこは完全に認識が浸透しています。
西:
整理すると、HDに取締役会と執行役員会があり、事業会社7社にもそれぞれ取締役会と執行役員会があるという形はできました。では、コーポレートガバナンスをしっかり実行できるトップの共通点とはどのようにお考えですか。
三島:資金の妥当な調達・投資・回収、それと後継者育成。この二つができている経営者はコーポレートガバナンスもしっかりやれます。コーポレートガバナンスを使いこなすことが経営の成熟の度合いを表します。HDはそれを言い続け、訓練している段階だと思います。もう一つ重要なのは、経営者だけでなく、それを補強する経営企画、人事、経理、法務といったスタッフ部門の意識と能力です。これについても高めていく必要があります。
「適材適所」ではなく、「適所適材」の発想へ
適所のために適材を探す
西:新体制になって良くなった点は何ですか。意思決定のスピードは上がったのではないでしょうか。
三島:確かにスピードは上がりましたが、一つ一つの意思決定が全て妥当なのかどうか、これは現時点では何とも言えません。またパナソニックは製造業なので、製品力で差別化するプロダクトアウト的な発想に陥りやすいところがあります。そこにHDの視点が加わり、中長期の競争力はどうか、本当に市場はあるか、また未来の社会課題の解決にフォーカスが当たり、そこに新しい事業機会があるのか、ということを問いかけていく必要があります。そうすることで、事業の精度、確度は高まっていくと思います。
西:過渡期と言えるのでしょうね。
三島:過渡期であるのは事業会社の次のトップの選び方もそうです。あるべきは「適材適所」ではなく、「適所適材」。つまり、あるポジションの人材を選任するにあたっては、社内外を問わず人を探すべきです。しかし現状ではほぼ社内人材をうまく回すというやり方になっています。
西:日本では今、ジョブ型人事のことが話題になりますが、多くの企業で役員人事の運用はジョブ型になっていないということですね。
三島:その通りです。私が考えるジョブ型人事とは、ジョブディスクリプションは別にして、基本は「この職種」を「この期間」に「この報酬」で仕事をし、採用と異動は本人の意思なくして成立しないということです。しかし、パナソニックグループ内での導入検討はこれからです。
西:
社外人材にも視野を広げて人選するとなると、評価や報酬のあり方を今以上に考えなくてはならないと思うのですが、どう考えていますか。
三島:パナソニックグループについて言えば、私には報酬のストラクチャーにおいて業績連動の要素を強くし過ぎたかもしれないという反省があります。もっと固定部分の競争力を見ていきたい。社外から来ていただくために、報酬のあり方は非常に大切です。
西:事業会社の中には、マネジメント層でも中途採用が多い会社があります。
三島:そういう場合、可変部分が強調され過ぎると、中長期的な視点では期待が表せていないように見える可能性があります。STI(短期的報酬)だけでなく、LTI(長期的報酬)を拡充するといったことが必要でしょう。また、報酬は役割の大きさ、目標達成度、業績連動、株式からなりますが、ここに、個々人のコンピテンシー的な要素を入れるべきかどうか。社会的影響力、コミュニケーション能力などが抜群の人材、つまりベンチマークに出てこないバリューを出してくれる人にどう報いるかは今後の検討課題ですね。
アジェンダが先にあり、対応する仕組みを作る
西:コーポレートガバナンスの設計で大切なポイントは何ですか。
三島:コーポレートガバナンスは経営をレビューするための仕組み。ですから、経営陣はグループとしての中長期の主要なアジェンダを意識しながら、コーポレートガバナンスを考えるべきだと思います。取締役会が果たすべき役割としてコーチ、アドバイザー、モニタリングなど、いろいろな意見がありますが、それもアジェンダ次第で変化してよいと思います。
西:多くの形に対応できる柔軟性のある取締役会にすることですね。
三島:そうです。取締役会のジェンダー構成なども外形的に決めない方がよいと思います。はじめにジェンダー構成ありきではなくて、アイデアやバックグラウンドから取締役会のメンバーを考えることが大切です。もう一つ、ESG、人的資本経営など、大きなトレンドについて説明責任が果たせるようにしておくこと。これには社外取締役の知見が活きてくるはずです。
コーポレートガバナンスに正解はなく、各社各様であるべきだと感じました。対談では、「経営アジェンダが先、その後コーポレートガバナンスを考えるべき」という点が印象的でした。また、「コーポレートガバナンスの一丁目一番地はCEOのサクセッション」という点は、制度の目的を改めて実感しました。CEOによって経営の方向性と舵取りが変わるが故に、そのバトンを誰に渡すのか、長期に渡って様々な選択肢が必要です。だからこそ30代からタレント・パイプラインを構築することが必要不可欠になっていると思います。(西)