GLOBIS(グロービス)の人材育成・企業・社員研修サービス

連載/コラム
  • 新規事業創造

新規事業を“次なる柱”に育てるには?—成果を生むための「人」と「仕組み」の条件

2025.10.08


大企業の新規事業は、立ち上げの段階を越え、成果が問われるフェーズに入っていきています。しかし、スケール化へと進む過程で壁にぶつかり、成長が停滞してしまう新規事業は少なくありません。本コラムでは、その要因となる「仕組み」と「人材」の課題に焦点を当て、成果につなげるために必要なアップデートの視点を解説します。

“成果を出す”新規事業へ進化するために、改めて見直したい「人」と「仕組み」のあり方

近年、大企業における新規事業開発は、大きな転換期を迎えつつあります。これまでの「アイデア創出」や「事業の立ち上げ」のフェーズを経て、いま求められているのは、より本格的に“成果を出す”事業への進化です。小さく始めるだけでなく、どう育て、企業の収益の柱へとつなげるか。そこに本質的な問い直しが求められています。

2017年頃から多くの大企業が新規事業に本格的に取り組み始め、スタートアップの手法──たとえば「リーンスタートアップ」の考え方を取り入れる動きが広がっていきました。リーンスタートアップとは、仮説を立てて小さく素早く試し、顧客からのフィードバックをもとに学びながら事業を育てていくアプローチです。市場の反応を見ながら柔軟に方向性を調整していくことで、リスクを抑えつつ可能性を探るというスタイルが、多くの企業に新鮮な刺激を与えました。こうした変化は、働く人々の姿にも表れています。ワイシャツにネクタイといった従来の装いから、ニットやTシャツ、スニーカーといったカジュアルな服装へ。柔軟なスタイルが広がることで、新たな発想や価値観を受け入れる「新規事業らしい空気」が、組織文化として少しずつ根づいてきました。

そして2021年、コーポレートガバナンス・コードの改訂が新たな転機となり、企業には「資本効率」や「稼ぐ力」の強化が一層明確に求められるようになりました。加えて、政府も「スタートアップ育成5か年計画」を打ち出し、大企業とスタートアップの連携や、大企業発のスピンオフ起業を後押しする税制優遇など、政策的な支援も拡充されてきました。

このような一連の外部環境の変化を背景に、新規事業は「取り組むこと自体に意義があった段階」から「成果と実績が問われる段階」へと進んできました。しかし実際には、目に見える成果を上げている事例は、一部に留まります。途中で足踏みしたり、小規模な取り組みのまま停滞してしまったりと、立ち上げからスケール化までをつなぐ仕組みが、上手く機能していないのが実情です。

たとえば、多くの企業で取り入れられている「ステージゲート」という手法があります。これは、新規事業のアイデア創出から市場投入までのプロセスを複数の段階(ステージ)に分け、区切りごとに“ゲート”と呼ばれる評価ポイントを設けるものです。(※詳しくは、こちらの記事をご参照ください)

しかし、こうした仕組みを導入していても、“一定のゲートを越えた後”にどう事業を成長させていくかという部分で、足踏みしてしまうケースが少なくありません。資源配分や支援体制、事業を担う人材の役割設計といった成長フェーズに必要な基盤が、まだ十分に整っていないのです。

だからこそ今、大企業の新規事業には次のフェーズに向けて、「人」と「仕組み」の両面を見直すタイミングが来ています。これまでの5~6年で育まれた基盤を土台に、新規事業を企業の収益を支える柱へと進化させるために、仕組みを見直し、求められる人材を登用・育成していくことが、今後の成果を左右するのではないでしょうか。

「仕組み」を進化させる鍵は、“やめる勇気”と“ルール作り”

これまで多くの大企業では、新規事業の取り組みにおいて、アイデアやテーマを「広げる」ための仕組みづくりに力を注いできました。社内アイデアコンテストやテーマ公募制度の整備、CVCによるスタートアップ投資、外部とのアライアンスなど、新しい事業の種を次々と取り込む仕組みは一定の成果を上げてきたと言えるでしょう。

