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ビジネスと人権をめぐる潮流 -グローバル企業の取り組み-

2023.03.01

前回のコラム「経営者が理解しておくべき『ビジネスと人権』」では、世界の人権問題と企業に求められる対応について取り上げました。今回は、人権尊重に取り組む企業事例についてご紹介したいと思います。

なぜ企業が人権を尊重すべきなのか?

グローバル企業が台頭する中で、国家だけでは十分に人々の人権を保護することができないことが明らかになってきました。こうした中、企業にも人権を保護する責任があるという考え方が登場しています。アメリカの国際政治学者ジョン・ジェラルド・ラギーによって提案された「ビジネスと人権に関する指導原則」(United Nations Guiding Principles on Business and Human Rights:UNGP)です。

UNGPは、2011年に国連の人権理事会にて承認された文書であり、「人権を保護する国家の義務」、「人権を尊重する企業の責任」、「救済へのアクセス」という3つの柱から構成されています。UNGPは法的拘束力を持たないソフトローですが、欧米各国ではこの指導原則に基づいた国内法の整備が行われています(※1)。

図1ビジネスと人権に関する指導原則の三つの柱
出所:ビジネスと人権に関する指導原則(仮訳)を元に作図

イギリスでは、2015年に企業のサプライチェーン上における強制労働や人身取引を特定し、根絶させるため現代奴隷法が制定されました。奴隷と聞くと「現代に存在するのか?」と耳を疑われるかもしれませんが、国際労働機関(ILO)の調査によれば、強制労働、債務奴隷、強制結婚、人身取引等を含む現代奴隷は2021年時点で、世界全体で5,000万人に上ると言われています。(表1参照)

表1現代奴隷の推計と地域ごとの割合
出所:ILO Forced Labour and Forced Marriageを元に作図

同法では、イギリス国内で企業活動を行い、世界での売上高が3,600万ポンド(約50億円)を超える企業を対象に、「奴隷と人身取引に関する声明」をウェブサイト上で公開することが義務付けられています。また、イギリスに本社を構える企業に限らず、国内に子会社を置く海外法人も範囲に含まれており、日本企業の多くも対象となっています(※2)。

オーストラリアでは、2018年に現代奴隷法が制定されました。同法では、自社のサプライチェーン上の事業活動における奴隷労働のリスクを評価・分析し、報告することが義務づけられています。報告は、取締役の承認を得た声明として公表する必要があり、報告を怠った企業や虚偽の報告をした企業に対しては、企業名が公開される場合があります。

対象となるのは、オーストラリア国内で事業を行い、年間売上高が1億豪ドルを超える企業で、現地に進出している多くの日本企業が対象となっています。このように、グローバル展開する企業には国際基準で人権対応に取り組むことが期待されています(※3)。

国際基準で人権対応に取り組むグローバル企業

ここからは、人権の保護に主体的に取り組む企業事例を3つご紹介します。

事例1:アシックスが目指す“よきモノづくり”

スポーツブランドとして有名なアシックスは、東南アジアを中心に20ヵ国以上、約150の工場を抱え、広範なサプライチェーンを有するグローバル企業です。同社では、サプライヤーのリストを公開しているほか、工場を選定するタイミングで監査を実施し、ガバナンスに関する取り組みについて開示を求めるなど、リスク管理を徹底して行っています。加えて、グリーバンスメカニズム(苦情相談窓口)を導入し、労働者に対する救済システムも構築しています。

同社では、世界スポーツ用品工業連盟(WFSGI)や国際労働機関(ILO)のベター・ワーク計画、アパレル業界団体のサステナブル・アパレル連合(SAC)といった国際的なイニシアチブにも参画しています。業界全体で取り組むべきサプライヤーの能力強化に対してもステークホルダーと連携したアクションを取っています(※4)。

国際的な人権NGOとESG評価会社が実施する企業の人権対応のベンチマークとしてKnow The Chainがあります。2021年の調査では、アシックスのサプライチェーンの透明性やトレーサビリティ(追跡可能性)などが評価され、アパレル業界でベンチマーク対象となった37社中16位、日本企業では2位のスコアを獲得しています(※5)。

