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不確実な時代に「歴史」という視座

2026.03.18
不確実な時代に「歴史」という視座


テクノロジーが急発展する現代社会で今、ビジネスパーソンの間ではリベラルアーツや人文系教養への関心が高まっています。より複雑化する時代を理解するには、背後にある歴史や文化を知る必要があり、また現代の問題を解決するには総合知が欠かせません。
生成AIの登場によって人間がすべき仕事とは何かが問い直されていることも関心の高まりの背景にありそうです。そうした問題意識を早くから提示してきたのが株式会社COTENを創業した深井龍之介さん。
歴史への深く、幅広い知識を活かして配信する「コテンラジオ」は評判となり、ポッドキャストとして複数のアワードも受賞しました。グロービスの池田章人が、深井さんの歴史的視野から理解する現代やビジネスパーソン像についてお尋ねしました。

規範がめまぐるしく変わるかつてない激動の時代

歴史上、現代ほど変化の速い時代はない

池田:

深井さんのお話をうかがうと、歴史を知ることは、知的好奇心を満足させるだけでなく、現代の深い理解にもつながるように感じます。そこでまず、我々が生きている今とはどのような時代なのかをお聞きしたいと思います。

深井:

僕が歴史を学んで感じるのは、今ほど変化の速い時代はなかったということです。もちろん、どの時代も激動だと言えますが、人々が自明だと信じている規範はかなりの期間続くものです。ところがこの30年くらいはその規範がめまぐるしく入れ替わっています。歴史上こんな時代はありませんでした。特にインターネットの出現とそれに続くスマートフォンが登場して以降はすさまじいですね。

池田:

それはなぜなのでしょうか。

深井:

大きく言えば、技術革新の速度が著しいからです。一般的に時代の規範はその時代の技術に適応する形でできています。そしてその規範に合った組織ができ、評価がなされる。しかし新たな技術革新が起こると、従来の規範はこれを邪魔しようと動く。歴史を見ると、騎馬兵にしろ、銃にしろ、新技術が出てくると、それまでの規範は新技術を阻もうと働きます。規範の変革は例えば中世であれば100年に一回とか300年に一回のことでしたが、現代では一人の人間が、一生の間に何度も経験するようになっています。例えば、誰もがDXの重要性を語っていた翌年に生成AIが登場すると、今度は誰もが生成AIを前提に考えている。現代とはそうした転換が頻繁に起こる時代です。



株式会社COTEN 代表取締役CEO 深井 龍之介 氏


池田:

直近で規範が変わりつつある兆候としては、どのようなことがありますか。

深井:

リアルタイムで起こっているのは「働き方」だと思います。働き方は、歴史を振り返ってみると戦国時代から江戸時代に移る頃にも変わったし、江戸時代から明治時代になったときも変わりました。武士が“がんばる”とは何を意味するのか、戦国時代と江戸時代ではまるで違うのです。

池田:

規範の転換が次々に起こる現代、ビジネスを推進する上で何が大切かもこれまでとは違ってきますね。

深井:

そうですね。今の時代は、エネルギー、技術、投資など、いかに広範なリソースを確保できるかが極めて重要です。なかでも人的リソースはとりわけ重要で、包摂的に人材を活用できる働き方を実現した組織が最終的には勝つでしょう。残念ながら、この部分は女性や外国人といった人材活用の面で、日本の弱点にもなっています。

私たちは時代の価値観や規範に埋没している

池田:

深井さんには「GLOBIS学び放題×知見録」「G1経営者会議」などでご登壇いただいているほか、2025年からはCOTENとグロービスがパートナーシップを締結し、歴史的視野に立脚したミドルマネジメント向けプログラムの提供も始まりました。現代を生きる経営者やミドルマネジメント層をはじめとするビジネスパーソンにとって、今、重要なことは何でしょうか。

深井:

何よりも“現状理解”が重要だと思います。今、置かれている状況や環境を正確に理解できれば、おのずとなすべき意思決定は見えてきます。僕は、意思決定には一般に考えられているほど大きな自由はないと思っています。もちろん、例外的に独創的な判断は存在しますが、一般的に、状況を理解すれば取りえる戦略や意思決定は絞られてきます。

池田:

確かに、失敗例を見ると、現状を正確に把握しないままの判断が原因であることが多いように思います。

深井:

