【鈴与】不確実な時代を勝ち抜くには? 長寿企業がいま「論理思考研修」を全社展開する理由

2017.03.24

技術革新の加速、産業構造の変化、グローバル市場の拡大が、日本企業に大胆な変革を迫っている。変革企業の最前線では、今、何が起こっているのか――。本シリーズでは、グロービス・コーポレート・エデュケーションのクライアント企業に、直面する課題、変革への難所、突破方法などについて聞いていく。第2回のゲストは、鈴与株式会社(本社:静岡県静岡市)の鈴木健一郎社長。

鈴与は1801(享和元)年の創業から216年という長寿企業。グループ企業は約140社にのぼり、事業は物流、商流、建設・ビルメンテナンス・警備、食品、情報、航空、地域開発の7分野に及ぶ。創業の地、清水に本拠を置きつつ、その事業は日本全国そして世界に広がっている。傘下に、清水エスパルスの運営会社エスパルス、富士山静岡空港と県営名古屋空港を拠点とするフジドリームエアラインズなどもある。グループ年商は約4000億円。経営理念は「共生(ともいき)」。創業家9代目として2015年11月から鈴与社長を務める鈴木氏に「会社の変え方」を聞いた。(聞き手・構成=水野博泰GLOBIS知見録「読む」編集長)

 

※文中の役職等は取材当時のものです

執筆者プロフィール
グロービス コーポレート エデュケーション | GCE
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グロービスではクライアント企業とともに、世の中の変化に対応できる経営人材を数多く育成し、社会の創造と変革を実現することを目指しています。

多くのクライアント企業との協働を通じて、新しいサービスを創り出し、品質の向上に努め、経営人材育成の課題を共に解決するパートナーとして最適なサービスをご提供してまいります。


9代目流「鈴与変革」の極意とは

鈴与株式会社 代表取締役社長 鈴木 健一郎氏

知見録:鈴与さんは今年で創業216年という長寿企業。グループ全体でいろいろな事業を手がけているが、一言で言うと「何の会社」か?

鈴木:う~ん、いきなり難しい質問から来た(笑)。一般的に「総合物流」と言われているのは鈴与株式会社のこと。鈴与グループ全体となると一言で表現しづらく、グループ内に明確な共通認識も無いのが現状。そこには課題意識を持っている。

昨年、2020年までの中期計画をスタートして、グループ全体のベクトル合わせをしたところだ。非常に先行きが読みにくい不確実な時代だからこそ、ある程度先まで見据え「ぶれない軸」を持ってやり続けることが大事だと思っている。中期計画はまさにその軸。2020年までは事業環境の多少の変化には右往左往せずにやり続ける。どんな時代であってもやらなければならないことがある。それを中期計画に込めた。それを徹底的にやる。

英国のEU離脱とか、米国のトランプ大統領就任とか、今後もフランスの大統領選とかいろいろあるが、グループ全体で売上4000億円くらいの地方の企業グループが、それでああだこうだ言うのはおこがましい。対応すべきことはきちんとするが、社会情勢の変化を言い訳にすることがあってはならない。それが私の基本的考え方だ。

鈴与には「共生(ともいき)」という経営理念がある。会社がひとつの企業として自立し、また、社員も個々の社会人として真に自立した上で、社会と共に生きる、お客様・お取引先と共に生きる、従業員・グループ各社と共に生きる、という意味。私が中計に込めたのは、鈴与の拠り所である「共生」の精神を今まで以上に大切にしたいというメッセージだ。激動の時代を迎えるかもしれないが、いかなる時代においても鈴与グループは、まずはその事業を通じて、お客様に貢献し、社会に貢献し続ける。その意識をもっともっと高めたい。

事業環境に応じて自己改革してきたのが鈴与の歴史。私は創業家9代目として、それをしっかり踏襲していく。中計の実行を通して、「鈴与グループとは何の会社なのか?」という問いに対する答えを出せるようになると思う。

知見録:9代目流「鈴与変革」の基盤づくりが進んでいると聞く。

鈴木:中計では、「安定収益源の積み上げ」と「競争優位の確立」を2本の柱にしている。このうち、「競争優位の確立」は、「現場力」と「課題解決力」の2つを高め、その上で他社と差別化された卓越した専門性をいくつも打ち立てることで実現していく。

現場力の定義は、安全>品質>生産性向上。標準化、IT化、機械化で生産性を上げていく。課題解決力は顧客や社会の課題に対して解決策を提案すること。そのためには、顧客研究をきっちりやって、お客様の課題を“見える化”する必要がある。これまでの鈴与は、どちらかと言えばプロダクトアウトの傾向が強かったが、これからはマーケットイン、徹底的にお客様の立場になって考えていきたい。

知見録:そのすべてのベースに「ファクトに基づいた論理的・科学的思考プロセスをグループの文化にしていく」というものがあるが、これは何か?

