グロービス流「リーンスタートアップ」~企業内研修を通じたイノベーション創出~
<失敗してもやり抜く>強さを学ぶ

2016.03.23

日本企業が苦手とする「組み合わせの新パターン」を発想・事業化する力をを鍛えるリーンスタートアップ研修。なぜ業務の一環ではなく研修という形でリーンスタートアップを学ぶのでしょうか。連載最終回では、同研修を導入され、そこから新規事業創出に成功されたユーザー企業様のインタビューから、研修のメリットや成果を紐解きます。

※文中の役職、サービス名等は取材当時のものです

執筆者プロフィール
川上 慎市郎 | Kawakami Shinichiro
川上 慎市郎

早稲田大学政治経済学部卒業
学位:経済学士
 
その他プログラム:IESEビジネススクール(スペイン)IFDP修了

日経BP「日経ビジネス」誌記者として流通・自動車・家電・IT業界等の企業取材、(社)日本経済研究センター研究員等を経て、複数のネット媒体のマーケティングやシステム開発等に従事。その後グロービスに入社し、グロービス経営大学院のマーケティング領域リード・ファカルティを務める。同領域のプログラムやケースの開発、経営大学院や企業研修での講師を務める傍ら、ケースメソッドによる経営教育の方法論の研究に従事する。共著書に『プラットフォームブランディング』(ソフトバンククリエイティブ)、『MBAマーケティング 改訂3版』(ダイヤモンド社)、『メディア・イノベーションの衝撃』(日本評論社)、『WEB2.0キーワードブック』(翔泳社)など。電子コンテンツサイト「Cakes(ケイクス)」にて、コラムを連載中。


リーンスタートアップ研修でつまずきがちなポイントとその乗り越え方を見てきた。では、このようなリーンスタートアップ研修を実施することのメリットとはなんだろうか? 今回はその効果効用について、実際に研修を実施した企業サイドの声を伺いながらまとめてみたい。

今回インタビューに応じてくださったのは、GMOクラウド株式会社 代表取締役社長の青山満氏、そして研修受講者であるソリューション事業部電子契約サービス推進室 室長 牛島直紀氏、同室 石井 徹也氏の三氏。

同社では3年間にわたる次世代リーダー育成プログラム「GMOクラウド Business Leader Learning Academy」の3年目の中核にリーンスタートアップを導入し、そこでの提案の中から「GMO電子契約サービスAgree」という新事業が2015年12月にローンチした。牛島氏、石井氏は受講生として同事業を発案し、今は籍を移して事業の立ち上げに奔走されている。3年という長期間の育成、さらにそこからの事業提案が1年以内にローンチと、実に密度の濃いプログラムを経験された、いわばへビーユーザーの方々である。
(聴き手はグロービス経営大学院准教授・川上慎市郎)

「新しい発想と事業開発、両方できる人材を育てたかった」

青山満氏 

 GMOクラウド 
 代表取締役社長 青山満氏


― 本日はお忙しい所お時間をいただきありがとうございます。
3年前に本研修を開始された時、実は私は裏方としてプログラムの設計をお手伝いさせていただきました。当時「経営が分かる人を育てたい」というご要望を強くお持ちだったと記憶しています。本プログラムGBLAは2年間かけて実践をイメージしながらも経営を体系的に学び、3年目にリーンスタートアップで新事業提案を作成するという内容になっていますが、まず本プログラムを導入された背景をお聞かせください。

青山満氏(以下 青山):我々はベンチャーで、経営メンバー自身が学びながら大きくなってきた会社です。今は中途採用でいろいろな経験を持つメンバーも増えていますが、経営メンバーの多くは、推進力は高くても、知識の幅が限られていて、組織創りや次の経営メンバーの育成のスキルが不足しています。これまでは単発的に営業等についての研修があり、目の前の業務に必要な専門知識やスキルを学ぶ形でしたが、それとは別に、長期にわたる研修のなかで幅広い知見を持ち、経営全般を担うことのできる人材を育てていきたいと考えていたなかで出会ったのがグロービスでした。

