- 組織風土改革
「組織のインナーマッスル」を鍛えることで日本企業は更に躍進できる ~人の可能性を引き出し、組織の競争優位性を高めるための鍵~
経営に関する情報格差は無くなってきているのに、なぜ各社の競争力に差が生じるのか?
昨今、MBAをはじめ経営学教育の普及やインターネット上での情報の充実、多くの書籍を通じて、経営を考えるための定石や方法論は世の中に出回っている。情報格差が無くなり経営の知識・考え方が身近なものになっているにも拘わらず、各社の競争力は平準化されず、むしろその差が広がってすらいるように感じる。
多くの企業は経営の定石に沿ってパーパスやビジョンを定め、戦略や経営計画を立案し、制度や仕組みをつくり実行しているが、その効果に差が生じているのはなぜか。この問いに対する答えはいくつか考えられるが、ここでは多くの企業で見過ごされがちな「組織のインナーマッスル」とでも表現できる組織能力に着眼したい。
各社の経営の巧拙を分かつ要素の一つ「組織のインナーマッスル」とは?
パーパス、ビジョン、戦略、組織内の各種制度といった要素を「組織のアウターマッスル」に例えると、「組織のインナーマッスル」は、それらアウターマッスルの行間を紡ぐ、目に見えにくい仕掛けや一連のコミュニケーションの流れ、コミュニティの質感、結果として築かれる企業文化等を指す。
各社のIR資料や中期経営計画を見比べてみると、戦略論レベルでの新しい発見や大きな差別化要素を見出すことは稀であり、人事や組織に関する制度・仕組みも外形的にはそう多くのバリエーションがあるわけではないと感じている。そうであるにも拘わらず、同じ業界内でも企業によって業績に大きな差が生じているということは、外形的には見えにくい何かが作用していることの表れではないかと考えられる。その正体こそが、ここで言う「組織のインナーマッスル」であると私は考える。
もう少し踏み込んで表現すると、ビジョンや戦略の精度と同等かそれ以上に、策定した内容の実現に向けて組織のメンバーが高い当事者意識と、躍動感をもって実行しきれるかどうかが、事業の成果を左右するのではないかと感じている。そのような強い推進力は、組織のメンバー一人ひとりのビジョンや戦略への理解、共感、納得によってつくられていく。したがって、組織の各所での良質な議論・対話や、多くのメンバーが策定プロセスに参加する仕掛け、それらの機会に対してメンバーがポジティブに関わる状態をつくるための工夫や仕込みが鍵である。そして、これらが一過性の営みではなく持続的な取り組みとなっていることが重要だ。
組織のインナーマッスルを鍛えるのはそう簡単なことではなく、粘り強く取り組む根気を要するものである。実際のスポーツにおいても、ベンチプレスやマシンを使ってアウターマッスルを鍛える過程は動きが派手で見た目の変化も感じられるため比較的続けやすいが、インナーマッスルを鍛えるトレーニングは動きも地味で、結果として肉体が見栄えするわけでもない。しかし、インナーマッスルを強化することで、これまでには実感できなかったようなプレーのキレや持続性の高まりを感じられる。これと同じことが、ビジネスにも当てはまるのではないかというのが私の見立てだ。
「組織のインナーマッスル」を強化するための取り組みとは?
インナーマッスルの鍛え方は、決して不透明で得体の知れないものではなく、正しい努力をすれば着実に強くすることができる。例えば、以下の3つのような取り組みが有効である。
会議のやり方のアップデート
経営会議、リーダー会議、あらゆる階層のメンバーが集まる場や、職場での上司⇔部下の対話など、コミュニケーションが生じる場は組織の中に様々ある。これらは組織文化を醸成する格好の場であると考えられる。会議やMTGのアップデート方法の例としては、経営状況や参加者の特性等を踏まえたアジェンダの設定、論理と情理を兼ね備えたファシリテーションが軸となる。また、事前・事後のプロセスの工夫、場合によっては参加者の人選や相互理解の促進のような前工程での仕込みを施すことも有効である。
組織の共通言語づくり
ここで言う共通言語とは、思考の型のようにスキル的なものもあれば、組織の価値観や行動指針のようなものもある。組織の共通言語をつくり日常に実装させるアプローチは、生産性や一体感、共感や納得感を高める効用をもたらす。また、共通言語をつくる過程に多くのメンバーの参加を促すことも当事者意識を育むことに繋がり有効である。これらの営みは全社単位のものに限らず、事業部や部・課といったチーム単位でも取り組む意義が大きい。
事業推進や組織運営に関する各種制度の運用の徹底
このような施策や制度そのものよりも、それらの運用を徹底するための仕掛けや工夫が鍵になる。施策を形骸化させず、その意図した通りの機能や効用をもたらすためには、効果的かつ愚直な組織内コミュニケーションやリーダー層の関与・コミットメント等によって組織に浸透させることが重要なポイントになると考える。
「組織のインナーマッスル」を強化するための取り組み
「組織のインナーマッスル」の本質は、一人ひとりの可能性を引き出すこと
これらの施策を実効性高く進めていくためには、人間の心理や特性を深く理解し、それに沿った仕組みや場をつくることが重要である。多くの心理学者や経済学者が提唱している理論も踏まえ、いくつかその拠り所となる考え方を記載すると、例えば、「①人間は意義や希望を感じることによってその潜在的な力が引き出される」、「②人間は本来的に自由や裁量を求める」、「③良い人材は、良い仲間が集まるコミュニティに惹き付けられる」、といったものがある。
①自分たちが営んでいる事業の社会的な意義や、取り組んだ先にどんな景色が見えるのか、足元の一つひとつの仕事がそこにどう繋がっているのか、といったことについて、メンバー一人ひとりが高い納得感を持てる状態をつくること。
②そして、できる限り一人ひとりを信じて仕事を任せ、潜在的な能力を遺憾なく発揮してもらうこと。一人ひとりに自由を与えるためには、逆に言うと組織として「これだけは大切にしよう」という芯になる価値観を明確にしておく必要がある。また、安心して仕事を任せるに足る確かな力量、優れたマインドを持つ人材を育てるためには、教育が極めて重要な役割を果たす。
③そのようにコミュニティの質感を高めていくことで、そこに共感する仲間が集まり、更に良い文化が育まれていく流れを生み出す。これは今や企業の競争力に直結する人材獲得力という重要なテーマにも繋がっていく。
人間の心理や特性を組織づくりに生かす
このように考えると、「組織のインナーマッスル」を鍛える取り組みは、競争力の強化と同時にその組織で働く一人ひとりのウェルビーイングを高めるための営みでもあると言えよう。こちらの記事の青井社長のエピソードとも繋がってくる。世の中が人間らしさを取り戻しつつある今の時代において、人や組織の可能性を解き放つベースとなる「組織のインナーマッスル」は今後の日本企業が更に飛躍する一つの鍵となることを確信している。