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富士通×グロービス共催セミナー 日系5社CHROが提言
企業価値向上につながる人的資本経営とは
人材を資本として考え、企業価値の向上や成長につなげる「人的資本経営」の確立は、今 、注目のトピックであり課題です。これをテーマとしたセミナーが2023年5月16日に、富士通とグロービスの共催により開催されました。今回は富士通株式会社 CHRO平松氏による基調講演と、丸紅株式会社 CHRO鹿島氏、平松氏、グロービス西によるパネルディスカッションのダイジェストをお伝えします。
[基調講演]
企業横断でCHROが討議 人的資本経営のフレームとは
「人的資本経営」の実践は今、喫緊の課題である。もともと日本企業は人を大切にし、長期雇用の中で時間をかけて社員に体系的教育を施すなど、人に投資をするのが特性だったはずだが、人的資本経営ができていないと評されるようになったのはなぜなのか。また情報開示の義務化が進む中、経営と人事の連携などに取り組むより、開示自体を目的にしているような傾向も見られることに私個人としては違和感もあった。
しかし理由はどうあれ、こうした課題が出てきたことは、人事にとって一つのチャンスだと考えられる。人事の戦略や施策が、企業の成長や業績向上に貢献できることをストーリーとして説明し、人材への投資をより積極的に促すことができると思うからである。しかしこうしたことは一社だけより、複数社が集まって考えた方が良いはずだ。そこで、人事の分野で先進的な取り組みをしている5社(富士通、パナソニックホールディングス、丸紅、KDDI、オムロン)のCHROに声をかけ、グロービスのファシリテーションのもと実践的な議論を行い、情報発信をすることをめざした。これが2022年3月に始めたCHRO Roundtableだ。
その成果であるCHRO Roundtable Reportの中では人的資本経営を深めていく「人的資本価値向上モデル」を提示している。これを結実させるまでの議論自体も、非常に大きな意味があったと思う。その進め方はこうだ。まず各社が持つ理念、パーパス、ビジョン、そして課題や注目事項などをどんどん出してもらい、整理していく。すると、モデル化が可能であることが見えてきた。そこで、「人的資本価値向上モデル」と名付けた一つのフレームを作り、各社の事情や条件に合わせて、人事施策、人材育成・登用などの流れをここにマッピングしていくと、一つのストーリーを考えるための体系図ができる。次にそれに必要なKPI設定、モニタリング、データ活用の在り方を議論し、決めていく。最後に、完成したモデルに合わせたストーリーで各社が人事の施策を発表し、フィードバックしてもらった。この行程は、非常に勉強になるとともにこれまでにない刺激的な挑戦だった。
こうした中で、「人的資本価値向上モデル」には二つの取り組みがあることが見えてきた。
一つは企業として成果を生むための取り組みである。企業は、理念やパーパスの実現に向けて、ビジョンや戦略を立案し、利益を上げるという活動をする。そのために、人材ポートフォリオを描き、どのような人材が何人くらい必要かという要件定義をし、人材の獲得や配置を決める。人事部門は、ビジョンや将来の業績の実現を、人材ポートフォリオによって支援するともいえる。
もう一つは、組織風土や社員のマインドに関わる持続的な効果を生む取り組みである。具体的にはエンゲージメント向上、人材流動化、個人のキャリア意識などに関わる。これは成果を生む取り組みを、より効果的にするものだ。持続的な効果を生む取り組みについては、業績との因果関係を実証することにはあまり価値はないと思っている。それよりもフレームの中で、項目同士の関係をモニタリングしたり、KPI化したりしながら、うまく管理し循環させていくことが重要である。
CHRO Roundtableでは、富士通の蓄積したデータを積極的にオープンにした。人事に関する指標(流動性など)と、業績の数字(一人当たり売上高の伸び率)などを出し、その相関を探った。それを俎上に載せ、他社のCHROと議論をしていくと、要素間のさまざまな相関関係が見えてきた。さらにそれをもとにして富士通の人的資本経営のイメージをストーリーとして組み立てた。富士通には、DXカンパニーへと転換し、持続的成長をめざすというパーパスがあり、それに必要な事業ポートフォリオがある。このことを前提に、求められる人材ビジョン、人材ポートフォリオを明確にし、それらを実現するための人事施策、人事管理、教育などを検討した。例えば、エンゲージメント向上には、個人の意欲、組織ビジョンの共有などが有効ということが定量的に証明されたことで、それに必要な施策を講じる、といった考え方である。
