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組織変革を阻む「3つの壁」を乗り越える:AI実装で組織改革をドライブさせる方法とは

2025.06.30


急速に進化するAIは、単なる先端技術の域を超え、企業経営や組織運営そのものを変える「組織変革のトリガー」としてのポテンシャルを持っています。
実際、生成AIの登場は、「企業に前例のない創造性と効率性を引き出すパラダイムシフトであり、ビジネスモデルを革新する鍵となる」とも評されます。私は自社内におけるAIプロジェクトのリーダーとして実践を重ねる中で、AIがもたらす組織変革の可能性を肌で感じてきました。
本稿では、現場の最前線で得た実践知から、AIがいかにして組織変革を推進するトリガーとなり得るのかを解説するとともに、AIを組織へビルトインしていくために、経営陣としてどのような問いに向き合うべきか、ご紹介いたします。

AIには、組織変革を阻む3つの壁を乗り越える力がある

企業を取り巻く不確実性指数は高まり、環境が目まぐるしく変化する中、従来の方法や常識では立ち行かなくなる場面が増えています。こうした変化に対応するには、時に固定観念を捨て、知を循環させる組織に進化することが求められます。しかし、実際にこれらを実現するには、多くの壁があると感じられている方も多いのではないでしょうか。

変革の壁と対峙する上で、あらためて申し上げたいのは、AIは単なる業務効率化の道具ではないということです。
従来のアプローチでは打ち破れなかった「発想の転換」「学習する組織への変革」「組織のサイロ化」といった3つの壁――企業が直面する組織課題に対し、新たな視点と突破口をもたらす、次の一手になり得る存在です。

AIを使う体験そのものが社員の未来志向を刺激し、「発想の転換」を促す

近年、企業経営を率いる皆さんから、「両利きの経営を実践していく上で、探索領域と向き合っているが、組織の慣性が強く、結局は既存の発想に留まってしまう」というご相談を頂くことが多くあります。各社ではこれらを乗り越えるべく、組織構造の再設計、人事制度改定、マネジメント変革など、ハードからソフトにかけて打ち手に着手されていますが、根本的な「社員の認識や発想を変えるには、時間がかかる」という感触をもたれている方も多いのではないでしょうか。

そのような中で私は、「AI活用こそが、これら既存の慣性を解きほぐし、事業を変革する非常に強力な仕掛けになり得る」ということを体感しました。
このようにAIの可能性について述べると、「AIは手段であって目的ではない。重要なのは事業課題そのものだ」と捉える経営層も多いことでしょう。それは仰る通りです。一方、産業革命やインターネット革命をはじめ、社会のインフラが大きく変容する時期においては、それまでの当たり前が覆され課題設定そのものが機能しなくなることも事実です。実際に、私たちのような人材育成の領域においても、AIが浸透し他のテクノロジーと融合することで、内容によっては「講師は人間ではなくAI」、「教室は不要」といった、かつては非現実的と思われた変化が現実味を帯びてきています。

こうした状況下でAIを実際に使う体験は、社員一人ひとりが変化のインパクトを体感し、自身の仕事や組織のあり方など、既存の慣性を再考する強力な契機となります。一度使ってみると、目の前で起こる返答スピードや回答の精度に圧倒され、「日頃のルーティン業務から自社のビジネスのあり方に至るまで、将来的に大きく変化していきそう」と肌で感じることができます。これは1970年代、旧態依然とした石油業界において、ロイヤルダッチシェルがシナリオプランニングを通じ、社員に「未来の現実」を突きつけることで認識を変え、オイルショックを乗り越えたプロセスにも似ているのではないでしょうか。

未来の現実が突きつけられ、個人や組織のこれまでの慣性や認識が揺さぶられるとき、組織として「どこに向かうのか」「何を大切にするのか」といった問いに、真剣に向き合う機運が生まれます。私はAIプロジェクトを発足した当初、メンバーと共に「AIが進化・浸透していく中で、経営リーダーの育成や社員の働き方がどのように変わるか」について、時間をかけて繰り返し対話しました。ピーター・ドラッカーの「間違った問いに正しい回答をすることほど、役に立たないものは無い」というフレーズがありますが、まさに現状の固定概念にとらわれないよう、問いそのものと向き合ったのです。
このような議論を踏まえ、プロジェクトのMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)を策定し、繰り返し組織に共有することで、組織を一つにする軸を創りました。

経営陣と共に向き合いたい問い

✓自社の価値創出のあり方はどのように変わるのか?それを実現する組織像はどのような形か?
✓既存の慣性にとらわれない発想の転換を社員に促すために、どのような従業員体験をデザインし、メッセージを発信すべきか?

