- 経営チームの変革
自己を見つめ直し、自分と経営の源泉を探る、経営層の自己変革
中央:株式会社セブン銀行 常務執行役員 人事部 総務部担当(株式会社セブン・カードサービス常務執行役員) 稲垣 一貴氏
右:株式会社セブン銀行 常務執行役員 セブン・ラボ コーポレート・トランスフォーメーション部 担当 中山 知章氏
企業を囲む経営環境は、技術革新、グローバル化、社会課題の多様化などによって、ますます複雑化しています。こうした混迷の時代における経営者の役割は、目指すべきビジョンを示し、強い使命感と自らの哲学に基づき、組織が向き合うアジェンダを定めることです。そのために、経営リーダー自身が学び続け、最先端の知と、自己認識を含めた「軸」を獲得することが欠かせません。こうした発想から設計されたグロービスのエグゼクティブプログラム「知命社中」。今回は過去の参加者であるセブン銀行の経営リーダーお二人に、リーダーの自己変革と経営へのインパクトについて語っていただきました。
経営を担うリーダーとしての悩み
福田:近年、人的資本経営の流れから役員育成への関心が高まってきています。セブン銀行は早くから経営層の育成に着手されていますね。お二人は経営層になられた時、ご自身の課題をどのように考えていたのでしょうか。
中山:都市銀行から当社に転職して一年ほど経ったときです。当社で役員に任命されて、ミッションこそ前職と同様だったものの、ビジネスの範囲も従業員数も状況も、何もかも違い、やり方を変えなければ、と少々悩んでいました。セブン銀行にフィットするよう、リーダーシップやマネジメントスタイルをリセットしなくてはと考えていましたね。そんな時に「知命社中」の話を聞きまして。私はもともと自分に自信が持てない性格でもあったので、リーダーとして、自信を持って組織を率いるために必要な心構えを改めて学び直せるのではないかと思い、参加を決めました。
稲垣:私は営業でしたが、取引先以外のところに積極的に出向くことはせず、自分でも内向きだという自覚がありました。その後、人事部門に異動したのですが、経験のない領域の部門に異動し、自分の軸は何か、これから会社をどうしていくべきなのか、と悩んでいました。私もなかなか自信を持てないところがあるんです。ついつい自分のマイナス要素に目が向いてしまうんですよね。
これからのリーダーに求められる“人間力”
福田:過去に十分な実績を挙げてこられたお二人が、「自分に自信がなかった」とおっしゃるのが意外です。何に自信を持つことができなかったのでしょうか?
中山:私の場合、その理由は二つあって、一つは知識の幅の狭さ。もう一つは、硬軟おり交ぜたリーダーシップやマネジメントができていないという自覚です。
稲垣:近年、求められるマネジメントの質も変わってきました。かつては数字つまり業績次第で役員になれた。今は人間力が必要です。私たちはパワーマネジメントから対人コミュニケーション重視のマネジメントへの変革期にいる気がします。
福田:従来の業績主義なら、お二人が自信を失うことはなかったかもしれないですね。しかし業績とは違う「何か」を求められ、その動力源を自分の中に見出せないことで、自信が持てない状況が生まれたとも考えられますね。
稲垣:パワーマネジメントの時代に育ったので、対話で推進するやり方に慣れていないこともあるでしょう。
中山:確かにパワーで進めれば成果は出ます。でも従業員は誰も喜ばない。大切なのは、何のためにこの成果を出すのかを考え伝えることだと気づかされました。そこが腹落ちすることで、人は初めて動くと思います。
覚悟、責任、自分らしさなど、自己認識をアップデートする
福田:そのような中、「知命社中」にご参加いただきましたが、どのような学び・体験が印象に残っていますか?
稲垣:非常に印象的だったのは、奈良の金峯山寺の長である田中利典師の「運は動より生ず」という言葉です。動かない限り、何も起こらないということですね。研修後、社に戻り、人事施策を思案する際にも内にこもって悩むのではなく、他社の人事に足を運んで意見を聞くなど、積極的な行動につながったと思います。もちろん当社の人間も一人ひとり異なるものですが、同じ場にいるとどうしても発想・思考が同質化して、閉じた議論になりやすいものです。それだけに、視座を高めたり、視野を広げる意味は大きかったと思います。
福田:行動すれば、状況は良い方向に変わっていくのですね。
稲垣:そうです。他にもさまざまな気づきがありました。常に明るく振るまおう、と心がけるだけでも違ってきます。
中山:私はリーダーシップ論のみならず、地政学やアートに関するプログラムからも大いに気づきがありました。自分を認識し直し、自分を信じることの大切さをあらためて意識させてくれる機会になったと感じています。
福田:「知」以外の部分で、覚悟、責任、自分らしさなど、「軸」の認識がリーダーの自己変革に重要だと言えそうですね。「知命社中」での経験を通して、ご自身ではどのような部分が最も変わったと感じていらっしゃいますか?