今回のようなモデル、手法ができたことによって、人事施策をわかりやすく、一貫性のある形で説明でき、理解を促進できたと感じている。CHRO Roundtableでは人的資本経営について各社のCHROから客観的な意見と知恵をもらうことができた。同時に自社の強みも再認識できた。そして何より今後の改革への勇気をいただく貴重な経験ができたことを深く感謝している。
[パネルディスカッション]
CHRO Roundtableを経て見えてきた、人的資本経営の本質と可能性
経営戦略とつながる人材戦略の意味
西:まずパネリストのお二人に日本企業におけるCHROの役割についてのお考えをうかがえればと思います。
平松:私は富士通の執行役員・人事本部長でしたが、CXO 体制になり、CHROを拝命しました。CHROは経営戦略の中の人材戦略をCEOや他のCXOとともに作り、実行に責任を持ち、障害があれば改革します。これに加え、戦略的人事を行うのもCHROの役割だと思っています。
鹿島:丸紅で2017年から6年間人事部長を務め、この4月から当社初のCHROとなりました。私は経営戦略と人材戦略をつないでいく役職だと思っています。そして、人材戦略の新たな策定に加えて、作った人材戦略が経営戦略から乖離しないようにすることが大切だと認識しています。まだまだこれからですが、模索しながら前進していきたいですね。
西:「人的資本経営」というキーワードが出てきたのは数年前ですが、それが出てくる前と、今求められていることを比べたときの違いはどうですか。
確かに人事部長時代にも人材戦略を作り、社内に説明していました。しかし当時は、人材戦略を経営戦略上の必要性から説明することはあまり意識していませんでした。経営視点からの説明に関係する部分はわずかで、人事の行った制度改革を人事の視点で説明することが大部分でした。そこが現在の人的資本経営との大きな違いですね。
平松:当社が実施している投資家向けのESG説明会で、人材戦略について聞きたいと言われたことがあります。そのとき社外の投資家に理解していただけるほど練りあげた人材戦略があるのかと考えざるを得ませんでした。また人への投資は意識していましたが、業績や成長というリターンを想定して人材へ先行投資する発想は乏しかったことに気づきました。この二つが大きな変化ですね。
西:人材戦略についてプレゼンしたとき、投資家が投資したくなるような説得力を持つか。つまり、この会社が中・長期的に成長すると判断できるような、ロジカルな人材戦略やストーリーがあるかが課題です。しかしこれを可視化して説明するのは難しいですよね。
鹿島:一義的には投資家向けの説明なのかもしれませんが、私は実は社員もこういう説明を求めていたのではないかと、最近、特に思うようになりました。
西:今、さまざまな企業が、可視化や説明責任を果たす努力をされていますね。そうした中で、過去との違いを踏まえて現在の人材戦略や施策について話していただけますか。
富士通がパーパスドリブン企業になると決断した頃から人事にも変化が出てきました。従来は現状の課題を見て、対症療法的に施策を出していたのですが、ありたい姿や将来の世界像からバックキャストして、人材像を描く、人材戦略を策定するといった姿勢になってきたと思います。みんなが向かう方向を信じて進むにはこのやりかたでないと難しいことがわかってきたんですね。
鹿島:CHRO Roundtableが始まった頃、富士通のデータを見せていただいて圧倒されました。当社ではとても、ここまでのデータを蓄積できていませんから、ここから始めなくては、と考えました。今、行っていることとしては、エンゲージメントサーベイの結果などを深掘りすることです。組織と個人の間にはエンゲージメントが存在しているので、それがどうなっているかを明らかにすることは人事のアウトプットとして有効だと考えたからです。部署、階層、年齢、性別などによるクロス集計、分析をしていきます。エンゲージメントと言うと、どうしても全社平均スコアが何点、といったことが注目されがちですが、部署や階層ごとに考えることがとても大切です。例えば部署ごとの課題を発見したら、改善プロジェクトを走らせます。従来はここまで細やかな対応はしていなかったので新しい成果であると思います。
