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生成AIが“使われない”を乗り越える―最初の一歩は空気づくり(0⇒1):生成AIを活かせる組織になる(上篇)

「生成AIの利用ルールを整えた」「社内ツールも用意した」「研修も実施した」──取り組みを進める企業は確実に増えています。一方で現場では、「使っているのはいつも同じ人」「触ってはみたが、結局元のやり方に戻った」という声が残りがちです。
McKinseyの2025年調査(※1)によると、「AIを少なくとも1つの業務機能で“定常的に使っている”組織は88%」まで増えた一方、全社的にスケールできているのは約3分の1にとどまっています。導入が進むことと、定着やスケールは別問題だと言えるでしょう。
では、生成AIの力を使える組織(※2)になるために、何をすべきなのでしょうか。本シリーズでは、0→1、1→10、10→100、それぞれのフェーズについて、組織デザイン(※3)の観点から紐解いていきます。まずは、0→1(最初の一歩)から見ていきましょう。(本コラムは、「企業と人材」2026年3月号の連載記事を一部編集のうえ、掲載しています)
“最初の一歩”が難しいのは、個人の能力不足ではない
生成AIが使われない理由は、個人の能力不足だけではありません。確かにスキル差は存在しますが、利用が広がらない主因は、心理とそれを生む組織デザインにあります。
ツールはきっかけにすぎません。使いどころと学び方、そして「組織として望ましい使い方は何か」という共通理解までが揃って初めて、利用は日常になります。置いただけで勝手に広がるなら、苦労はありません。
使われない理由をさらに深掘っていくと、多くはスキル以前の「心理」に行き着きます。生成AIを前にすると、間違った回答を信じてしまう「怖さ」や使い方を覚えるまでの「面倒さ」、そして手を抜いたと思われないかという「不安」に襲われます。これらは怠慢ではなく、まじめに働く人ほど持ちやすいブレーキです。
さらに、「使っていい」が明示されていない職場では、沈黙そのものが「禁止に近いメッセージ」として受け取られてしまいます。誰も話題にしない状態が続くと、「やらないのが正解」という空気が静かに定着していきます。
だからこそ、人事を含む組織側が率先し、“空気をデザインする”必要があります。そのデザインは、次の2つのステップで考えられます。
■ステップ1:0→1では「使ってみよう」の後押しを重視する
最初の0→1で重要なのは、成果ではなく「一度触る」ことです。最初からROIを求めると現場は身構えます。筋トレ初日に「半年後ベンチプレス100kgね」と言われて続けられる人は多くありません。生成AIも同じで、最初から正解や成果を求めすぎるほど、手が伸びなくなります。
この段階で組織が最初にやるべきことは、“教育”を厚くすることよりも、「まず触れていいし、触れてほしい」という空気づくりによって、「使ってみよう」の後押しをすることです。「試してOK」「失敗してOK」「ただし守るルールはここ」を言語化し、繰り返し発信する。すると空気は「使わないのが無難」から「試してみるのが自然」へと少しずつ反転していきます。
例えば、全体会議で「AIを使いましょう」と一度呼びかけただけでは、日々の業務の中で流れてしまいがちです。ですから、たとえば当社では、生成AIへの馴染みをつくるために、月1回の「生成AI通信」を継続して発信しています。ここで大事なのは、“すごい成果を並べる”ことではありません。AI推進チームがどこを目指しているのか(方針・狙い)、注目ツールや活用の小ネタ、経営陣や現場メンバーが試してみた感想、つまずいた点、社内で多い質問へのQ&Aなどを織り交ぜて、日常の中で生成AIを「試してみる」状態を自然につくることです。
■ステップ2:0→1を動かすのは「場」と「見え方」
次に効いてくるのが「場」と「見え方」です。人は一人では新しいことを始めにくい。特に、生成AIのように“正解が一つではない道具”は、一度で期待通りの結果が出るとは限らず、試しながら使い方を調整していく必要があるため、最初の一歩でつまずきやすいものです。だからこそ、最初は“上手く使う”より“気軽に試せる”環境を先に用意します。
たとえば当社では、試し始めた人たちの気づきが埋もれないように、社内コミュニケーションツール上に“Try & Share”の場を用意しました。そこでは、うまくいった使い方だけでなく、「こう聞いたらいまいちだった」「この条件だと崩れた」といった失敗談も歓迎し、ユースケースや注意点、関連する新ツール・論文・ニュースなどを気軽に持ち寄れるようにしています。こうした場があると、初心者は同じ穴に落ちにくくなりますし、経験者は改善のヒントを得やすくなります。0→1で重要な「一度触る」を、孤独な挑戦にしないための仕掛けです。