しかし現在、多くの企業が直面している本質的な課題は、その先にあります。それは、「当初想定していた成果に届かない事業」や、「環境の変化により競争優位性が薄れた事業」を、適切なタイミングで「やめる」ことができないという点です。いわば広げたものを“絞る力”が、仕組みとして確立されていないのです。

この背景には、組織特有の心理的・構造的な要因があります。たとえば、事業の節目で判断を下すゲートキーパー(承認者)が役員クラスである場合、彼らが一度承認した案件は、途中で止めづらくなりがちです。現場では手応えを感じられずに苦戦していても、「もう少し続ければ成果が出るはずだ」という期待が優先され、結果として初期の目的を見失ったまま継続される事例が散見されます。

このような事態を防ぐには、「やめる」ことを例外的な判断ではなく、あらかじめルールとして組み込んでおくことが重要です。具体的には、事業開始前の“平時”の段階で、撤退基準を明文化しておくことです。たとえば「この指標を下回った場合は中止」「市場環境が〇〇の水準になったら見直し」といった基準があれば、撤退も“失敗”ではなく、合意形成された戦略的判断として扱うことができます。

また、終了した事業をすぐに切り捨てるのではなく、「テーマプール」として一時保留する運用も有効です。たとえば「為替条件が一定水準に戻ったら再開する」「特定技術の進展を待って再挑戦する」といったリバイバルの条件を併せて設定しておくことで、撤退=終わりではなく、“未来への蓄積”と捉えることができるようになります。

さらに重要なのは、「現場と経営層の視界を揃えること」です。現場は「売れていない」「顧客の反応が鈍い」と認識していても、過去に成功体験を持つ経営層は「顧客を変えればいける」「もう少しで成果が出る」と楽観的に判断しがちです。こうした視点のズレが、意思決定の遅れを招く要因となります。

そのギャップを埋めるには、経営層も現場に足を運び、顧客との対話や営業同行などを通じて、現場の実情を自ら体感することが効果的です。共通の経験をもとに議論できれば、撤退判断も対立ではなく共通認識として進めやすくなります。

すべての新規事業が成功するとは限りません。だからこそ、成果が見込めないときに“潔く手を引く”ための仕組みやルールを、最初から設けておくことが欠かせません。こうした「絞る仕組み」を備えることで、限られたリソースを適切に集中させ、事業開発の質とスピードを引き上げる基盤が整います。

事業を担う「人」に求められる、胆力、判断力、適応力

新規事業の成否を分けるもう一つの要素が、「担い手」である人材の力です。とくに近年では、仕組みだけでなく、“誰がその事業を推進するのか”という視点が、成長の鍵を握るようになってきました。

立ち上げ段階(0→1)では、新しいアイデアを生み出し、社内外に働きかけながら事業の可能性を探る力が求められます。明るく前向きで、未知に飛び込む意欲と行動力を持った人材が、組織にとって貴重な存在です。

一方で、事業が成長フェーズ(1→10)へと進むと、求められる資質は大きく変わります。ここでは、その事業を担う「人」に求められる3つの力をご紹介します。

①胆力

見えてきた勝ち筋を確実に形にしていくには、地道な積み重ねや、成果が出るまで粘り強く続ける胆力が不可欠です。自己を律して愚直にやり抜く姿勢こそが、事業をスケールさせる推進力になります。
大企業では、スタートアップのように成果と報酬が即座に連動する人事システムを持たないケースがほとんどです。だからこそ、「自分の手でこの事業をスケールさせ、会社の未来をつくる」という当事者意識や、自らの信念やストーリーに突き動かされる“内発的動機”が、事業を動かし続ける原動力となります。使命感や責任感に裏打ちされた胆力が、事業を成功へと導く鍵となるのです。

