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インタビュー
  • 経営チームの変革

圧倒的なスピードで成長を続ける連邦経営

2023.11.13

日本におけるフィンテックベンチャーの雄、マネーフォワード。事業を軌道に乗せる速度も、そこから上場までの速度も圧巻で、現在も高い成長率を維持し、ベンチャーならではのパッションも健在です。特徴的なのは、多くのサービス・企業を傘下に収めつつ、多彩な事業展開に挑んでいること。急速な成長の秘訣、さまざまな企業をグループに迎えて可能性を引き出す考え方など、その経営の核心を、マネーフォワード創業者でCEOの辻庸介さんにグロービスの西がうかがいます。(※本インタビュー記事の部署・役職、プロフィールは2023年6月取材時点のものです)

いずれ上場するなら最速を目指そうと

圧倒的なスピードで上場を達成

西:

まずはマネーフォワードの創業から上場に至るまでのお話をうかがいたいと思います。

辻:

起業の大きなきっかけはネット証券の登場、普及です。対面や電話での取引の激減、手数料引き下げ、世界中の機関投資家の参加など、環境が激変し、カスタマーペインが明らかに変わったと感じました。当時、私はマネックス証券の社員でしたから、この変化に対応して新しいプロダクトを作りたいと考えていました。

西:

マネックスの新規事業として考えていたのですね。

辻:

はい。それで松本さん(マネックスグループ創業者・現マネックス証券代表取締役会長の松本 大氏)に、提案し続けていたんですが、リーマンショック後ということもあって、結局、形にはできなかった。それで起業を決めたのです。私が狙ったのは、言わばフェイスブックのマネー版で、マネーブックというものでした。

西:

結果はどうでしたか。

辻:

なかなか思い通りにはいきませんでした。マネーブックはユーザーの資産状況をシェアできるオープンなサービスですが、オープンと金融は相性が悪いことに気づき、クローズドに変え、またスマホに特化して、マネーフォワードME(以下、MFME)というサービスを作りました。これが少しずつ認知されてユーザーが増えていきました。

西:

早くもその1年後には法人向けのクラウド会計のサービスをリリースされました。すごいスピードですね。



株式会社マネーフォワード 代表取締役社長 CEO 辻 庸介氏


辻:

MFMEの仕組みは会計にも活用できると思ったので、確定申告の時期に間に合わせようと3ヵ月で開発しました。社員数がまだ10人以下の頃ですから、毎日、終電までといった熱狂的な状態で仕事をしていましたね。

西:

そこからは順調にユーザー数を増やしていかれた?

辻:

創業以来、順調と思ったことは一度もありません。製品をリリースすると、足りない機能をユーザーからフィードバックいただく、やっと解決できたと思ったらまた新たな課題を教えていただき、その解決に取り組む。そんなサイクルを11年間、ひたすら繰り返してきた感じです。

西:

2017年には東証マザーズに上場されましたね。これほど短期間での上場も驚異的です。何か秘訣のようなものはありましたか。

辻:

こういう表現が的確かはわかりませんが、怖いもの知らずと言うか「無知であること」は結構大事だと思います。JAFCOさんから5億円出資していただいたとき、当時の売上高は300万円くらい。振り返れば、無知だからこそ橋を渡れたとも言えます。

西:

常識にとらわれなかったということですね。その力はどこから来たのでしょう?

辻:

フィンテックのIPOの第一号になろうという目標設定はしていました。お金に関するビジネスだけに、信用、資金調達、人材採用など、あらゆる点で上場のメリットは大きい。どうせ上場するなら最速でやろう、と。

西:

実際にとてつもない速さで上場されたのですから順調には見えます。大変だったことは何ですか。

辻:

上場前後の時期でしたが、あまりに急成長して組織がばらばらになりかけたときですね。急成長のときは現場にすごく負荷がかかる。当然、ユーザーの要望にも対応しきれない。システム的にも、一定の規模を越えると、新規機能をリリースできなくなってくる。というのは、従来からの機能で安定的に使いたいお客様が増えてくるので、そこにリソースを割くからです。それで、1年くらい新機能を出せなくて、これは苦しかったですね。それで経営のやり方を変えたんです。

