- グローバル・D&I
欧州から見た地政学 ~日本は欧州の成長モデルから何を学ぶべきか?~
ロシア・ウクライナ戦争の勃発により航空機がロシア上空を飛べなくなったため、現在、日本から欧州に行くには15時間ほどかかります。遠い存在になってしまったように感じる欧州ですが、渦中の2022年7月にグロービス欧州を設立し、今、私はベルギーのブリュッセルで仕事をしています。早1年以上が経ちましたので、今回は「欧州から見た地政学」というテーマで、日本にいた時はあまり意識できていなかった点についてお話をしたいと思います。
「欧米」という感覚はほとんどない。欧州は欧州!
少し前の話ですが、お笑いコンビ、タカアンドトシの「欧米か!」というフレーズが流行語大賞にノミネートされました。それほど日本では「欧米」というキーワードがごく一般的であり、世界情勢を語る上でも頻繁に使われています。しかし、欧州では「欧米」という言葉を聞くことはありません。「西側諸国」という言葉はありますが、欧州と米国は全くの別物として考えることが常識であるように感じます。
地政学的に、欧州にとって米国は国際社会において連携すべき重要なパートナー国であると捉えるのが一般的だと思います。一方で、米国は欧州から覇権を奪い取り、世界の政治経済を牛耳ってきたという歴史もあります。現在でも、欧州と米国では利害関係が一致しないことがむしろ多いと言えるでしょう。
ここで、世界覇権という観点で少し歴史を振り返ってみたいと思います。仮に欧州の全盛時代を18世紀の産業革命から第一次世界大戦頃までとすると、その後の欧州は、世界市場に出現する新興国との戦いの歴史を歩んできたという捉え方ができるでしょう。
最初に出現した驚異の新興国は、まさにアメリカです。第二次世界大戦から1970年頃までの30年間は、アメリカが圧倒的な生産力と経済力で世界を席巻した時代です。その次に、1970年頃から出現した新興国は、日本でしょう。競争力のある工業製品を次々と生み出すことにより世界市場を席巻し、2000年頃までの30年間は日本の時代でした。そして、2000年頃からは中国が新興国として抜群の力を発揮し始めています。歴史に倣えば、2030~2040年頃まではこの勢いで進むのでしょう。
時代と共にグローバルマーケットに現れてきたこれらの新興国に対して、かつて栄光を手にした欧州がどのような戦略で対応してきたかを理解することは、今後の日本の在り方に多くのヒントがあると思います。複雑な背景はあるものの、細かな点は省いて、敢えて端的に欧州戦略を表現してみると;
- ・1940年から1970年の対米戦略は「統合」です。一国では力が及ばないため、EC、EUとして力を集結して対応する。この挑戦は今も継続していますね。
- ・1970年から2000年は「革新」です。この頃から自由化、民営化、生産性というキーワードが世界に発信されるようになりました。特に、当時のサッチャー英首相が自国で大胆な民営化を推進して、英国復活のイメージを見せたリーダーシップはその後の世界の在り方に大きな影響を与えました。イノベーションへの拘りは、同様に今も継続していますね。
- ・2000年からは「多様性」です。新たな時代のキーワードとなる、環境、サステナビリティ、インクルージョンといったコンセプトを欧州が率先して打ち出しながらリーダーシップを発揮し、多様な世界を意識した多くの国々との連携強化が図られています。
もはや軍事や経済という力と力の真っ向勝負ではなかなか勝てなくなってきた中で、どう強かに生き抜くか?を考えた欧州の知恵と挑戦が窺えます。
こうして欧州は、経済成長に血眼になる新興国とは一線を画し、地球社会、人類へのあるべき姿を提示する姿勢を貫き、存在感を維持していると言えます。このような、「何でプレゼンスを示し、どう勝っていくのか?」という欧州の戦略に学ぶべきことは多いです。いち早く世界に先駆けて、多くの人が共感できるビジョンやコンセプトを出すからこそ、その後のルールメーカーとしての地位も作りやすくなります。
時々「どうしたら日系企業も世界のルールメークに関与することができるようになるか?」という悩みを耳にすることがありますが、いきなり世界のルールメークに入ることは無理です。まずは、どんな世の中を創りたいのか?そのために何に拘りたいのか?という絵をきちんと示すことが先決です。そのような努力をしていない国の言うことを世界が聞くわけがありません。今後、日本がかつての新興国としての成功体験を脱して、真に成熟した国へと進化する上で、欧州の在り方には多くの示唆があると思います。
