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企業価値向上に欠かせない経営チームのアップデート ~PBR問題から考える進化の必要性~

2025.02.27
集合写真

日本企業が後れを取るPBR

長年、日本企業や資本市場における大きな課題とされてきたのが、PBR(株価純資産倍率)の低さです。

2014年に発表された「伊藤レポート」は、日本企業のPBR の低さを指摘し、経済界に大きな衝撃を与えました。それ以降、多くの企業で改革が進められてきましたが、現在もなお、多くの日本企業と欧米企業の間ではROE(自己資本利益率)やPBRに大きな差が残っています。このまま日本企業の“ 稼ぐ力”が十分に発揮されない状況が続けば、投資家の関心が薄れ、新たな成長事業への投資が進まず、さらなる成長機会を逃すという悪循環に陥る可能性があります。「失われた30年」という言葉が示す日本全体の停滞感を脱却し、企業が持つ本来の“ 稼ぐ力”を引き出していくためには、戦略のみならず、「金融資本」と「人的資本」を意識した三位一体経営が今後一層重要になるのではないでしょうか。

事業ポートフォリオの組み替えが有効

PBR は、ROE×PER(株価収益率)で示されます。ROE の向上には、収益性改善、資本効率の最大化、財務基盤の強化などが必要であり、PER の向上には、投資家の期待を高める成長戦略や将来性の訴求が重要です。

ROEの向上に有効な手法として、事業ポートフォリオの見直しと組み替えを行うポートフォリオ経営が注目されています。稼げない事業は縮小し、稼げる事業に集中することで、全体として企業価値を高める取り組みです。その成功企業の例として挙げられるのがソニーです。2010年代初頭に業績不振に陥ったソニーは、PBR1倍を割り込んでいましたが、2012年に平井一夫氏が社長兼CEOに就任して以降、事業ポートフォリオの再構築、将来性の高い分野への経営資源の集中を行いました。これによって、ROE向上とPER 改善を実現し、PBRも大幅に上昇しました。

しかし、事業ポートフォリオの再構築だけでは、変革がうまく進まないケースも散見されます。新たなポートフォリオに合わせ、金融資本や人的資本の再配置を進め、それを全社的な戦略と整合させることが重要です。その実現に向けて鍵を握るのが、例えばCxO 体制等による経営チームの存在です。CEO(最高経営責任者)、CFO(最高財務責任者)、CHRO(最高人事責任者)が、それぞれの専門性をもとに視点を共有しながら連携することで、全社的な経営戦略を一貫して進める基盤が生まれます。

一方で、経営チームのアップデートにはいくつかの難所が挙げられます。特に日本企業においては、従来の財務責任者や人事責任者が担ってきた伝統的な役割認識とは異なる視点が必要になる場面がよく見られ、それが変革を進めるうえでの障壁になります。



三位一体経営の必要性(これまで)

三位一体経営の必要性(これまで)

戦略とリソースの分断
戦略とカネ・ヒトが分断されがち。結果として戦略実行が不十分。また、戦略は事業戦略が、カネは経理・財務管理が、ヒトは人事管理が中心であり、連動したとしても企業価値が大きく上がらない。

変化する機能トップの役割認識を考える

従来、「財務責任者」は財務管理に注力する一方で、戦略的な投資判断や資本配分に関わる機会が限られていました。PL ベースの管理業務に重点が置かれ、資本コストを十分に意識せず、利益率向上だけに偏ってしまうことがありました。

しかし、企業価値を高めるためには、投資戦略に投資家の判断や株価の視点を反映させることが求められます。最近では、投資コストを考慮した指標であるROIC(投下資本利益率)に注目する企業が増えています。これからのCFOには、資本効率を重視した投資戦略の立案や実行が期待されます。

また、従来の「人事責任者」の中核業務は人事管理が中心でした。昇進・昇給、人事評価、採用、育成・研修など、業務領域が多岐にわたるうえ、日本企業では人事が管理部門であるという意識が根強く、戦略への関与が限られてしまう場面が多くありました。