西:

どのように成長を作り直したのですか。

辻:

二つあります。一つは企業としての価値観やカルチャーを定義し、それをみんなで共有して発信すること。もう一つは、短距離走から中距離走へとペース配分を変えることですね。立ち上げのときはパッションで前進できるけれど、ずっとその勢いでは走れないので。

西:

私から見ると、今も短距離走しているようなスピード感ですよ。今でも毎年30%という成長を当たり前のようにしています。

辻:

これは業界のオーガニック・グロースレートが高いこともあると思います。仮に業界の成長が平均で20%だとすれば、私たちは業界のトップを目指しているのだから、当然それ以上を、と考えるわけです。大切なのはミッションのためにやるべきことと、現実的な成長とのバランスを取ることだと思います。

ユーザーに近い人が意思決定すべき

グループジョインによって成長の山を作る

西:

コアなプロダクトで長く経営していく方法もありますが、辻さんは違いますね。さまざまな事業をするためにM&A、辻さんの表現を借りれば、グループジョインをしていった。なぜそういう志向になったのですか。

辻:

プロダクトやサービス自体の持つグロースレートはあって、そこはしっかり確保していきますが、それにプラスアルファで伸びる部分をつくる動きを、戦略的にやっているということです。名著『両利きの経営』にも、既存事業の「深化」と新規事業の「探索」が説明されていますが、あれを読んで、これこれ ! と思いましたね。

西:

コア以外のプロダクトの入手や、グループジョインを行うときはどういったことを考えていますか。

辻:

プロダクトや事業が成長途上のタイミングである企業とご一緒することが多いですね。当社が手がけた最初のM&Aは上場後すぐです。市場の急成長があり、このタイミングを逃したくなかったことが大きい。事業が伸びると、多数の企業が参入してきますから、企業の成長後にグループジョインを狙ってもうまくいかないと思います。社員も辞めてしまうことが多い。

西:

いわゆるプロダクトライフサイクル理論でいう成長期に買うわけですね。

辻:

そうです。プロダクトを作るのもグループジョインしてもらうのも“成長の山をたくさん作る”という考え方です。

西:

なるほど。新たな成長曲線を作るためのグループジョインですね。

辻:

私たちは自分でプロダクトを作る力を持っていますが、例えばそれをやるには2年かかるとしたら、既にそうしたプロダクトを持つ企業にグループジョインしてもらおう、という判断をすることも選択肢に入ってきます。

西:

そうやってグループジョインしてもらった企業の統合ですが、一つのチームや事業部として運営するのではなく、独立した経営で良いと許容している感じですね。連邦経営というか。

辻:

おっしゃる通りですね。私自身がこれまでずっと、スモールチームや権限委譲されて仕事をしてきました。その経験から言うと、ユーザーに近い人が意思決定できるほど、正確で、速く、良いプロダクトができる。小さなグループ会社が自らの意思で動くのは、まさにそれを実現することです。

西:

大企業だと、グループ会社の経営に口出しすることがけっこうありますが、辻さんはあまり関与しないやり方ですね。



株式会社グロービス コーポレート・エデュケーション フェロー 西 恵一郎


辻:

単体でやっていけるような魅力的な企業にジョインしてもらうには、単体のとき以上の成長を実現するように私たちが役立たなくては、と思っています。大企業の新規事業やスタートアップのコンテストの審査をする機会をいただくことがありますが、アイデアに対して欠点の指摘をする様子を多く見かけるんです。指摘だけでは、そこに価値の創造はあるんだろうかと。

西:

そうですね。指摘するのは簡単ですからね。

辻:

本当に難しいのはエグゼキューション(実行)です。ですから私が大事だと思うのは、何かをやりたい人がそのパッションを持ち続けられるようにサポートすることと、明らかに筋の悪い部分があればそれを意見として伝えることくらいです。