稲垣:自分がやってきたことを検証し、じっくり向き合えたことが大きかったですね。これまではそもそも、自分自身のことを考える時間がほとんどありませんでした。自分らしさとは何か、自分はこれで良いのかとあらためて自己を検証する機会になりましたね。加えてさまざまな企業の方から刺激を受け、社外を積極的に見るようにもなりました。
中山:私の場合、覚悟でしょうか。それまでは案件の企画書一つとっても完璧主義で、一分の隙もないものにしようという意識が強かった。でも今は部下に、まずは30点の出来でもいい、そこから考えよう、と割り切れるようになりました。「やらない覚悟」みたいなものですね。スケジュールに関しても、空き時間を作り、その時間は人に会うなどしてそこから新たな価値を作ろうと発想しています。
稲垣:わかります。上司がスケジュールいっぱいの人ではいけないと思うんです。社員が相談する時間すら作れないわけですから。
自分をさらけ出すことで組織も変わる
福田:お二人は組織変革に取り組まれていますが、どのようなリーダーシップを発揮されていたのでしょうか? 動き出した転機は?
稲垣:実は「いつの間にか」なのです。小さな方策でも連綿と打ち続けていると、従業員も含めて変わっていきました。「明るく振るまう」など、日々の態度、姿勢も大切にしています。これは本当に大事ですね。部下のミスに対しても昔は叱りつけていたところが、今は受け入れ、冷静に対応するようになりました。
福田:自分を受け入れることや、それが組織へ及ぼす影響などについて、中山さんはどうお考えですか。
中山:リーダーも、わからないことはわからないと言う方が良いと思います。「わかったふり」が一番いけない。正直に弱さをさらけ出して、周囲が助けてくれるのも良しとする。ただし「責任は自分が取る」というメッセージは欠かせません。それがメンバーの精神的な安全にもつながります。
福田:ヒエラルキーによる上意下達だけでないコミュニケーションが必要なんですね。
中山:何もかも一人ではできません。だから自分が周囲の10人を変えれば、その10人がまたそれぞれの周囲の10人を変える、そうして波及させていけばよいと考えています。もう一つ、私の場合は外部から入ったので“ 外様魂”みたいなものを捨ててはいけないとも思っています。
稲垣:大賛成です。20年も同じところで働いていると、どうしても同じ色に染まりますからね。
中山:取締役会などで社外取締役の話を聞くと、私たちとは違う視点なので驚かされることがあります。本来はその視点を自分たちが持つことが重要だと思います。
福田:同じ組織の慣性に浸っていると気づけない外からの視点を持つことは、経営を進化させていく上で大変重要ですね。
稲垣:「知命社中」を通じて違う企業の同等の階層の方々と共通の体験をし、何でも話せる仲間、同志のようになれたことも本当に貴重だと感じます。本心で語り合えるので、社内の人には話しにくい悩みも相談できる。仕事では皆さん、百戦錬磨の方々で、成長意欲も高いのですが、会えば子供同士のような雰囲気ですよ。今もおつきあいが続いています。本当は、会社の中でもそのようなコミュニティを創れたらいいと思いますね。
中山:私もそうですね。業種業態がまったく異なる方々と親しくなれたことはとても刺激になります。この年齢から仲間づくりができたのはすばらしい成果だと思います。
役員の意思疎通を円滑化する効果
福田:セブン銀行は、役員育成の一環として「知命社中」に継続的に役員の方を派遣いただいていますね。企業としての狙いはあるのでしょうか?
稲垣:当社は2年前に公式にサクセッションプランを策定しました。それに伴って役員の育成プログラムも整備、その一環として「知命社中」があります。企業人事としての大きな狙いは、役員が共通体験をすることで、互いの意思疎通や会話をより円滑にできること。自己認識、考え方の軸、成長意欲などをあらためて認識できる研修でもあるので、これからも派遣を継続していきたいと考えています。
福田:共通体験からコミュニケーションが生まれ、経営メンバーの意思疎通につながっているのですね。
中山:「知命社中」で学んだことは、ゲマインシャフト(共同体)思考的で、言語化が難しい部分も多い。けれども参加していない人にも共有できるように、表現を工夫し、言語化を図ることも私たちの役割だと思っています。
福田:最後に、今後のセブン銀行について、経営リーダーとしてのお二人の思いをお聞かせください。
中山:当社はコンビニのATMをドメインに成長を果たしてきました。そこには未知の領域にチャレンジしたイノベーションマインドがあったはずで、そこを経営陣にも若手社員にもあらためて伝えていきたいです。
稲垣:ATM のオペレーションは卓越していて人材もいますが、次の戦略を考えるときですね。
中山:構想には外を知ることも大切です。そのうえで、自分起点の発想で、セブンのケイパビリティを使って何ができるか、作れるかを考えることが必要だと思います。
福田:今後の一層のご活躍を応援しています。本日はどうもありがとうございました。
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