グローバル時代の理念経営
第5回:あなたの会社の社会的価値は何ですか?

執筆:竹内 秀太郎

2012.10.25

日本企業に勤める誇り

 

「日本企業は、本業を通じて社会を良くしようという考えがあるので働いていて誇らしい。米系企業は利益の一部を寄付すればよしとしがちなのとは対照的だね。」

こう話してくれたのは、ある日系企業の中東現地法人のバイスプレジデントの職にあるインド人、本連載の最初に紹介した筆者の留学先でのクラスメートの1人だ。彼は、韓国や米国企業からのスカウトを断って日本企業に勤めることを選んでいる。その理由の1つが、企業の理念に共鳴でき仕事に誇りを持てることだという。

彼のいう通り、米国企業には、利益の一部を慈善団体に寄付をすることや従業員の就業時間の一部をボランティア活動に使うことを通じて社会貢献しようという「フィランソピー」の考え方が普及している。わが国で経団連が経常利益の1%以上社会貢献活動のために拠出しようと1990年に設立した「ワンパーセントクラブ」も、米国のこうした動向にならったものとされている。

 

総花的CSR発想の罠

企業の社会との関わり方の議論は、近年では企業の社会的責任(CSR: Corporate Social Responsibility)というキーワードで語られることが多い。CSRには様々な定義があるが、米国のCSRは上述のような「フィランソピー」の流れを色濃く反映し「事業であげた利益を地域社会に還元すること」を核としている。日本では、社会貢献に加え、環境保護、法令順守、人権尊重といった幅広い分野を含んだ「財務的な活動以外の分野において企業が持続的な発展を目的として行う自主的な取り組み」(経済産業省「企業の社会的責任を取り巻く現状について」)がCSRだと一般に認識されている。

理念とCSRは、共に目指すべき理想の在り方として同列で理解されることが少なくない。本業以外での様々な活動を盛り込んだCSRの取り組みも企業理念実現の一環として位置づけられる。気になるのは、「環境にやさしく人権に配慮し法令を遵守する・・・」等々の耳障りのよい言葉が広範に理念に盛り込まれることによって、本業で大切にすべきことが埋もれてしまうことだ。たとえば、石油会社が地球環境を守ることを理念に掲げ、CSRの一環で植林活動に取り組んでいるとしても、主眼はあくまで環境にも配慮したエネルギー供給を通じた社会への価値提供であり、植林活動がメインではないはずだ。総花的にCSRが強調されることによって、本来本業で目指すべき究極的な目的である企業理念のフォーカスがぼやけてしまう罠に陥らないように留意したい。

「社会の公器」を理念に掲げるオムロン

理念の本質を理解し活用できている企業は、CSRを重視しつつも、本業を通じた社会への価値貢献との主従関係を取り違えることはない。CSR活動も本業と相乗効果が期待できるよう戦略的に取り組んでいる。本業で成長し、雇用を創出し、利益を上げ、納税することこそが最優先すべき社会的責任の果し方であることを自覚し、何より本業の社会における存在価値、仕事の意味を見失うことがない。

CSRという言葉がまだ無かった頃から、ステークホルダーとの持続的な関係を重視したCSRの本質を理解、実践してきた企業の代表例としてオムロンがあげられるだろう。同社には次のような理念がある。

  社憲:われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう
  基本理念:企業は社会の公器である

  「企業は社会の公器である」という考え方は、「企業は社会に役立って
   こそ存在価値があり、利潤を上げることができ、存続していける」という
   創業者・立石一真の信念を表しています。企業は、社会に対して有益な
   価値を提供するために存在し、社会の期待に十分応えられてこそ、
   よき企業市民として社会から信頼され、存在を許されると考えています。
   (出所:同社ホームページ

立石一真氏がこの社憲を制定したのは、1959年のことだ。当時この考え方を社内に浸透させようと機会あるごとに役員や幹部に話をしたという。「会社は儲ければいいのではないのか」という管理職に対し、一真氏はこう解説した。

  “ただ儲ければいいんと違うんや。企業は、奉仕以前の問題として、
  現実に製造している商品の機能、効用をもって社会に対する貢献を
  行っているが、これも煎じつめると奉仕ということになるんや。それに
  続いて、社会に最もよく奉仕できるような商品を次々と開発することに
  よって奉仕していく。こんなさまざまなかたちの奉仕を積み重ねること
  により、よりよい社会が実現し、その結果として我々も、自由で平和な、
  よき生活を享受できるんや“
  (湯浅昇羊『立石一真「できません」と云うな』)

また同氏は子どもたちにも次のように語って聞かせた。

  “働く目的、仕事に使命があれば、苦労が苦労じゃなくなるんや。
  仕事が仕事じゃなくなるんや。喜んでやれるんや。企業は利潤を追求
  するもんや。それは人間が息をするのと同じや。そやけど、人間は息
  をするために生きているんか。違うやろ”
  (同上)