②判断力

胆力に加えて重要となるのが、状況を見極めて自律的に判断する力です。その象徴的な例として、A社の取り組みをご紹介します。

A社では、化学素材や建材、医療など多様な分野で事業を展開してきました。そんな同社では、新規事業を立ち上げる際に「既存事業の中で最も“優秀な”人材を新規事業のヘッドに据える」という原則を貫いています。

ここで言う「優秀さ」とは、単に与えられた道筋をこなす力ではなく、「成果に直結する最短ルートを見極め、自ら判断して動ける力」を意味します。たとえば、組織のルールでは成果に近づくために10本の橋を渡ることを求められていても、「この1本を渡れば十分に成果に届く」と見抜き、迷わず行動に移せる判断力です。フレームに従うだけではなく、目的から逆算して行動を選べる人材を、あえて新規事業に配置する──その人選こそが、A社の事業開発力の源泉となってきました。

こうした人材は、自己を律しながら動けるだけでなく、自らをミッションドリブンで駆動させる力も持っています。日々変化する市場環境に対応しながら、最短で成果に近づくための道筋を探り、必要に応じて戦略を軌道修正しながらも、決して立ち止まらない。その姿勢が、成長フェーズにおける事業拡大を牽引します。

③適応力

また、一見ささいに思えるかもしれませんが、組織内の文化の違いに適応する人材も重要です。多くの企業では、新規事業チームは既存組織から少し距離を置いた“出島”で展開され、スピードや柔軟性が重視される環境で動いています。一方で、経営層は制度・戦略・予算などを司る公的な立場として、よりフォーマルなスタイルで意思決定を担っています。

この文化の違いに対し、「自分たち(新規事業)のスタイルを理解してほしい」と一方的に求めても、経営層との対話はすれ違うだけです。必要なリソースを引き出し、意思決定を前に進めるには、「郷に入っては郷に従え」の姿勢が欠かせません。経営層と向き合うときには、彼らのスタイルに合わせて説明し、立場に応じた配慮を持つ──その視野の広さと切り替えの柔軟さが、大きな突破力となるのです。

「成果を出す」新規事業へアップデートする

大企業における新規事業開発は、これまでの立ち上げフェーズを超え、いまや「本格的に成果を出す」段階へと進もうとしています。今回は、その転換点において改めて問われる、「人」と「仕組み」のあり方について解説してきました。

これらは、単なる制度設計や人材配置の問題ではなく、企業が自らの意思で「何を本気で育て、何を見極めて手放すか」という判断を下す覚悟にも関わります。すべての事業を育てようとするのではなく、選び、集中し、持続可能な価値を生む──その転換こそが、真に“企業の力”となる新規事業を形づくるはずです。

これまで培ってきた土台の上に、次のフェーズを見据えた「人」と「仕組み」のアップデートを重ねる――これこそが、新規事業という挑戦を一過性で終わらせず、企業の未来を育て続けられる組織へと進化するうえでの肝と言えるでしょう。

グロービス・コーポレート・エデュケーションディレクター(事業開発担当) 池田 章人

グロービス・コーポレート・エデュケーション
ディレクター(事業開発担当)

池田 章人 / Akito IKEDA

2006年よりグロービスに参画。コーポレート・ソリューション部門において、様々な企業に対して人・組織のコンサルティングに従事。
・全社サクセッションプランの企画と実行支援
・経営トップ直轄の組織開発の企画と実行支援
・研究所/営業部門などの機能別組織の強化
・新規事業開発のための制度設計と事業提案へのアドバイスなどに携わる。
新規事業開発分野ではこれまで、素材メーカーや重工メーカー、食品メーカー、不動産・建築など幅広い業界のサポートを行っている。また自組織においても事業開発担当として、他社とのアライアンスや新プログラムの開発に従事している。
横浜市立大学商学部経営学科卒業。グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了

関連記事

連載/コラム
2022.09.29
ステージゲートの運用から考える、新規事業を成功に導く方法とは
  • 新規事業創造