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鈴木:「ロジカル・シンキング」のスキルをしっかり身につけようということ。ロジカル・シンキングは、すべての事業活動の基礎になるものであり、ロジカル・シンキングなくして事業の効率化は成し得ないと考えている。そこで、昨年から鈴与の総合職800人全員にロジカル・シンキング研修を受けてもらうことにした。

知見録:800人全員とは、かなり思い切った決断だ。

鈴木:全員が身につけないと意味がないからだ。一部の人が学ぶだけでは、一部の人にしか分からない、一部の人にしか伝わらない。全員が共通の知識ベースを持つことによって、それがカルチャーとして社内に浸透していく。

この方針は、私の個人的経験にも依拠している。新卒で入社した日本郵船は、とても論理的に仕事をする会社だった。論理があやふやだと相手にされない。新入社員時のレポートや稟議書は、赤ペンだらけ(苦笑)。ロジカルに考える、ロジカルに文章を書く、ロジカルに仕事を進めることによって、大きなプロジェクトが動いていくことを身体で学んだ。

リーマンショック後の2009年に鈴与に入社し、現場を見て歩いた。例えば倉庫事業は「現場」を売る仕事であり、物流業の競争優位は現場のオペレーション、すなわち現場力をいかに高めるかにかかっている。現場レベルにまでロジカル・シンキングのスキルを浸透させる必要があると感じていた。

そこで同じ考えを持った役員たちと大いに語り合い、現場の社員たちにもロジカル・シンキングの大切さを伝えるように努めた。だが、それだけでは組織的な広がり、浸透・普及・深みという点で限界があった。主要因はロジカル・シンキングの基礎ができていないことであった。また、私も含めてロジカル・シンキングを教えるプロが社内にいるわけでもなかった。そこで、グロービスさんにお願いすることにした。800人の規模の研修を一括で引き受けてくれるのはグロービスしかなかった。

知見録:ロジカル・シンキング研修を取り入れる企業は少なくないが、総合職800人全員という徹底さと、それを「文化」にしようという発想が面白い。

鈴木:「ロジカルに仕事をしよう」といつも声を掛けているような状態ではなくて、あえて何も言わなくても自然にロジカルである状況を作り出したかった。新入社員が入ってきたら自然とそうなっていく。それが特別なことではないようにしたい。

中には「難しい」と言う社員もいるが、皆けっこう楽しんでいると思う。全社的に「常に考える」「正しく考える」という習慣がついてきているように感じている。実際、会議などで「ピラミッドストラクチャーで整理してきました」というようなことが行われるようになってきた。それに対して「ファクトが足りない。ファクトをもっと集めよう」というような突っ込みも入るようになってきた。ロジカル・シンキングが社内の共通言語になり始めているので、感情的な批判の応酬ではなく、建設的な議論の積み重ねになる。

知見録:これは鈴木社長が描いた姿だった?

鈴木:そう。表現が適切か分からないが、“逃げ場”を作りたくなかった。

知見録:“逃げ場”?

鈴木:学んでいない人がいたら「学んでいないから分からない」と言えてしまう。しかし全員学んでいれば、もうその共通知識の上で仕事を進めるしかない。全員で学ぶということが極めて大切なのだ。鈴与の800人は受講を完了したので、現在、グループ会社に展開中だ。

もちろん、ロジカル・シンキングを学んだからといって、すぐに劇的に変わるものではなく、日々使い続けることによって少しずつ良くなっていくものだ。だが、それは“永久”に良くなり続けるためのエンジンになる。ロジカル・シンキングとはそういうスキルだと私は思う。