ナレッジ変革の実践 ― 暗黙知を体系化し、「学習する組織へと変革」する

次にAIが組織変革に与えるインパクトの大きさを感じたのは、「組織の暗黙知を形式知に変える」営みです。経験豊富なベテラン社員のノウハウが、言語化されず属人的になっているという現象は、多くの企業が抱える組織課題のひとつです。AIの発展により一般的な知識の獲得が誰でも容易になった一方で、このような自社ならではの暗黙知は他社にとっては模倣困難であることが多く、競争優位の源泉になり得る経営資源です。

また、近年は、中途社員の採用や部署異動が増える中、いかに新たな仲間をオンボードし、早期に活躍・定着できる環境を築くかが重要なテーマとなっています。そのような経営環境の変化が起こる中で、暗黙知の多い職場では、若手がキャッチアップに苦労し、早期の立ち上がりどころか人材の離脱にもつながりかねません。

AI活用は、社員のノウハウ継承においても、「暗黙知を体系化する必要性に迫られる」という側面から価値を発揮します。生成AIは、文字、音声、画像など様々なアウトプット形式がありますが、LLM(大規模言語モデル)の根幹は「文字情報」に基づいています。つまり、AIを活用すると決めることで、否が応にも、「言語化」することが求められ、必然的に暗黙知が表出するのです。ここで言う「言語化」は、必ずしも新たに文章作成することに限らず、過去に作成した資料等をAIに学習させ、帰納的に要点を抽出することも実現可能です。

このように、AI活用によって暗黙知へのアクセスが容易になるという論調に対しては、必ず「何でもすぐに答えを与えてくれるようなものを提供してしまって、若手は育つのか?」という懸念があがります。提案書作成、作業手順の習得、議事録作成など様々な業務がありますが、新人の間は自分で手を動かし、自ら考えながら作成することでこそ、力を養っていくことができるという考えです。私自身もその考えに共感します。

この懸念に対する解決策の一つとしては、「答えを与えるだけでなく、ユーザーに考えさせるAI(アプリ)を開発する」ことをお勧めします。具体的には、ユーザーの質問に対して一定の回答をした上で、更に思考を深めるような問いを投げかけるようなアプリです。これにより、ユーザーの考えを掘り下げたり、枠組みを拡げたりする働きかけが可能となりました。

私たちのプロジェクトでは、ChatGPTのGPTs(カスタムGPT)と呼ばれるアプリの開発に力を入れました。
GPTsは、ある程度のコツさえ掴めば誰でも作成ができるもので、個々の業務課題に合わせて、効率的な仕組みを開発できます。開発プロセスでは、過去の知見や有効な資料の発掘を通じて、ベテラン社員の頭の使い方が可視化され、組織内に展開することができました。この取り組みは、若手層から思考を深める機会になると好評を得ると共に、中堅・ベテラン層の棚卸の機会となり、新たな発見も生まれています。現在では数十を超えるアプリが存在し、日々、改良や新たな開発が進んでいます。

暗黙知の形式知化の方法は、これまでマニュアルや引継ぎ書の作成が一般的でしたが、現場目線で考えると腰が重くなったり、継続性を担保し辛いものです。
一方で、「全社員がアプリの開発者」となり、良いアプリには社内から賞賛が集まるAI活用の仕組みは、組織学習を加速させる力があります。モノづくりや運用が得意な日本企業において、これらの仕組みをうまく活用できれば、生産性向上につながる個社最適の強力な武器を生み出せる可能性を感じます。

経営陣と共に向き合いたい問い

✓自社の競争優位となりえる「現場に眠る価値ある暗黙知」とは何か?
✓「現場に眠る暗黙知」はどこにあるか?誰が持っているのか?
✓現場に負荷を掛け過ぎずに「暗黙知」を形式知としていくために、生成AIはどのような役割を果たし得るか?