しかし、人事は経営戦略の重要な一翼を担う存在でもあります。事業ポートフォリオを変革すれば、それに伴って必要な人材や能力のポートフォリオも変わるのは当然です。だからこそ、CHROはCEOと積極的に対話し、どのような人材や組織が必要なのか、その人材をどう育成し、どこから調達するのかといった課題に取り組むことが求められます。これによって、人事が「攻める人事」へと進化し、経営全体に貢献できる基盤が整います。

そして、変革を進める中では、従来の価値観や仕組みから生じる反発やハレーションが避けられません。だからこそ、経営メンバーは前に進める強い意志と覚悟をもち、健全な議論を重ね、意思決定・実行していく必要があります。レゾナック髙橋社長のインタビューからも、戦略・金融・人材を一体化させ、経営チームが一枚岩となって前に進めていく姿勢が、変革を次のステージへと押し上げる原動力になることがわかります。ただ、実際には、「言うは易く行うは難し」です。特にCEOが自身の経営チームを自由に組閣できなかった場合、理論よりも感情論が先立つ発言があったり、役員間の暗黙的な相互不可侵条約のもと管掌外の内容には発言を控える場合が散見されます。CEOが自身の在任期間の大半を無駄な内戦に費やさないようにするには、外部ファシリテーターを活用した経営合宿や経営会議を行うことで、経営メンバー間の関係性や議論の内容を改善していくのも1つの有効な打ち手となります。



三位一体経営の必要性(これから)

三位一体経営の必要性(これから)

全社戦略に基づく資本の連動
戦略とカネ、ヒトが連動することで確実な戦略実行を実現。戦略もポートフォリオ経営を重視した全社戦略重視、カネ・ヒトも戦略的知見を加え、金融資本、人的資本として捉え、連動していくことで、企業価値向上が期待できる。

CEOの役割と経営リーダーの育成

CEOは、CFO やCHROと議論を重ね、経営チームを牽引し、変革の実現に向けてリーダーシップを発揮します。多様なステークホルダーに対し、長期的に「我々の企業は何を目指し、何を価値とするのか、どのような方向性で進むのか」を伝え、投資家や社会に明確なパーパスを示す役割を担います。

また、持続的に企業価値の向上を目指すには、中長期の視点で次の経営者を育成することも重要です。近年、CxO の外部登用が主流になりつつありますが、外部の人材は即戦力である一方、自社の文化や価値観に適応するには時間がかかるケースも少なくありません。単なるポジションとしての経営者ではなく、自社の未来について深く考え、本質的な議論ができる真のリーダーを育成することが、企業の持続的な成長につながります。それだけに、早い段階からサクセッションを行い、次世代の経営陣となる人材の発掘や育成を仕組み化していくことが極めて重要です。

このように、経営チームのアップデートは企業価値の向上につながると考えます。こうした変革を進めることで、企業が経営環境の変化を乗り越え、次の成長に向けた基盤を整える一助になるのではないでしょうか。

グロービス・コーポレート・エデュケーションディレクターグロービス G-CHALLENGE 投資担当 大崎 司

グロービス・コーポレート・エデュケーション
ディレクター
グロービス G-CHALLENGE 投資担当

大崎 司 / Tsukasa OSAKI

電通国際情報サービスでITの企画営業に携わった後、電通イーマーケティングワン(現電通デジタル)、電通コンサルティング、2社のコンサルティングファームの立ち上げに関わる。会社のマネジメントに携わりつつ、自動車、通信、エネルギー、ヘルスケア、不動産・街づくり、中央省庁など、広範なクライアントに対し、中期経営計画、成長戦略、新規事業戦略などのコンサルティングを実施。
現在は、グロービス法人部門名古屋オフィス責任者として、大手自動車会社をはじめ、中部圏の様々な業種・業界のクライアントに対して、人材育成・組織開発面でのコンサルティングを行いつつ、経営・マーケティング戦略・事業開発領域のコンテンツ開発や講師、ビジネスコンテストの審査、起業家へのメンタリングも行っている。
関西学院大学総合政策学部卒業。グロービス経営大学院修士課程(MBA)修了(成績優秀者)

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