手痛い中国・ロシアとの断絶
対中国のアライアンスであるQUADを組成し連携を図る米国・日本・オーストラリア・インドを横目に、欧州は中国とはバランス感覚のある関係を築いてきました。米国や日本の影響力が強いIMF(国際通貨基金)やADB(アジア開発銀行)に対抗して中国が設立したAIIB(Asian Infrastructure Investment Bank:アジアインフラ投資銀行)にも早々に加盟を表明するなど、欧州としての独自路線を示し、歩んでいます。ドイツの自動車メーカーの関係者から「中国と日本の関係悪化はドイツにとっては好都合」であるという話を聞いたこともあるほど、欧州は中国への積極的関与を続けています。ちなみに、2019年の時点で、ドイツの最大の貿易相手国は中国となっています(図1)。欧州の自動車業界が日本の自動車業界を手強い競合と見ている場合、欧州からすれば、日本と中国が敵対すればするほど、地政学でいう「敵の敵は味方…」という話になり、中国との連携はしやすくなりますね。
19世紀の英国首相のパーマストンの有名な言葉で「英国は永遠の友人も持たないし、永遠の敵も持たない。英国が持つのは永遠の国益である」という一節があります。とても世知辛い響きがありますが、国際社会の現実をよく表していると思います。こうした強かさは欧州の特徴の一つのように感じます。
同時に、陸続きで豊富な資源を抱えるロシアは、欧州にとって格好のエネルギーの供給基地として、その重要性は近年増してきていました。ロシアからパイプラインで直接ドイツの化学メーカーのプラントに天然ガスを流し込む、また、ノルドストリーム建設などダイナミックな展開が行われてきており、欧州の天然ガスの輸入におけるロシアのシェアは2021年の時点で45.3%を占め、ドイツは50%を超えるに至っていました(図2)。
このように、中露とうまく付き合って利を取るという欧州の成長モデルは、そのまま日本のこれまでの成長戦略にも共通する部分が多いと言えるでしょう。
しかしながら、ここにウクライナ問題が発生して、この成長モデルが根底から崩れたのが昨年、今年の流れです。エネルギーのロシア依存を高めてきた欧州政策は困窮状態に陥り、加えて、米中の覇権争いにより、米国が欧州に中国との関係見直しを迫る展開が輪をかけています。
欧州が、この危機的状況をどう乗り切るかの道筋はまだ見えづらく、新たな資源供給先の確保に加えて、インフレ、利上げ、債務問題の再燃といった多くのリスクを抱えたままです。しばらく、欧州の景気は不透明感が続くでしょう。
こうした事態を打開するには、欧州がグローバルマーケットにおけるイニシャティブを発揮するとともに、経済復興への足掛かりとして打ち出している「欧州グリーンディール」をより強く進めざるを得ないと考えます。足元の不安定さの中で、あるべき姿を追い求める欧州を如何に実現するかが注目のカギとなるでしょう。
欧州グリーンディールを推進する上での懸念は、繰り返しとなりますが、景気の不透明感が長く続くことによって欧州各国内の政治環境、社会環境が不安定さを増し、政権争いが起きる等、一貫した政策が取りづらくなることです。地政学のキーワードで「国際政治は国内政治」と言われるように、国内政治が不安定になると、国際政治でのパワーを失います。「国際政治を力強く動かすには国内をしっかり固める必要がある」という概念ですが、そういう意味でも、ここ数年がEUの正念場になるかもしれません。時々耳にするのが、もし、往年のリーダーシップの強いメルケル首相が今もいたら、もう少し違った展開になったかもしれないという話です。この難局を乗り切る力強い欧州のリーダーの存在が今一つ見えてこないのも気になるポイントになっています。
かつての新興国が成熟した大人の国になり、そして、引き続き国際社会で存在感を発揮するには何が大事になるのか?という点について、欧州の姿勢には多くのヒントがあるように思います。無論、欧州もすべてがうまくいっている訳ではなく、むしろ問題は山積みです。それでも、欧州の在り方を踏まえ、日本がどのようなビジョンを描き、成長モデルを構築するのかは、我々一人一人が考えるべき重要なテーマだと思います。
<参考文献>
- ニューズウィーク 欧州インサイドレポート
- 第一生命経済研究所 内外経済ウォッチ
- 「市場対国家」ダニエル・ヤーキン、ジョセフ・スタニスロー 日経ビジネス人文庫
- 2023年版 PHPグローバルリスク分析