全社連携の実践 ― 部門間シナジーで「組織のサイロ化」を解消する

さらに、AIの導入効果は、単一のプロジェクトや一部部門に留まらず、全社的な連携を促し、組織全体の革新に直結します。

イノベーションやポートフォリオ経営を実践していく上で、「社内連携の強化」は重要なテーマの一つです。しかし、現場でしばしば見られる「連携のための連携」は、社員の熱が入らず、場当たり的、散発的になることが少なくありません。こうした中で参考になるのが、組織の健全な成長プロセスを説明したダニエル・キムの「成功循環モデル」です。
このモデルでは、組織の関係性の質を高めるためには、「共通の目的」、「共通言語」、「相互理解」に働きかけることが重要だとされています。AIの活用は、こうした関係性の質の向上にも寄与し、組織内での相互連携を促進する有効な手段となり得ます。実際に私も、「AIを活用し、組織の生産性を高める」という明確な共通の目的があることで、互いの動力が駆動し、途端に結束が強くなる様子を目の当たりにしました。

私たちのプロジェクトでは、AIの活用推進をボトムアップ重視で進めてきました。プロジェクト事務局として方針は打ち出しながらも、アプリの開発は、前述の通り現場のメンバーが自発的に創っていきました。その過程で、「セキュリティ面の運用をどうするか?」、「他のツールと連携できないか?」、「他部門ではどんなベストプラクティスがあるか?」といった実用上の問題意識や関心が広がり、部門内外での対話や連携が活発化していったのです。通常であれば、こうした課題は「事務局が主導となり、なんとかすべき」といった姿勢に陥りがちですが、今回のプロジェクトでは異なりました。共通の目的を共有し、各メンバーが主体的に動き出すことで、部門間の壁を越えて課題解決に取り組む姿が生まれたのです。また、部門をつなぐ役割を果たすバウンダリースパナーが部門内に多く存在していたことで、部門間の調整もスピーディーに進んでいきました。このようなプロセスを通じて、他部門との相互理解も進み、互いの距離も近づいていった感触があります。
つまり、AI活用という共通のテーマを軸に、自然と「共通の目的」「共通言語」「相互理解」が育まれ、全社視点で関係性の質が高まっていったのです。結果的に、部門間の連携はスピーディーかつ前向きに進み、組織のサイロの解消にもつながったと感じています。

経営陣と共に向き合いたい問い

✓AI活用を共通テーマとしたとき、自社及び部門内で共有すべき“ビジョン(将来の絵姿)”とは?
✓AI活用をメンバー我が事として推進する上で、経営陣としてどのような場が用意できるか?

AI活用を、経営の視点で考える

このように、AIの組織的な活用や浸透を通じて、「AIは生産性向上のツールであると同時に、旧来型のシステムやパラダイムを自然に崩し、組織学習を推進する最高のツールである」ということが見えてきました。運用の工夫や改善を得意とする日本企業がAIを賢く使い、企業価値向上、社員のウェルビーイングにつなげていけるのではという可能性を感じています。
今後はますます、AI活用をどう進めるか、組織経営の視点で考えることが、企業の競争力を左右すると言えそうです。ボトムアップで現場の浸透を築くとともに、トップダウンで活用にドライブをかけるような両輪の動きが肝要です。
我々自身も道半ばですが、AIの力を存分に活用し、新たな事業革新を実現すべく、共に取り組んでいきましょう。

グロービス・コーポレート・エデュケーションディレクター 亀井 康晴

グロービス・コーポレート・エデュケーション
ディレクター

亀井 康晴 / Yasuharu KAMEI

大手人材サービス会社にて、ソリューション営業及びBPOサービスのプロジェクトマネジャーを兼務し、人的資源管理全般に従事。 グロービス入社後は法人コンサルティング部門のディレクターとして、企業の人・組織能力開発に伴走すると共に、部門経営・企画の役割を担っている。 また、グロービス教育科学研究所の研究員、全社・部門のAIプロジェクトリーダーを兼務し、学習科学や新技術を活かした価値創造に取り組んでいる。 大学院では「メンタルモデルの測定」をテーマに論文を執筆。 講師として、役員向けファシリテーション、プロジェクト伴走、経営戦略、リーダーシップ、スポーツビジネス等に幅広く登壇している。

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