事例2:サプライチェーン全工程の把握を目指すファーストリテイリング

ユニクロを運営するファーストリテイリングは、2030年のサステナビリティ目標を発表しています。これまでは企画→生産→販売→廃棄というリニア(直線)型だったビジネスモデルを、顧客を中心としたサーキュラー(循環)型へ転換させていることが大きな特徴です。(図2参照)

図2ファーストリテイリングが目指す「新しい服のビジネスモデル」
出所:FIRST LITARING社ウェブサイト

アクションプランでは、温室効果ガスの削減やリサイクル素材の使用、ダイバーシティ&インクルージョンの推進など包括的な目標が掲げられていますが、同社が最重要課題と捉えているのが人権問題です。

同社では、以前から取引先工場の労働環境や人権を守るためのガイドラインを策定し、第三者機関による監査も行ってきました。2017年からは主要な縫製工場や素材工場を開示してきましたが、さらに上流の紡績工場や原材料の調達段階まで遡り、トレーサビリティを確立することを目指しています(※6)。

こうした背景に、新疆ウィグル自治区における強制労働の問題があることは明らかです。ファーストリテイリングは、サプライチェーンの全工程で人権リスクを把握するため、既に100人規模のプロジェクトチームを立ち上げています。こうした姿勢からも同社の本気度合いが窺えます。

事例3:外国人労働者の人権保護に取り組むトヨタ

前回の記事では、外国人技能実習生の問題にも触れましたが、日本で働く外国人労働者は、182万人、技能実習生は34万人に登ります。こうした外国人労働者の権利を守るための動きも加速しています。

トヨタのサプライチェーンは世界21か国に渡って展開されており、確認されている仕入れ先は約9,700社あります。これほど広範で複雑なサプライチェーンを持つトヨタですが、2019 年から移民労働を優先課題として設定し、取り組みを開始しています。2019年にグループ会社を含め、主要な一次サプライヤー395社に対して、外国人技能実習生の受入人数の調査を実施したところ、207社で9,100名を受け入れていることが確認されました。こうした実態を踏まえ、NGOやサプライヤーとの連携を推進しています(※7)。

2020年には、日本における移民労働者の課題解決のための「責任ある外国人労働者受入プラットフォーム(JP-MIRAI)」が設立されました。これは、JICA(独立行政法人国際協力機構)が事務局を務め、トヨタやセブン&アイ・ホールディングス、味の素など民間セクターとのマルチステークホルダーによる組織です(※8)。同社は当初から参画し、現在はアドバイザリー企業としてプラットフォームの運営にも参画しています。JP-MIRAI では、2022年から、移民労働者を対象にした相談・救済窓口の試験導入を開始しており、トヨタもパイロット事業に参加しています。

日本企業は従来から人権を考慮する意識が低いといわれていますが、機関投資家や国際的なNGOからの注目度も高まっています。グローバルで事業を展開する企業にとって、複雑なサプライチェーン上のリスク管理は難しい課題です。サプライヤーに対する情報開示や能力強化など、自社だけでなく、業界全体やNGOといったステークホルダーと連携した取り組みが必要となるでしょう。

経営者は、サプライチェーン上で発生しうる強制労働や児童労働といった問題について可視化・把握する努力を怠るべきではありません。自社のビジネスに関わる全ての人々に対し、マイナスの影響を特定・防止・軽減し、どのように救済するかという一連のプロセスを確立することが求められています。

グロービス・コーポレート・エデュケーションマネージャー 本田 龍輔

グロービス・コーポレート・エデュケーション
マネージャー

本田 龍輔 / Ryusuke HONDA

日本福祉大学大学院国際社会開発研究科卒業(開発学修士)
大学卒業後、地域活性に取り組むNPO法人での活動を経て、独立行政法人国際協力機構(JICA)の実施する青年海外協力隊事業に参画し、パプアニューギニア独立国へ派遣。農村地域において生活改善や植林を中心とした環境保全活動に取り組む。帰国後はJICA東京にて、行政や教育機関、NPO/NGOとの協働を通じた国際協力の裾野拡大や人材育成に携わる。グロービス入社後は、法人営業部門にて、顧客企業の人材育成・組織開発に関わる設計・提案活動に従事。SDGパートナーズでは、企業のサステナビリティ方針策定・実施、ESG情報開示、価値創造モデルの設計プロセス等を支援している。

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