人的資本経営をデータで可視化、ストーリーで語る
西:この5、6年は組織や人のデータの可視化が進み、企業がそれをどう経営に活かすかを考えるフェーズに入ってきたと思います。CHRO Roundtableの5社だけでなく、日本企業全体が変わっていけばと考えているので、5社に限らず、他社でも再現できるノウハウ、プロセス設計、課題などは今回のレポートですべて開示しています。
平松:初回はいつか日本の企業の参考になるアウトプットができたら、くらいの思いでしたが、CHROの方々と議論し、アイデアを熟成させ、考えれば、成果は出るものだと実感しましたね。
西:個人的には、人的資本経営を一つのモデルに落とし込めたのは最初のブレイクスルーだったと感じています。ファシリテーターを務めて感じたのは、5社のCHROはいろいろな試みをしてきたこと、そしてそれらを構造化してから見ると、大きく二種類があることです。一つは「土壌づくり」で、ESGのSの中のエンゲージメントなどです。図2の赤の部分ですね。もう一つは種を蒔いて収穫する、つまり「成果創出」で、青の部分です。これらを可視化できたことが有効だったと思います。
鹿島:この気づきは非常に大きかったですね。それぞれの項目のつながりもかなり議論したので、ストーリーに落とし込みやすくなったと思います。
西:CHRO Roundtableが成果を出すうえで大きかったのは、平松さんが富士通のデータをすべて開示してくださったこと。そこには平松さんの思いがあったのですか。
人事はデータを豊富に持っていますが、それを人材施策やビジネス戦略に活かしきれていないことは感じていました。もう一つ、データ分析自体は本質ではないと思ったので、あまり時間をかけたくなかったんです。本質は専門性を持つ方々を巻き込んでデータを活用、ナレッジを蓄積し、それを使いこなして戦略や施策を立案すること。ならば、さまざまな知恵、経験を持つCHROの方々に素材として使ってもらうことが望ましいし、その方が私たちにとっても大きなメリットがあると考えました。
鹿島:実際の分析や結果を目の当たりにしたことには大変インパクトがありました。データに基づいた人材戦略はこれからの人事の機能として、社内でやるか社外に出すかはさておき、必須だと思いました。
西:必ずしもきれいなデータが取れるとは限らないなど懸念もありましたが、平松さんはどうお感じでしたか。
平松:データ分析作業に携わった方々は試行錯誤で大変だったと思います。まずはどういうデータが必要かというより、とりあえず使えそうなデータだけでやってみたわけです。そこから今度は人事データとしてこれを使いたい、という欲が出てくる。そうなれば絞り込めるという感じですね。
モデルで一度、試作をし、仮説を立ててから取るべきデータを考えた方が効率的ということですね。さて、今回はこのように、人事と経営の指標の相関関係までは導くことができました。次のステップはどう考えていますか。
平松:ここまで来たら、因果関係の把握にチャレンジしたいですね。年数が経てばさらにデータやフィードバックも増えるので、可能かと思います。
当社は、まずは十分なデータを整備するのが最優先ですね。それとデータを扱う人員をそろえることに力を入れたいと考えています。
西:人事戦略において、ストーリーを作成することの意味や力についてはどう捉えていますか。
鹿島:説明する側から聞く側に回って、人事制度を経営戦略と結びつけて説明していただいたことは刺激的でした。社内外でこれを実践していきたいです。
平松:対内的には、社員は、さまざまな人事制度や人事施策に対してそれが何の役に立つのか、曖昧にしかわからない感じがあったと思います。ストーリーを立てることで、それが腹落ちして理解できるようになると思います。また対外的には投資家、就職志望の方々などに、より魅力的な説明ができることを期待しています。
西:同じ社内の事業部長や部門長に対しても、数字、ストーリーが一体となった形で人事施策を説明すれば、より理解を得やすくなるし、結果として実行しやすくなると思います。今後、今回出てきた知見を、ぜひ各社で活用いただき、その成果を語っていただきたいと思います。
中央:富士通株式会社 執行役員 EVP CHRO 平松 浩樹氏
右:丸紅株式会社 執行役員 CHRO 鹿島 浩二氏