こうした考え方は同社の存在意義を示すものとして過去半世紀に渡り脈々と語り継がれてきたという。現在同社会長の作田久男氏が、先日開催されたグロービスのセミナーで「社会的価値を生み出していることが仕事の“誇り”に繋がる」と話されていたこともこれに符合する。

世界的に問われる本業の社会的価値

社会を意識した考え方は、近江商人の「売り手良し、買い手良し、世間良し」の「三方良し」に代表されるように、オムロンに限らず元々わが国に存在していた。1990年代以降、日本経済の低迷と米国型資本主義の影響下で株主重視に偏りがちな傾向が強まったが、欧米での金融危機を契機に過度な短期利益志向の経営を反省する機運が高まり、日本の伝統的な経営哲学が再評価されている。米国では戦略論の大家マイケル・ポーター教授から「共通価値の創造(CSV: Creating Shared Value)」という概念が提唱されている(ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー2011年6月号「共通価値の戦略」)。これは本業以外の社会貢献活動と認識されがちだった従来のCSRを超える概念として、企業が社会課題を機会と捉え本業を通じ社会的価値と経済的価値を統合していくものとしてCSVを捉えている。

日本でも、この6月に経済同友会の社会的責任経営委員会がまとめた「社会益共創企業への進化」と題する報告書で、上述のような世界的な価値観の変化に加え、東日本大震災での非常時経験を通じて浮き彫りになった企業の存在意義を踏まえ、企業理念や使命感の共有の重要性に言及している。

その一例として紹介されているのが、ヤマトグループの事例だ。同社は震災復興支援の一環として、宅急便1個につき10円を水産業、農業、生産基盤の復興に限定した寄付を行い、その金額は2011年4月からの1年間で142億円超と、年間純利益の約4割に相当する額にのぼっている。金銭的な支援だけでなく、本来の提供価値である運ぶことを通じての貢献もあった。大震災発生の数日後には自ら被災者である現地社員が、自主的に被災地の自治体へボランティア配送の協力を申し出た。本社もこうした現地の取り組みを全面的にバックアップすべく“救援物資輸送隊”を組成し、自治体、自衛隊と協力して支援を行った。さらに配送で地域の人々と頻繁に顔を合わせるセールスドライバーの地域密着ネットワークを生かし、一人暮らしの高齢者の安否確認を担うといった行政サービス代行を、いくつかの自治体と共同で試行し始めている。これは上述のCSV的な動きの例ともいえる。

こうした取り組みの根底にあるのが同社の創業の精神だ。尊ぶべき貴重な教訓として「社訓」が次のように定められている。

  一. ヤマトは我なり
  一. 運送行為は委託者の意思の延長と知るべし
  一. 思想を堅実に礼節を重んずべし
  (出所:同社ホームページ

ヤマト運輸のセールスドライバーは、運送の委託者だけでなく受託者もお客様と捉え、「社員一人ひとりがヤマト運輸の代表であり、単なるドライバーではない」という「全員経営」のDNAが醸成されている。同社はアジアでも“日本流サービス”の展開に拘り、人の品質でサービスの品質が決まるとし、海外でも現地語で毎朝社訓を読み上げているという。

極端な短期利益志向や株主価値偏重の経営に対する反省、持続可能性や社会との共生意識の高まりといった価値観のシフトが世界的に起きている中、本業を通じた社会的価値を明らかにする理念は、グローバルな事業展開の根底を支えるものともいえよう。

 
今回のポイント
✓すぐれた理念は本業を通じた社会への貢献=仕事の誇りを想起させてくれる
✓本業以外に拡散した総花的CSR発想は理念本来の焦点をぼやけさせる
✓社会的価値を明らかにする理念はグローバルな事業展開の根底を支える
 
執筆者プロフィール
竹内 秀太郎 | Takeuchi Shutaro
竹内 秀太郎

一橋大学社会学部卒業。London Business School ADP修了。外資系石油会社にて、人事部、財務部、経営企画部等で、経営管理業務を幅広く経験。社団法人日本経済研究センターにて、アジアの成長展望にフォーカスした世界経済長期予測プロジェクトに参画。
グロービスでは、法人向け人材開発・組織変革プログラムの企画、コーディネーション、部門経営管理全般および対外発信業務に従事した後、現在グロービス経営大学院ファカルティ本部主席研究員。リーダーシップ領域の講師として、Globis  Executive Schoolおよび企業研修を中心に年間約1,000名のビジネスリーダーとのセッションに関与している。Center for Creative Leadership認定360 Feedback Facilitator。共著書に『MBA人材マネジメント』(ダイヤモンド社)がある。


※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。

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