西:

マネーフォワードをプラットフォームとして活用してもらい、利用の仕方については各社に任せるということですね。

辻:

そうです。ただマネジメントチームの能力は冷静に判断しなくてはなりません。理想論と実際にできることにはすごく差があるので、絵に描いた餅ではいけない。そのあたりは個別に対応していく、各経営陣との定期的なミーティングを通して、価値観を擦り合わせたり、戦略を練り直したりしています。

人の可能性は無限大だと思っている

自明なことは走りながら変えていく

西:

ジョインした企業の経営者にとって辻さんはどのような存在ですか。比喩的な表現でかまわないのですが。

辻:

壁打ち相手みたいなものでしょうか。

西:

いわゆる上司らしい感じはなくて、ポジションパワーを使わないフラットな関係ですね。

辻:

人は、上から言われても、腹落ちしないことは行動に移さないものだと思っています。逆に、本人が、そうか ! と気づいて初めて行動につながります。

西:

グループ会社の中からは、スマートキャンプのように上場を目指す企業も出てきました。主にガバナンスの面から親子上場には批判的な人もいますが、辻さんなりの親子上場の形ができるかもしれませんね。

辻:

そうですね。私は人の可能性は無限大だと思っています。本当にやる気があれば人は変わります。特にベンチャー企業の場合、主体的に何かをやりたい人が集まり、ゼロから何かを作り、新しい価値を生み出します。その価値を社会は割と低く見積もっている気がします。また、上場に際してのミーティング一つとってもリアルMBAのような、一種の教育機会にもなっていると感じます。



株式会社マネーフォワード 代表取締役社長 CEO 辻 庸介氏


西:

マネーフォワードではグループジョインした企業の経営陣がグループ全体の経営に参加しています。それまでとは異なる役割に移しているわけですが、どのように人材の統合を図り、機能させていますか。

辻:

皆さん、一国一城の主で来た方々で、ジョインしたときは辞める気満々という人もいます。人の気持ちを制限することはできませんが、その人が人生で何をしたいのかを聞き、当社の状況を話し、こういうポジションで助けてもらえませんか、とお願いをしています。

西:

経営に携わる人材が主体的にポジションを変え、違うステージでチャレンジしていることには驚かされました。また、私は御社が社員数1,000人くらいのとき、次の年に800人を採用すると表明していたのを覚えています。これも衝撃的でした。大企業だったらできない発想です。どのように考えているのですか。

辻:

戦略上、何がセンターピンなのか、人・モノ・カネのロジックに合致しているか、リスクはコントロールできる範囲なのか、といった基本的なことで、そこにはあまり迷いはありません。ただ私は既にわかっていることを決めるのに時間をかけたくないという思いが強い。しなければならないことがはっきりしているならば、走りながら直せばよいという意識があります。

西:

社員数が2,000人規模でも、未だにこの疾走感はすごい。2,000人といったら大企業の事業部規模です。

辻:

以前、長くお世話になっている外部の方から、当社の強みはトラスト(信頼)である、と言われました。私は、社内で売上目標を語ることはあまりありません。ひたすらユーザーフォーカスを追求してきました。そこに安心感を感じていただけるのだと思います。

西:

私もここ2年ほど関与させていただいている経営合宿ですが、年に4回、と非常に大きな投資をされています。ここで拘っていることは何ですか。

辻:

経営合宿には四つの目標があります。一つは、私が考えていることと現状認識の一致、つまり脳内同期。次に、経営メンバーの能力アップ、第三に、今の会社の課題について議論し、アイデアを出し、何をするかを決定すること、最後に、相互理解と信頼、つまりメンバー同士が仲良くなることです。

西:

トップが考えていることを話し、経営メンバーとじっくり意見交換をする。経営合宿が、各サービスの経営チーム、グループ全体の経営メンバーの認識や考え方を揃える場になっているのですね。そしてこれを3ヵ月という短いスパンでテーマをローリングしていくことで、急速な成長がつくられていくのだと認識しています。