地方企業の「low-hanging fruit」、それが論理思考だ

鈴与株式会社 代表取締役社長 鈴木 健一郎氏

知見録:年配の方には追いつくことが大変かもしれない。

鈴木:かもしれないが、私以下全員に年齢関係なく受講してもらった。若い人たちがロジカルに仕事をしようとしているのに、上司がそれを理解できなくて潰してしまったら意味が無くなる。60歳にも23歳にも平等に学びのチャンスを与えている。それは、自分を変えるチャンスでもある。60代だって劇的に変わったらいい。いや、どんどん変わってほしいと思っている。

知見録:鈴与では、ロジカル・シンキングという共通言語によって世代間ギャップが越えられようとしているのかもしれない。

鈴木:鈴与の企業カルチャーに年齢は関係ないと思っているので。

知見録:それは至言だ。ロジカル・シンキングで共通言語を作る、それを文化と呼べるまで浸透させていく、すると経営が意思決定したとき、速やかに組織の隅々まで伝達され、理解されて、あっという間に行動が起こっていく――。そんな仕組みを作ろうとしているように見える。

鈴木:そのレベルを目指している。私が生きているうちにできるかどうか、そのぐらい時間がかかるかもしれないがぜひとも到達したい目標だ。実は、ロジカル・シンキングの基礎整備が終わった鈴与本体では既に次のステージに入ろうとしていて、ロジカル・シンキングの応用やマーケティング、ファイナンス、リーダーシップなどを全員が学んでいく研修体系を整理し、今年実行していく。全員が毎年何か新しいことを学んでいく。かなりのボリュームになるので引き続き多くのプログラムをグロービスにお願いする。

繰り返すが、全員で学ぶことが大事だと思う。そして、学び続ける集団を目指している。8年間経営に携わって痛感することは1人でやれることの限界。社員の力が必要だし、社員全員の個の力を上げられたら凄いことが起こる。設備や不動産への投資は利回りがかちっと計算できるが、人への投資はそうじゃない。無限大の可能性を秘めている。

知見録:地方企業の視点、地方創生の視点ではどうか?

鈴木:以前、経営共創基盤の冨山和彦CEOの講演で、「low-hanging fruit(すぐに実行できる改善や行動)を刈り取れば、かなりの地方企業がたちどころに再生・成長できる」という話を聞いて、とても共感した。鈴与にとっての「low-hanging fruit」は何だろうかと考えた。今も常に考えているのだが、その1つの答えがロジカル・シンキングだと考えている。グロービスさんが、地方企業にロジカル・シンキングを教授して回ったら、地方創生はある程度完了するのではないか(笑)。かなり本気でそう思っている。ロジカル・シンキングを学ぶことは、それほど難しいことではない。地方企業にとっての「low-hanging fruit」なのだ。

知見録:鈴木社長が目指す経営者像、リーダー像は?

鈴木:組織や社会にポジティブな変化を与える存在になりたいと思っている。現状を維持するだけでは、企業としても経営者としても存在価値がない。小さくても持続的にポジティブな変化をもたらし続ける経営者でありたい。

知見録:本日はありがとうございました。

担当コンサルタントから

グロービス・コーポレート・エデュケーション ディレクター 板倉義彦
グロービス名古屋の法人チームを統括し、自動車業界を中心に、様々な業種・業界の企業に対して人・組織開発の側面からのコンサルティング活動を行っている。

担当コンサルタントの板倉です。
鈴与グループとのお付き合いは10年になろうとしています。特にこの数年は動きが急になっています。もっと正確に言えば、それまでの数百年と同じように動き続けているのですが、その動き方を時代に合わせて変えてきているのかもしれません。

「グループ従業員全員の可能性を信じている。眠っている個の能力を最大限に引き上げたい」

鈴木社長との対話でいつも私に言われてきたことです。「地域と共生(ともいき)する企業」であり続けることに対する9代目としての熱い想いを感じます。その想いを実現する方法として選んだのがロジカル・シンキングという“共通言語”です。

「ミドルアップ」と「トップダウン」という異なる向きのベクトルががっちりと噛み合った時に組織は自律的な変革を始める――。人材育成コンサルタントとしての私の持論です。ロジカル・シンキングという「理」を会社の文化として定着させれば、多様な意見や異なる考え方を最大限活かし、それらを統合することによって新たな価値を生み出せるのではないか。鈴木社長の発想は、まさに我が意を得たりだったのです。

たいへん僭越ながら、そこは私にとっての仮説検証場でもあるのです。全力でお手伝いし、鈴木社長の変革の先に何があるのか、ぜひともこの目で見てみたいと思っています。

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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。