もう一つの背景として、これまで当社の新サービスの企画は役員から生まれてきました。GBLAを、役員だけでなく下の世代から企画が生まれるための仕掛けにできないかという考えがありました。会社としては、新しいアイデアを推奨し自由な場を意識しているつもりです。しかしサービスを創るアイデアのある人は、サービスは考えられるが事業が分からない。事業の分かる人は担当事業と異なる領域のアイデアを出すのが難しい。アイデアも事業も全部トータルで立ち上げていくのは、会社が大きくなってメンバーの役割分担が進むと難しいと感じていました。


― 研修を行ってみて、当初のご期待とその結果をどのように評価されているのでしょうか。

青山:事業を立ち上げ、経営するというのは本当に大変です。経営学の知識については、僕より詳しくなった人もいるかと思います。ただ、机の上で学んだだけで身につくものではありません。ビジネスの実践を通じて考えに考えて、ちょっとつまずいたからといってあきらめない、そんな根性、やりぬく力を身につけてほしいという期待がありました。

最初の2年間は他社との接点(注:グロービス・マネジメント・スクールのクラスへ派遣し他社受講生と共に受講した)を通じて視野も広がったと思います。そして最後の1年間のリーンスタートアップでは、事業提案を作っては壊し、また作ってという繰り返しを通じて、それまでの2年間に学んだことを復習し、まとめて血肉にしてもらえたのではないでしょうか。

そういう意味では、今回の提案がローンチに至らなかったメンバーも、常に広い視野を持って、会社に対してこういうことをやりたいと提案してほしいと期待しています。現に今もプロジェクトを立ち上げようとしている他の受講生チームがいます。2年間の勉強の成果が十分に生きていて、チャレンジも生まれている、そういう意味では大きな効果があったので価値のある3年間だったと思います。今回のようなリーンスタート型の研修は他の機会でもやっていきたいと思っています。

「どんなに苦しくても無駄になることのない経験」

牛島氏、石井氏
 「GMO電子契約サービスAgree」の事業を推進する 
  牛島直紀氏<右>・石井徹也氏<左>


― 次に、受講生として参加され、今まさに自分たちの提案の事業化に取り組まれているお二人にお伺いします。研修を通じてどのような学び、成果がありましたか?

牛島:実は研修で一番変わったのはキャリアプランです。

私は大学時代から法律を専攻し、入社後も一貫して法務職だったため、専門職としてのキャリアを明確に描いていました。それが、プログラムの2年目修了時にグロービスのメンターと面談がありまして、そこで「ビジネスを行う方に興味はないですか」と聞かれたのです。はっとしました。実は2年目までの研修や他社の方との出会いを通じてビジネスに興味が湧いていたところだったのです。それがメンターの方にも見えていたのでしょうか。面談後、意識が一気にキャリアチェンジに向きました。それが個人的には研修で受けた最大の成果です。

30代後半のこのタイミングでチャレンジできたのは良かったと感じています。事業の立ち上げについては、想定どおりに進まないことばかりですが、この経験は自分のキャリアとして無駄になることはないと前向きに捉えています。

リーンスタートアップを振り返ると、まずアイデアに関しては、自社の既存事業の強みを活かせる電子契約で行くことに意見が一致し、役員の皆さんからも「面白い」という反応をいただきました。外部の方へのインタビューの結果も上々だったのですが、大変だったのは社内の説得、巻き込みです。

最終提案では、アイデアだけではなく、既存の事業オペレーションに迷惑をかけないか、事業計画を何度も作りなおして、ニーズなどを定量化して説得しました。


― 社内の説得というのは、個人の起業ではなく、社内研修としてリーンを導入する場合ならではの悩みですね。青山さんからご覧になっていてどうでしたか。

青山:提案側にはそう見えていたのかと今聞いていて思いました。実は僕らの側では、既存事業への影響を懸念していたというより、販売計画の詰めが最大の課題ではないかと考えていました。

牛島:まさに今そこで苦労しているところです。何度も作りなおしたプランですが計画通りに行かない点が多々あります。


― 事業開発は、計画を立てては壊す連続ですから、青山さんが先におっしゃったような「やりぬく力」がまさに最も求められる時ですね

「新規事業のプロセスを体系的に学び、実践で身につける」

― 石井さんは研修を通じてどのような学び、成果がありましたか?