為すべきを為せば自然に成長できる会社でありたい

ユーザーと接しているときしか価値は生まれない

西:

辻さんのリーダーシップのスタイルは、ユーザーと接するフロントを最も重視し、それを背後から支えるというCollective Genius(集合天才)型だと思います。

辻:

ドラッカーの言葉に、「ユーザーと接しているときしか価値は生まれない」というのがあって、これはとても腹に落ちました。社内でいろいろと試行錯誤しますが、結局、お客様に伝わらなければ意味はない。ただ、うまくいっているときは背後からサポートしますが、困難な案件のときは私が自ら先頭に立ちます。難しいけれどインパクトのある新規事業は自分がやらなくては、とも思います。そこは使い分けをしていますね。また当社はCXOのクオリティがすごく高いのでありがたいと思っています。

西:

まさに一人ではなく、集合天才型なのですね。さて今後についてうかがいます。規模の大きい、例えばBtoBのマーケットを狙うとなると、グループジョインも規模が大きくなるのでしょうか。また、日本で磨かれたプロダクトを海外で展開するのでしょうか。

辻:

M&Aは劇薬なので、仮に大規模マーケットを目指したからといって、すぐにできることではありません。時間をかける必要があります。時間軸とマーケットを考えながらということになるでしょう。海外については、ユーザーフォーカスを重視するので当然、現地の人にやっていただくべきだと思っています。

西:

最後に辻さんの理想の経営とは?

辻:

売上や成長は目標ではないですね。現場の一人ひとりが、無理せずに、やるべきことをやっていると、ユーザーに素晴らしい価値を提供し、結果として自然に成長できていること。自分としては、それが可能になる戦略を作りたいと考えています。

西:

本日はありがとうございました。今後の一層のご活躍を応援しています。





対談を終えて

大企業のリソースとスタートアップのスピードを両立することができれば、非常に強い組織が作れると考えます。2,000人規模の組織で年率30%の成長を持続させているマネーフォワードの経営は驚異的ですが、ユーザーフォーカスを最も重視し組織メンバーの自律的な動きを背後から支えるという辻社長のリーダーシップスタイルが、スピード成長やイノベーションの鍵になっていると感じました。非連続的な成長をどのように実現するか、経営チームやリーダーシップをどのように作っていっているか、グローバルでどのように成長していくか、参考になるポイントが多い対談となりました。(西)

株式会社マネーフォワード 代表取締役社長 CEO 辻 庸介

株式会社マネーフォワード
代表取締役社長 CEO
代表執行役員CEO

辻 庸介 / Yosuke Tsuji

1976年大阪府生まれ。2001年に京都大学農学部を卒業後、ソニー株式会社に入社。2004年にマネックス証券株式会社に参画。2011年ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。2012年に株式会社マネーフォワードを設立し、2017年に東京証券取引所マザーズ市場へ上場、2021年に第一部へ市場変更(2022年4月に市場区分の見直しに伴い、プライム市場へ移行)。2018年2月 「第4回日本ベンチャー大賞」にて審査委員会特別賞受賞。新経済連盟幹事、経済同友会 幹事、シリコンバレー・ジャパン・プラットフォーム エグゼクティブ・コミッティー。

株式会社グロービス グロービス・コーポレート・エデュケーション フェロー 西 恵一郎

株式会社グロービス
グロービス・コーポレート・エデュケーション フェロー

西 恵一郎 / Keiichiro Nishi

2000年三菱商事に入社。グロービスでは法人向けコンサルティング事業で、リーダー育成、組織開発を伴う組織変革に一貫して従事。2011年から中国法人立上げを行い、2017年から2023年6月まで法人事業の責任者を務める。現在は、グロービスのフェロー、富士通株式会社のCEO室 Co-Headとして全社経営戦略を担う。

※本インタビュー記事の部署・役職、プロフィールは2023年6月取材時点のものです

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