加えて、「AIを使うと手抜きに見えるのでは」という根強い不安には、“見え方”を組織がデザインすることが肝要です。つまり、AI活用を“近道”ではなく“学習と改善”として扱う。たとえば、上司が「まずはたたき台でOK」と言い続ける、試していることが不利にならないように扱う──こうした小さな言葉や扱いの積み重ねが、行動のコストを下げるでしょう。
とはいえ、ここまで整えても最初の段階では必ずつまずきます。0→1は「きれいにデザインして一発で浸透」ではなく、つまずきを拾いながら前に進むフェーズだからです。
よくあるつまずきと、先回りの一手
つまずきが生じる要因は、多くの場合“技術”ではなく“運用”にあります。0→1段階ではあらかじめ「起こりがちなこと」を織り込み、予防線を張っておくことが肝要です。
① 入口がない:使いどころが分からず、触らない/初回でがっかりする
「まずはこの3つだけやってみる」のように、よく使うユースケースを絞って提示します。たとえば議事録作成なら、「このように入力する→この程度のたたき台が出る→では一度やってみる」という流れを用意する。“成果”ではなく“触れる”入口があるだけで、どの場面で使ったらいいのかという最初のハードルは下がります。
あわせて、0→1段階では「一発で正解」をゴールにしないことを明言するのがポイントです。「まずはたたき台を出してもらう」「前提となる情報を追加して再度依頼してみる」など、“扱い方”を添えるだけで初手の挫折を防げます。
当社では、入口が見つからないことで手が止まるケースを想定し、「まずはここから」の導線を社内イントラに集約しました。よく使うユースケース、入力例、注意点を1ページにまとめ、迷った人が“戻ってこられる”ようにしています。このように入口が見えるだけで、初回のつまずきをかなり減らすことができます。
② 安心がない:セキュリティが怖くて止まる/迷ったときに戻ってこられない
「ここまでOK」を厳密に決めようとすると、慎重になりすぎて先へ進めなくなります。ですから、まずは“最低限のNG”を短く共有することから始めましょう。例えば、機密・個人情報・未公開情報は入れない、迷ったら相談する──0→1段階では“ルールを完成させる”よりも、“安心して試せる最低ラインを置く”ことが重要です。
もう一つ有効なのが、相談できる導線(窓口/スレッド)をあらかじめ用意しておくことです。0→1では成功体験よりも、「詰まったときに戻ってこられるか」が継続率の鍵となります。
③ 見られ方が怖い:「AIを使うと手抜きに見える」不安が残る
“他者からどう見られるか”というのは、見逃しがちですが重要な要因です。ルールや制度変更以上に、「試していることが不利にならない」という扱いができているかが効いてきます。上司や組織側が「まずはたたき台でOK」「最終判断は人がする」と言い続けるだけでも、心理的コストは下がるでしょう。
0→1段階で組織が確認すべき5つのチェックポイント
✔ 「試してOK」を明文化し、繰り返し発信しているか
✔ 最低限のNG(機密・個人情報・未公開情報など)を共有できているか
✔ 使うイメージ(入力例/デモ/“たたき台”という認識)を具体的に示せているか
✔ 迷ったときの相談導線(問合せ窓口/FAQ)が用意されているか
✔ 試していることが不利とされず、安心して使い続けられる空気を作れているか
この5点が揃うと、生成AIは「便利そうだが怖い技術」から、「安心して試せる道具」へと変わります。0→1段階では派手な成果を競うのではなく、学び始められる・使い始められるための土台を整えることが重要です。まずはこの土台を固め、 “試す回数”を増やし、次の1→10へ繋げていきましょう。
次の中篇では、0→1で試して得た気づきを組織の力に変える“ナレッジ化”と“再利用”を取り上げます。
<参考文献・注釈>
(※1)QuantumBlack AI by McKinsey「The state of AI in 2025:Agents, innovation, and transformation」、2026年1月確認
(※2)本コラムでは「組織」を、人事・各ビジネスユニット・情報システムなど推進主体を含む意味にて使用しています。
(※3)本コラム内の「組織デザイン」とは、生成AIが“使われる状態”をつくるための 組織構造(役割・連携・意思決定・会議体など) と 組織文化(空気・学習・行動の習慣など)の整備を指しています。人事制度(評価・報酬など)の変更は、活用が業務に定着し、影響範囲が見えてから検討する前提とします。