石井:一番変わったなと思うのは、物事を体系的に考えるようになったことです。

私はもともと、前職でも、当社でも、新規サービスの立ち上げを経験していたので、新規ビジネスはなじみがありました。しかし最初の2年で基礎的なフレームワークを学び、3年目で根付かせる中で、これまでもやもやしていた新規ビジネスを考えるプロセスの整理ができ、さらに体系的に表現できるようになりました。それが自分の中でもっとも成長したことです。

視野も広がりました。これまでの業務では、似たような考えの少数のメンバーで新しいサービスを考えていました。それに対して、電子契約の検討段階のチームは、法務に強い牛島、マーケティング・戦略系に強いメンバー、自分はシステム周りと、それぞれに強みがあり、幅広い視点を持つことができました。多様性あるチームのメリットを痛感しました。

さらに、長期的な観点では、小さくやってみて繰り返してみることがすごく大事ということが、リーンスタートアップからの大きな学びです。仮説を立てて、それを検証してみて、結果を見てすぐに方向修正する。これは営業の商談でも他の領域でも、あらゆる業務に活かせると思います。しっかりと準備する、さらにそれでうまくいかないことがあるものという構えができることが余裕につながります。

もちろん、今もまさに事業を立ち上げていて、うまくいかないことが多く落ち込むこともあります。これまではそこで諦めて終わってしまっていた。でも、偉大な経営者も多くのベンチャーの社長さんも、多くのピンチに直面する経験を繰り返してビジネスを創り上げてこられたはずです。我々と並べるのはおこがましいですが、そう思って、挽回する強さを持とうとしています。

青山:リーンで学ぶメリットは、トライアンドエラーが堂々とできることではないですかね。本番の仕事ではミスしてはいけない。しかしこの環境では自由にミスできるのが良いと思います。

一番大事なのはいいサービスを作り、お客様に伝え、利用いただいて、お客様にハッピーになっていただくことです。いいサービスを作り、どうすればお客様に伝わるか試行錯誤を繰り返せば、いつかきっとうまくいく。万が一ストップすることがあっても、それはそれで会社の財産になります。当人たちにも必ず財産になります。だから牛島と石井の二人には「怖がることはない、思い切りやれ」と言っています。

リーンスタートアップの経験はぜひ他のメンバーにも広げたいなと思っているんですよ。牛島や石井が、今回をきっかけに、朝や夕方に新規事業検討会を開いてくれるといいのですが、どうでしょう。

石井・牛島:「電子契約サービスAgree」が軌道にのった暁には、ぜひやらせていただきます。

インタビューを終えて

リーンを研修で学ぶべきか、ぶっつけ本番で学ぶべきか。正解はない。今回のインタビューで伺った研修型のメリットと、導入に適した企業の要件を整理するとざっとこんなことではないだろうか。

<研修型のメリット>
-学びと実践のバランスを意図をもって設計できる
-リスクを低減することで、提案者のチャレンジへのハードルを下げる
-主体性に委ねるより多様性が確保しやすく、視野が広がる効果が見込める
 (ただしメンバー選定により変動)
-会社として期間・費用をコントロールしやすい

さらに、インタビューでコメントとして出てはいないが、主体的な提案に委ねるよりも、研修である程度強制的に提案作成を進めた方が提案件数は増える(ただし運用により変動)という点も挙げられるだろう。

上記のメリットが活きる、すなわち研修型が適している企業として、たとえば以下のような課題に該当するところが考えられる。

・新規事業開発が経営上の大きな課題であるが、成功していない
・一人一人の仕事が細分化しており、ビジネスの全体像を体感する経験が限られている
・ルーティン業務に埋没し、新たなチャレンジに取り組む時間的・心理的な余裕がない

本連載を通じて、リーンスタートアップの研修について基本的な論点を押さえたつもりである。リーンスタートアップは今後日本企業においてますますアグレッシブに活用の進む手法になるだろう。り斬新でスピーディなイノベーションへのアプローチとして、研修への導入方法についてもさまざまなパターンへ適応しながら進化させていきたい。



※GMO電子契約サービス Agreeについて
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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。