問題は、その現状理解が極めて難しいということです。歴史を勉強していると、自分の生きている時代を正確に理解している人はほとんどいないことがわかります。

池田:

それはなぜ難しいのでしょうか。

深井:

二つあると思います。一つは、どの時代にも共通することですが、自分が今まさにその時代の中で生きているがゆえに、前提や規範そのものを疑うことが難しいという点です。その時代の価値観や規範に埋没してしまうのですね。

池田:

たしかに、自分たちが当たり前だと思っている前提ほど、意識しにくいものですね。近年、リベラルアーツの重要性が語られ、中でも歴史が注目されている理由がよくわかります。

深井:

現在の経営では、目の前のマーケットを起点に意思決定するのがスタンダードですよね。しかし、過去つまり歴史を知らなければ、現在の状況は正確に理解できません。今、世界各地で起きている紛争も、なぜそうした状況が起こっているのかを理解するには、歴史を知る必要があります。経営も同じです。よく僕は言うのですが、歴史を知らずに意思決定するのは、50歳の人間が、生まれてきてからの過去49年の記憶を一切失って、直近1年間の経験だけで判断するようなものです。

人文系学問は実はビジネスの核心にある

池田:

現状認識が難しいもう一つの理由は何でしょうか。

深井:

これは近代特有のもので、分業化の影響です。アカデミズムでも産業界でも、近代に分業化は加速しました。それによって知識を増やし、生産性を高めることを追求しました。「プロフェッショナリズム」とは分業と専門化を意味する言葉になったのです。しかし、近代に入った頃の知識人、例えば、デカルトやライプニッツは、哲学、数学、物理学など複数の専門知を持ち、横断的に活躍していました。

池田:

分業化が進むにつれ、それがなくなっていったのですね。

深井:

その通りです。しかし、今の時代、分業だけでは解決できない問題が増えています。環境、ジェンダーギャップ、労働生産性など、あらゆる問題が、横断的に考えなくては解決できなくなってきたのです。近代までは細分化、分業化によって生産性向上をめざす「量の時代」。それに対して、現代は量を捨てたわけではありませんが、製品やサービスはよりパーソナライズされ、横断的知性が求められる「質の時代」になりつつあります。

池田:

社会のあり方そのものの変化があるのですね。

深井:

ところが、組織は依然として量的な生産性を高めた人には報いても、横断的知性で俯瞰的に物事を進めた人には十分に報いていません。こうした構造的な問題が現状理解を妨げる大きな要因になっていると思います。

池田:

仕事柄、さまざまな企業の経営層とディスカッションする機会がありますが、確かに従来の評価軸にインセンティブが偏り、専門領域に閉じてしまっている印象があります。俯瞰的で本質的な意思決定を、どのように実現できるかは今の経営の大きな課題ですね。



株式会社グロービス マネジングディレクター 池田 章人


深井:

歴史、哲学、宗教、文化といった人文系学問は、一見ビジネスから遠いように見えて、実は極めて重要です。例えば、アメリカの政治を理解するうえでキリスト教について知ることは必須ですし、中東を理解するなら、イスラム教とその歴史や思考を知らなければ不可能です。人文系学問は軽視される状況が続いてきましたが、実は世界を俯瞰的に把握するのに欠かせませんし、ビジネスの核心にあるのです。意思決定者の役割が「専門的プロフェッショナリズム」から「横断的プロフェッショナリズム」へと移行する中で、この認識を企業リーダーはじめ多くのビジネスパーソンに理解してもらう必要があります。

ビジネスパーソンが時代を動かしている

働く意義を示せる リーダーだけが残る

池田:

ビジネスパーソンが、今後どう変化していくかについても伺いたいと思います。

深井:

現代では、ビジネスパーソンの存在感が確実に増しています。鎌倉武士が、平安時代は貴族のものであった政治権力を奪取していったように、現代のビジネスパーソンも社会の中で力を強めていると思います。この傾向は今後さらに進み、いずれは平清盛のように、国家と対等に世界の運営について考える人も出てくるでしょう。

池田:

鎌倉武士とのアナロジーで考えたとき、力を強めた現代のビジネスパーソンには何が求められるのでしょうか。

深井:

広義の「公共性」だと思います。鎌倉武士も現代のビジネスパーソンも、ある時代までは社会の中で若者として扱われ、少々無茶をしても大目に見られた。ビジネスパーソンは市場だけを見ていればよく、政治や公共のことは政治家に任せておけばよかった。それが次第に力を付け、政治にも影響力を及ぼすようになれば、成熟したオトナとしてのふるまい、倫理観を求められるようになります。壮年期の人間としての良識を期待されると言ってもよいでしょう。その意味で、ESGという潮流が生まれたのは象徴的だと思います。経営の意味が広がり、社会に責任を持つことが経営とみなされるようになりました。「市場理解」だけでは不十分、「社会理解」が不可欠なのです。

池田:

これからのリーダー像についてはどうお考えですか。

深井:

企業組織の観点で言えば、これからは労働者に“働く意義”を提供できるリーダーが残っていくのではないでしょうか。生成AIの登場によって、効率的に成果を出すことが求められる仕事は、生成AIにある程度任せるようになるでしょう。問題はそれ以外の仕事です。

池田:

そういった仕事を担える人材は限られてきそうですね。

深井:

その通りです。生成AIにはできない仕事に果敢に取り組もうとする人材は数が限られているので、今後は獲得競争が一層激しくなるでしょう。しかも変化の激しい時代ですから、新規事業も15年程度で環境が大きく変わり、次々と新たな挑戦を考えなくてはなりません。だからこそ、事業の意義を明確に打ち出し、その意義に共鳴する優秀な人材を引き寄せられるかどうかが、極めて重要になります。並外れた動機や強い意欲、勝算とは関係なくどうしても諦められない理由など、そこに至る原体験を説得力を持って他者へ働きかけられる人が、これからのリーダーになると思います。

日本が持つ信頼という資産

池田:

そうした中で、日本企業は、今後どう戦っていくべきでしょうか。

深井:

僕は日本企業には弱点はありますが、巨大なポテンシャルがあると感じています。

池田:

まず弱点は、どのように考えられますか。

深井:

冒頭述べたように、旧来の規範が新技術の邪魔をする点で、特に日本ではITの活用・発展で後れを取っています。また、日本の意思決定者は60代、70代の男性に極度に偏っていて、若者、女性、外国人という人的リソースを活用できていません。ここは今後の大きな課題だと思います。

池田:

ポテンシャルについてはいかがでしょうか。

深井:

日本は、世界中の労働者を引きつける国になると思います。それはなぜか。まず、日本は世界の多くの国々から信頼されています。G7の中で日本は唯一キリスト教文化を基盤としない国ですが、それでも国際社会において確かな信頼を築いてきました。非キリスト教文化圏でありながら近代化を遂げ、経済発展してきた稀有な国といえます。イスラム圏にもアフリカ諸国を含め、関係を築きやすい立ち位置にあります。

池田:

信頼は非常に強固なアセットになりそうですね。

深井:

また、欧米がロジカルシンキングの文化だとすれば、日本は非言語文化、暗黙知文化です。明示的なルールに頼らずとも、倫理的な行動様式・モラルが社会に浸透しているため、周囲との関係性の中で社会的に望ましい行動が取られやすい。この強みを活かし、その善良性や倫理性で世界中の労働者を引きつけることができれば、欧米と同じ土俵で競わずとも十分に存在感を示すことができると思います。



株式会社COTEN 代表取締役CEO 深井 龍之介 氏


池田:

一方で、その裏返しとして非言語文化ゆえにわかりにくい、訴求が下手といった指摘もありますが、そこはどうお考えでしょうか。

深井:

MBAなどを含め理論や言語化を学ぶことは必要だと思います。しかし、そのうえで日本ならではの文化や強みを活かした、新しい戦略が出てくることに期待しています。振り返れば、この30年、日本は安易に欧米の真似をし過ぎたのではないでしょうか。今後、世界は多極化するでしょうし、欧米を基盤に作られたグローバルスタンダードが今後は唯一の前提ではなくなる可能性も高い。日本は、日本にしかできない方法を、静かな誇りを持って世界に示せばよいと思います。

池田:

言語知性や理論ではなく、身体知性で物事を動かしていく点も日本の特色ですね。

深井:

身体知性の強さは日本社会の大きな特徴です。反対に欧米は言語知性が圧倒的に優れています。製造業でもサービス業でも、欧米では、ルール設計と言語化によって競争力を高めます。一方、日本は身体知性を駆動させ、従業員一人ひとりが自ら考え行動することで強さを発揮してきました。

池田:

深井さんはそれを「贈与的感覚」と表現されていますね。

深井:

日本は近代国家でありながら、贈与経済の感覚が残る希少な国家だと思います。経営においては、「受け取った以上の価値を自ら考えて返そうとする」日本人の贈与的感覚を、いかに戦略や環境設計によって発動させるかが、ポイントになるでしょう。さらに、日本のリーダーシップは分散的、自律的という特徴もあります。

池田:

確かに日本は、欧米のような一人の強いリーダーが牽引する形とは異なりますね。

深井:

歴史的にみても、カリスマ性やスピーチ一つで人々を動かすタイプのリーダーシップは、日本社会では必ずしも一般的ではありません。日本人は実は主体性が強いので、従業員の自律性を組織で発揮させ、阻害しないリーダーシップが重要なのです。

池田:

リーダーシップの議論も、文化と切り離しては語れないのですね。

深井:

その通りです。こうした欧米の真似ではない日本企業らしいリーダーシップや組織づくりも、文化や歴史的背景を学ばなければ見えてこないでしょう。人文学は、経営をより深く捉えるための重要な視座を与えてくれるものだと、あらためて思います。

池田:

では最後に、日本の経営者やビジネスパーソンにメッセージをいただけますか。

深井:

この20数年、大きく言えば、世界はシリコンバレーが主導する時代でした。しかし今、それが終焉に入ろうとしています。今まで述べてきたような日本ならではの強さ、独自性を活かせば、日本企業がカウンターカルチャーを生み出し、これからの30年世界に存在感を示すことは十分可能です。現代は、政治家ではなく、ビジネスパーソンが世界を創る時代です。日本のビジネスパーソンはそういう仕事をしているという誇りを持って、世界に価値を提供してほしいですね。僕自身もグロービスをはじめ、皆さんとその気概を共有して一緒にやっていきたいと思います。

池田:

本日はありがとうございました。



集合写真


対談を終えて

不確実性が増す現代、経営リーダーに求められるのは圧倒的なメタ認知能力です。
生成AIの台頭や地政学リスクの増大により、過去30年の定石が通用しなくなった今、我々は「歴史」という広角レンズを通じて、現状を正しく再定義することが必要です。
この20~30年の近視眼的な規範に埋没せず、数百年単位の歴史のうねりの中で「自社が今どの地点に立っているのか」を冷徹に把握し、「今後どの方向に進むべきか」という意思決定を高い質で行うことが求められます。

また、日本企業が長年培ってきた「信頼」という無形資産、そしてその基盤である「贈与的感覚」や「身体知性」は、これからの時代を切り拓く強力な強みとなり得ます。それらを武器に「働く意義(パーパス)」を打ち出し、世界中の自律的な人材を惹きつける包摂的な組織を創っていくことが、日本企業にとって重要なテーマとなります。
グロービスは、COTENとの提携を通じて、歴史的視座を備えた次世代リーダーの育成や、日本企業の今後の未来を考える場づくりを進めていきます。日本の中核を担う企業の皆様とともに、これからの経営の変革を推進してまいりたいと思います。

深井 龍之介

株式会社COTEN
代表取締役CEO

深井 龍之介 / Ryunosuke FUKAI

1985年生まれ。九州大学文学部卒業、2009年、大手メーカーに就職。独立し、起業の支援、コンサルティングなどに携わった後、2016年株式会社COTENを設立。2019年、コテンラジオの配信を開始。同番組は「JAPAN PODCAST AWARD2019」の大賞とSpotify賞をダブル受賞し、注目を集める。

池田 章人

グロービス・コーポレート・エデュケーション
ディレクター

池田 章人 / Akito IKEDA

コーポレート・ソリューション部門において、様々な企業に対して人・組織のコンサルティングに従事。全社サクセッションプランの企画と実行支援/経営トップ直轄の組織開発の企画と実行支援/新規事業推進のための制度設計と事業提案へのアドバイス/研究所・営業部門などの機能別組織の強化などのテーマに携わる。自組織においてもマネージャーとして成果とモチベーションが両立する組織づくりを実践。また、グロービスの人・組織の研究グループに所属し、講師としては主にリーダーシップなどのヒト系科目を中心に、思考系領域、経営戦略、個別企業のアクションラーニングなどを担当。

※本インタビュー記事の部署・役職、プロフィールは2026年1月取材時点のものです

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